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3000年前の「紫色」、イスラエルで出土 色あせぬ染料

日経サイエンス

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2021年1月,イスラエルのティムナ渓谷にある遺跡「奴隷の丘」で発見された鮮やかな紫色の羊毛が、今から約3000年前の紀元前10~11世紀ごろ、地中海の巻き貝から採った染料「貝紫」で染められていることが明らかになった。イスラエル考古学庁とテルアビブ大学、バルイラン大学の共同研究チームが化学分析によって突き止めた。

当時、イスラエルは聖書に出てくるダビデ王やソロモン王の時代で、日本でいえば縄文時代の晩期に当たる。周辺の遺跡から穴の開いた貝の貝塚が発見されており、貝紫染色が行われていたと指摘されていたが、直接証拠が見つかったのは初めてだ。羊毛は3000年たった今も目の覚めるような紫色のままで、貝紫がいかに長持ちする、優秀な染料だったかを物語る。

貝紫は、地中海にすむシリアツブリやツロツブリなどアッキガイ科の巻き貝から採られた。日本では食用にもされるアカニシやイボニシがこの仲間だ。これらの貝は肉食で、獲物を捕らえると毒を注入してまひさせる。貝の内臓から毒を含む分泌物を取り出して外気にさらすと、貝の酵素と日光、空気中の酸素によって化学反応が起き、赤紫色に発色する。

貝紫の歴史は古く、その記録は紀元前15世紀ごろの古代メソポタミアの粘土板に記された文書にさかのぼる。地中海沿岸に都市国家を築いた古代フェニキア人が、染色工業として発展させた。その鮮やかで堅牢な色と、1匹の貝からわずかしか採れない希少性から珍重され、ローマ帝国では権力を象徴する色として皇帝や貴族が身にまとった。染色技術は東ローマ帝国に受け継がれたが、15世紀に帝国が滅亡すると同時に失われた。

20世紀初頭に独の化学者フリードレンダーによって現代化学の光が当たり、貝紫の構造式が解明された。それは日本でもおなじみの植物染料、藍染めの主成分インジゴとよく似ている。実際、染色の工程で光の当て方を変えると貝紫はインジゴに変化し、その色も青に変わる。この青色は、ヘブライ文化においては「聖書の青」と呼ばれ、最も重要な色とされている。

日本でも穴の開いた巻き貝が堆積した縄文時代の貝塚が見つかっており、古くから貝紫が使われていた可能性がある。佐賀県の吉野ケ里遺跡でも紫色がわずかに残った弥生時代の布片が発見され、貝紫の可能性が指摘されている。

有機合成化学の発展とともに、藍染めをはじめ、かつて染色工業を支えた天然染料の多くは化学染料に取って代わられた。だが貝紫の合成には手間のかかる多段のステップが必要で、現在も工業生産はされていない。化学合成の難しさゆえに、貝紫の価値は今日も健在である。(相模中央化学研究所 田中陵二)

詳細は現在発売中の日経サイエンス2021年5月号に掲載

  • 発行: 日経サイエンス
  • 価格 : 1,466円(税込み)

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