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競技者時代から武器にしてきた「言語化」 為末大さん

Think!1周年インタビュー いま、「発信」を考える①

情報があふれる今だからこそ、意味ある情報を得ること、そして伝えることは難しい。日々、メディアなどを通じて言葉を送る有識者たちは、何を心がけているのでしょうか。12月に1周年を迎えた日経電子版のひとこと解説機能「Think!」でエキスパートとして活躍する5人が語ります。
第1回は、元陸上選手の為末大さんです。現役時代からコーチをつけず、自分の道を切り開いてきた為末さんの大きな武器は「言葉」だったそうです。今も発信を続ける為末さんが心がける、情報との向き合い方とは。

競技者時代から人の心に興味 

競技をやっていると、いろいろな悩みが出てきます。なぜ、身体能力ではなく心の影響で、本来出るはずの記録が出たり出なかったりするのか。悩みであり、興味でもありました。今も、軸となるスポーツの分野と離れ、幅広い分野にアンテナを張っているように見られることもありますが、人間の心や営みに関わることは結局広く、すべてにつながります。

私のインプットは本が多いです。競技に役立つから読んだ本もあるけれど、ほとんどは「好奇心」。ただ面白いからです。ただ、その奥にある人間の心は何なのか。それがある程度わかったほうが、競技でも結局、プラスに働きました。

特に陸上競技はタイムが分かるので評価しやすくて、コーチの役割が他競技ほど大きくない。問題の発見から実験まで自分で意思決定できるので「自分の認知の癖」によってエラーが出やすいのです。問題発見の前にどこに注意を向けるかも癖が影響します。

結果を深く反省する選手は、うまくいかなければ何か問題があったのだろうと考えすぎる。逆にうまくいったときも、うまくいった理由があるんだろう、と考えて、本当はたいした理由でもないものを「これが勝利のパターンだ」とジンクスにしてしまうことがある。それを防ぐには客観視が必要です。

「アウトプット」で自分を客観視

私は、「言語化は距離を取ること」だと思っているんです。頭のなかにある考えを書き、外に出して眺めてみる。つまり「アウトプット」して距離を取り、初めて自分のアイデアに反論できる。特に、自分はコーチがいなかったので自分を知り、もっと早く走るにはどうすればいいかを知りたかった。言語化するという「アウトプット」が必要でした。

もう1つの私の情報源は友人のフェイスブックです。しかし、これだけでは情報に偏りが生まれるので非常に危ういなと思います。だから、私はリアルを非常に重視しています。なるべく多様性があるように、偏りがないように。

競技者時代の苦い経験で、あるトレーニングを信じてのめり込み、外れていった経験があります。自分は何かを思い込みやすく偏りがちな危なさを持っていると思います。だから、常にリアルなものに触れながら、右が好きなら左を多く取り入れるようにしています。人のためではなく、自分の人生のためですね。

けれど、この1年間、(新型コロナウイルス禍でリアルに触れられず)共感が鈍くなったように思います。気づくと、自分にとって「不快」なものを取り除いて心地のいい空間にいてしまう。インターネット空間くらい、好きにさせてほしい、という世の中の気持ちもよくわかります。しかし私の考えでいえば異なる意見に触れ続けることに耐えることがバランスを保つ上で重要です。

「不快」にも程度があると思います。自分にとって「不快度が低く考え方の違う人」と、「不快度が高く考え方の近い人」がいる。考えがはっきりしていればいるほど不快を感じる人が増えますから「寛容なインフルエンサー」とでもいうのか、考えは違うけれども排他性は低い多様な集まりが増えなければ、と思いますね。

最近の大きな変化は、匿名の言葉の影響力がそがれていく流れですね。もともと、インターネットで私たちは様々な違いを乗り越えて1つになれる、という前提だった。けれど、実際は「違い」をより「可視化」させてしまった。より考えが先鋭化して排他性が高まっている印象です。若い世代が初めて見るのなら、もう少し穏やかな世界がいいと思う。

分断を止めるしくみ必要

私は、全体より個人の幸せに向かっていったほうが、最終的に人間は幸せになれると思うんです。何が正しくて、何が間違っているかが決まっている方が行動は取りやすいですが、幸福度を考えれば、自由なほうが幸せなんじゃないかと。ただ、歴史的には、国家でも独裁者でもない。自分たち自身で自由を奪ってきました。重要なのは、自分たちがいかに外からの情報に影響を受けているかに気づき、自身のポジションを健全な方向に置き続けることができるのか、だと思います。

世の中は個人が自由に選択できる方向に向かいつつあります。そして、私たちは似たものを好ましく思う性質があります。この2つを合わせるとどうしてもインターネットもリアルも同じ価値観のグループができてしまい、その間に分断が生まれます。かといって与える情報をコントロールすることは民主国家ではできません。

私は例えば情報や考え方にも「イクラの膜」のように、一定の浸透圧を超えると中身が外部に染み出して入れ替わるような仕組みが必要だと考えています。自由はあるのだけれど、完全ではなく一定のノイズが入り外との交流が起きるような、そんなアルゴリズムが必要だと考えています。

為末大(ためすえ・だい) スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダルを獲得。オリンピックに3度出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2021年12月現在)。現在は執筆活動、会社経営を行う。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)理事。東京大学 未来社会協創推進本部 アドバイザリーボード委員。Think!エキスパートとして2021年3月より活動中(投稿一覧はこちらhttps://www.nikkei.com/topics/topic_expert_EVP01062)。
Think!1周年連続インタビュー 「いま、『発信』を考える」を読む】
第2回 「論破」より「対話」の場をつくろう 諏訪貴子さん(12月14日公開)
第3回  発信の極意は「本気で伝えたい」気持ち 福井健策さん(12月15日公開予定)
第4回 経験踏まえたストーリー展開こそ付加価値 中空麻奈さん(12月16日公開予定)
第5回 「面白がり力」鍛えるアウトプット 村上臣さん(12月17日公開予定)
2022年、私たちのワークシフト

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いま、�「発信」を考える

情報があふれる今だからこそ、意味ある情報を得ることが難しくなっています。Think! で活躍する5人のエキスパートが発信に関するポリシーや思いを語ります。

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