人民元急騰容認、ドル通貨覇権への挑戦を映す
中国人民銀行による人民元の対ドル基準値大幅引き上げがドル安進行を加速させている。今週はオンショア人民元の対ドルレートが6.5の大台を突破した。6日の人民元基準値は6.4604に設定されている。2018年以来の高水準だ。米中通貨安競争激化の最中に同レートは7の大台を大きく割り込んでいた。
市場では、コロナ禍で中国経済が21年は年率8.2%程度の成長も予測され、国際投資マネーも中国国債などの人民元建て投資媒体に流入している。
その背景には、習近平政権の脱米ドル政策、さらに人民元を国際通貨として認知させる意図が透ける。
既に、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)の構成通貨として、人民元は米ドル、ユーロ、円、英ポンドに次ぎ第5の国際通貨となっている。
脱ドル化の動きも顕著だ。
直近では、毎営業日に発表される人民元基準レート算出の際に使われる「人民元指数」のドル比率を下げ、ユーロ比率を上げた。欧州連合(EU)と中国の投資協定妥結の一環である。21年1月1日からドル比率を21.59%から18.79%に引き下げ、ユーロ比率を17.40%から18.15%に引き上げたのだ。
さらに中国が巨額の米国債を保有しているので、その売却の可能性も頻繁に議論される。その実態は「保有額が多すぎて売るに売れない」状況である。中国の米国債保有額は1兆ドルを超す規模なので、米国債の価値が下がれば、中国側も大きな評価損を被る。結果的に米中共倒れとなるリスクをはらむ。
ところがここにきて、米国債に対抗する座を狙う債券が登場した。EU共同債だ。特にコロナ危機対策のための資金調達手段として発行される。将来的には米国債に次ぐ準備資産となる可能性を秘める。中国がEU共同債保有を増やすシナリオには現実味があろう。
なお、中国はロシアとも対ドル共同戦線を構築中だ。
ロシア中央銀行は、人民元保有比率を徐々に引き上げているのだ。
NikkeiAsia報道によれば19年、ロシアは米ドル資産保有を半減させ1010億ドル減らし、外貨準備として人民元比率を5%から15%に高め人民元保有を440億ドル相当増やした。
さすがにルーブルが国際通貨として認知されるにはハードルが高すぎるので、ここは人民元支持を強めることで米国をけん制する動きに出ているのであろう。中国とロシアは貿易決済面でもドル決済システムに代替する制度の構築で合意している。
さらに中国人民銀行は、ドルの代替通貨とされる「金」を準備資産として増やしている。あまり知られていないが、中国は世界最大の金生産国なので、国内生産金の多くを中国人民銀行が買い取り、外貨準備勘定に組み入れ、IMFにも正式に報告している。
とはいえ、国際基軸通貨としての米ドルの座は容易に揺るがない。実務面でドル決済システム抜きで国際金融は成り立たない。「ドルがキング(王様)」と言われるゆえんだ。
しかし、トランプ大統領の次期大統領選「リベンジ」シナリオが現実味を帯びて議論されるほど分断された国家が発行する通貨への信認が薄まる傾向は年々強まっていきそうだ。
デジタル人民元の実験などは、まさに中国の長期通貨覇権戦略を示す現象といえるだろう。
日本にとっても他人事ではない。アジア経済圏の決済通貨として人民元が一般化すれば、円は「ローカルカレンシー」の座に甘んじる結果になるかもしれない。
バイデン政権の通貨戦略も注目されるところだ。ハト派とされるイエレン次期財務長官は、巨額の米国債増発の資金調達コストを低く抑えるため、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長と「連携」して、低金利政策志向を強めるであろう。しかしドル安に歯止めがかからなくなると、外国人保有者あるいは保有国が為替差損を嫌い米国債保有を減らす結果になりかねない。中国が米国債からEU共同債へ軸足を移すキッカケにもなろう。ここは、イエレン氏の手腕が問われるところだ。
外為市場での人民元高は、米ドル一極集中の通貨覇権に対抗する中国の長期的戦略を映す現象といえよう。

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