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発信の極意は「本気で伝えたい」気持ち 福井健策さん 

Think!1周年インタビュー いま、「発信」を考える③

「伝え方に、本気で相手に届けたいと思う以上の極意などない」――。そう語るのは、著作権法の専門家として活躍する骨董通り法律事務所の福井健策弁護士です。本気のアウトプットがインプットを強くすると話す一方、「発信」であふれるSNSを「情報源として使わない」と断言する福井さん。なぜでしょうか。日々、弁護士として言葉と向き合う福井さんが、日々の情報の向き合い方を語ります。

情報収集は「偶然」と「必然」 

私の情報との接点は、朝の海外のポッドキャストや新聞など、「編集行為によって選ばれた」ニュースから始まります。もう一つは家族や同僚との会話ですね。朝食を食べながら家族とおすすめの映画作品について話したり、今、旬の食べ物の話をしたり。夜や週末にかなりの数を見る舞台や映画などからも、社会や人生のあらゆることを教えてもらえます。

会話や作品はもちろん楽しいからというのが一番ですが、自分から取りにいかない情報を教えてくれる貴重な存在です。ニュースのように能動的に得る情報と、身近な存在から予期せず得る情報。偶然と必然のバランスが大切です。

しかし、私の情報源でもっとも重要なのは恐らく、「日々の仕事」です。特に、職業的な知識に関しては、依頼者や実際の事件が教えてくれる。映像や音楽ビジネスの成り立ちからAI(人工知能)によるコンテンツの未来に至るまで、すべて頂いた相談をなんとか解決しようと、メンバーと調べ、頭を絞った結果から学んだ、といっても過言ではありません。

今でこそ著作権の専門家だといわれ、著作権法の改正などにもかかわっていますが、大学で著作権の授業など一度も受けていません。すべての知識は仕事から教えてもらったのです。

SNSは「信頼性の担保」という要素が欠けている

一方で、SNSから情報をとることは実はほとんどありません。もちろんツイッターでの反応はうれしいですし、知人たちのつぶやきをとても楽しんでいますが、メインの情報収集の場だとは思っていないのでしょうね。なぜなら、SNSではまだ情報の「信頼性」という要素が重視されておらず、その点で時間のロスが大きいと感じるからです。

例えば、「あの人がこう言っていた」という伝聞の情報は、本来、注意して扱う必要があります。それは、「一次情報からAさんが聞き取ったときの誤り」「Aさんの記憶の変化」「意図的な言い換え」……というように、不正確さの余地が増えるうえ、聞き手は一次情報源に直接問いただすことも難しいからです。しかしSNSは巨大な井戸端会議と似ていて、「伝聞情報」と「一次情報」、「利害関係者」と「第三者」といった情報の区別には無頓着です。どうしても、真偽よりもその場で刺激的な情報の方が広がりやすい。

裁判でも伝聞の証言のほうが信ぴょう性が落ちる、というのは基本中の基本です。刑事裁判では、伝聞証拠は原則として排除されます。これに対して報道では、むしろ記者が調べてきて書くという「伝聞」が基本です。ですから、誤りの可能性は宿命でしょう。しかし、だからこそ、少なくとも信頼されている報道メディアでは、長年蓄積された間違いを極力減らすためのしくみがある。情報源の精査や、広告と記事を区別するような「第三者性」の確保です。

「信頼性の担保」のようなものが、本来のジャーナリズムには存在していて、我々がその情報をある水準で信頼できることは社会の根幹です。

アウトプットこそ最大のインプット 

情報をただ集める以上にインプットを支えてくれるのは、「アウトプット」です。人に教えたことがある人は誰もが経験があると思いますが、自分自身が相当にわかっていないと教えられない。教えるために、かなり考えるでしょう。これは信頼できる情報か。伝えるべき核心は何か。考えることこそ、インプットです。私はしゃべる仕事ですが、もし、雄弁術というものがこの世にあるとしたら、心から「この情報を相手に伝えたい」と願う以上の極意はないと思います。

米アカデミー賞作品賞などを受賞した「英国王のスピーチ」という映画があります。劇中でコリン・ファース演じる英国王ジョージ6世は、第2次世界大戦の始まりとともに国民に結束してもらい、立ち上がってもらうため全国放送でスピーチしなければならないのですが、長く吃音(きつおん)に悩んでいました。猛特訓しますが、不安は残ります。それでも、ジョージ6世は、大切な未来を一緒に守ろうと、懸命に国民に語りかける。

歴代の英国王のなかでも、もっとも口下手だったはずの王が、もっとも胸をうつ演説ができた。なぜか。それは、相手に必死で伝えようとしたからです。

聞く人にはいろいろなレベルの人がいます。自分にとって当たり前のことが、聞く人によっては当たり前ではないこともある。自分は専門家だからと難しい専門用語を並べたり、略語を多用したりする人は、最初からわかる人だけに発しているか、本気で伝えようとしていないかでしょう。

情報との向き合い方では、人間は何度も間違ってきました。今、その課題はSNSに向かっていますが、かつてはメディアが戦争をあおったこともありました。人間はくり返し、間違い、軌道修正してきた。今も、チャンスはあります。お互いがもっと情報の確からしさに関心を持ち、自分の思いを一生懸命伝えようとする。つまり、対話に真剣になる。そうすれば、人間にも社会にもまだまだチャンスはあると、私には思えます。

福井健策(ふくい・けんさく) 東京大学法学部卒業後、1993年に弁護士登録。コロンビア大学法学修士課程修了。2003年、骨董通り法律事務所For the Artsを設立。日本大学芸術学部・神戸大学大学院客員教授。著作に「著作権とは何か」「誰が『知』を独占するのか」など多数。国会図書館審議会・文化審議会などの委員を務める。Think!エキスパートとして2020年12月から活動中(投稿一覧はこちらhttps://www.nikkei.com/topics/topic_expert_EVP01034
【Think!1周年連続インタビュー 「いま、『発信』を考える」を読む】
第1回 競技者時代から武器にしてきた「言語化」 為末大さん(12月13日公開)
第2回 「論破」より「対話」の場をつくろう 諏訪貴子さん(12月14日公開)
第4回 経験踏まえたストーリー展開こそ付加価値 中空麻奈さん(12月16日公開)
第5回 「面白がり力」鍛えるアウトプット 村上臣さん(12月17日公開予定)
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いま、「発信」を考える

情報があふれる今だからこそ、意味ある情報を得ることが難しくなっています。Think! で活躍する5人のエキスパートが発信に関するポリシーや思いを語ります。

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