公募割れ続出で難度高まるIPO株投資 年後半の戦略は?

「投資したIPO銘柄がことごとく値下がりし、全滅状態。かなり参っている」。東京都在住の個人投資家(40代男性)は肩を落とす。
6月の上旬には期待がかなり膨らんでいた。同月8日に上場したANYCOLOR(エニーカラー)の値動きを見て、「IPO銘柄の売買が活気づいてきた」と感じたからだ。バーチャルユーチューバー(Vチューバー)をマネジメントする同社の株は一時、新興企業向けの東証グロース市場で時価総額首位に躍り出た。だがそれもつかの間。その後の上場ラッシュでは銘柄ごとに明暗がくっきりと分かれ、値上がりする銘柄にうまく乗ることができなかった。
6月には12銘柄が上場するラッシュとなったが、半数近くの5銘柄が公募割れとなった。1~5月は公募割れが25銘柄中6銘柄で、昨年の同時期は公募割れが1社もなかった。IPO市場が失速した理由の一つは、新興企業株の不振だ。米国の金利上昇などをきっかけに、それ以前に大きく上昇していた新興企業株の割高感が強く意識されて株価が全般的に下落した。その流れがIPO市場にも波及した。
「新興企業の株を売買する個人投資家の懐が痛み、投資意欲が減退している」と松井証券の窪田朋一郎シニアマーケットアナリストは指摘する。
同証券は、信用取引で購入された旧マザーズ市場銘柄の含み損益を示す信用評価損益率を算出している。その数値は7月6日時点でマイナス29%。追い証(追加担保の差し入れ義務)が多発して個人投資家の余力が乏しくなる目安とされるマイナス20%を、大きく下回っている。
「損切りして資金を捻出し、次の銘柄に投資しようとする個人投資家は全体の10%程度しかいない。そのため、直近上場したIPO銘柄の一部に売買が集中した」と窪田氏は続ける。
一方、SBI証券の鈴木英之投資情報部長は「多くの株価指数が下落基調で、上場に向いた環境ではなかった」と話す。例えば、6月28日に上場したヌーラボ。クラウドサービスを開発・提供する同社の仮条件(公開価格を決定するために、主幹事の証券会社が機関投資家や金融機関にヒアリングして設定する価格帯)は960~1000円。想定発行価格の2130円の半分にも満たなかった。公開価格は仮条件の上限(1000円)で決まったものの、上場後の初値は955円と公開価格を下回った。
今年はこれまでに、住信SBIネット銀行など複数の企業が上場の延期や中止を発表。いちよし証券は、今年のIPO件数を前年比約3割減の100社程度と予想する。

IPOの値決めルール変更が重荷
IPO市場が軟調になっている理由の一つとして、IPOの値決めルールの見直しを受けて投資家が慎重姿勢を強めていると指摘する声もある。見直しは、上場時の公開価格が企業の実態に見合った価格よりも低く設定されているとの批判を受けて実施されるものだ。
政府の成長戦略実行計画で示されたデータによると、国内のIPO銘柄の初値を公開価格で割って算出する初値騰落率の平均値は48.8%。米国(17.2%)などの海外の実績に比べてかなり高い。そこで、日本証券業協会が6月と11月の2回に分けて自主規制ルールを改定し、この公開価格を巡る問題にメスを入れようとしている。
公正取引委員会が今年1月に公表した公開価格設定プロセスなどの調査では、すべての回答企業で公開価格を割安に設定するIPOディスカウントが実施されていたという結果が示された。一方で、ディスカウント率の算定根拠については、「主幹事の証券会社から具体的かつ説得的な説明を受けたとする新規上場会社は一部にとどまった」とされる。
「IPOディスカウントは根の深い問題だ。公開価格の妥当性が疑問視され、投資家がIPO銘柄の購入に慎重になっている」。いちよし証券の宇田川克己投資情報部課長はこう話す。
公取委の調査では、IPOディスカウントの水準は「2割以上3割未満」との回答が最多だった。「初値がディスカウント率を超えて大幅に上昇する銘柄は、それだけ公開価格が低く決まっていたことの裏返しだ。IPO銘柄で短期的に利益を上げることができた昨年までが異常だった」と東海東京調査センターの仙石誠シニアエクイティマーケットアナリストは振り返る。
個人中心のセカンダリー売買も振るわず
直近のIPO銘柄は上場後の値動きも振るわず、大きく値下がりしているものが多い。その一因は、個人投資家が買い手の主体になっていることにある。新興企業の多くが上場先市場として選択してきた旧東証マザーズ市場や東証グロース市場の投資部門別売買状況(月次ベース、6月第5週まで)を見ると、個人投資家は買い越しを続けている一方で、海外投資家は売り越しの姿勢を崩していない。
さらに、個人投資家の売買の7割超が信用取引だ(6月第5週時点)。前出の仙石氏は「上場後1週間で、発行済み株式数に対する信用買い残の比率が高い銘柄が多い」と指摘する。公開価格で購入した個人投資家が短期で売却に動いていることを勘案すると、「短期目線の個人投資家だけが売買していて、長期目線の投資家の資金が流入していない。だから、上場後の新興企業の株価は乱高下しやすく、上昇が長続きしない」と仙石氏は分析する。
軟調な相場はお宝銘柄発掘のチャンス
こうしたIPO銘柄の現状を受けて慎重になる投資家が多い一方で、スゴ腕の個人投資家の中には「上場して間もない株を購入して値上がり益を狙うセカンダリー投資で、割安な有望株を発掘する好機」と捉え、積極的な姿勢を示す人が少なくない。
例えば、グロース(成長)株を対象にした集中投資で1億円を超える資産を築いた会社員投資家のkenmoさん(ハンドルネーム)。このスゴ腕は「旧東証マザーズに上場していた銘柄が大きく上昇してバブルの様相を呈した2年前に比べて、非常に値ごろ感のある銘柄が多い印象だ。事業規模では小粒な銘柄も多いが、将来大化けする銘柄が多く潜んでいる」と分析する。中でも、「日本から海外に輸出できるサービスを手掛け、全世界のシェアを取れる可能性のある数少ない有望株」として、ANYCOLORに期待を寄せる。
投資サイトを運営する兼業投資家の竹内弘樹さんは、IPO市場について「乱高下が続き、当面落ち着かない可能性がある」としながらも、「7月以降はセカンダリー投資にチャンスがある」と語る。

狙い目の一つは「初値が高くついた後に下がり続けている銘柄」(竹内さん)。「ベンチャーキャピタル(VC)や短期筋が売り切った後はチャンスだ」と話し、不動産投資クラウドファンディング(CF)を手掛けるクリアルなどに注目する。
また、「企業が高い潜在力を持っているにもかかわらず、売り出しが多かったり、上場時の地合いが悪かったりして初値が伸び悩んだ銘柄」も有望視する。こうした銘柄には、電話やメールによる顧客対応業務を請け負うビーウィズなどが該当するという。
当面は厳しい展開を予想する声が多いIPO市場。「IPOの大きな目的の一つは資金調達だ。地合い悪化による公募割れを恐れて上場を延期・中止する企業は、本当は今すぐに資金調達をする必要がなかったのかもしれない」と前出の仙石氏は言う。
裏を返せば、想定以上に割安な公開価格になっても上場を目指す銘柄の中には、事業を成長させたいという強い意志を持つ大化け株の原石も眠っているということだ。今がまさにお宝銘柄を見つけるチャンスなのかもしれない。
(井沢ひとみ)
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