日本電産は新しいリーダーシップスタイルに変化できるか
ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

日本電産は関潤社長兼最高執行責任者(COO)が9月2日付で辞任し、小部博志副会長が同月3日付で社長兼COOに就く人事を発表しました 。今後は創業者でもある永守重信会長兼最高経営責任者(CEO)の下、2030年度に売上高10兆円というビジョン実現に向けてどのように進んでいくのでしょうか。グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「サーバント・リーダーシップ」の観点から検討します。
VUCA時代の「支援型」リーダーシップ
リーダーシップというと、圧倒的なカリスマ性を備えたリーダーがぐいぐいと組織のメンバーを引っ張っていくイメージを持つ人が多いかもしれません。米アップル共同創業者の故スティーブ・ジョブズ氏や米起業家のイーロン・マスク氏は、そうしたタイプのリーダーといえるでしょう。
一方で、近年脚光を浴びているのがサーバント・リーダーシップです。サーバント・リーダーシップでは、リーダー(例えば経営者)はフォロワー(従業員)に対してエンパワーメント(権限委譲)を行い、動機づけもしながら、彼らが力を最大限に発揮できるよう手伝いをしようとします。

こうしたリーダーシップが求められる背景には、先が見通せない、いわゆる「VUCA」(ブーカ=変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代という環境の要請があります。いろいろなことが複雑になりすぎてしまった結果、どれだけ優秀なリーダーであっても一人で決めて進めていくことができなくなってきているのです。それゆえ、フォロワーの自律を促し、彼らを支援することで組織全体をより良い方向に導くというアプローチがより有効と考えられるようになってきました。
サーバント・リーダーシップを発揮している経営者として著名なのは、米アドビのシャンタヌ・ナラヤン会長兼社長兼CEOです。同氏は米求人・キャリア情報口コミサイト、グラスドアの「従業員が選ぶ全米最高のCEO」ランキングでも、頻繁に上位にランクインしています。ナラヤン氏はサーバント・リーダーシップを発揮して組織の力を高めることで、アドビを数々のハードルを乗り越えてサブスクリプション企業へと大転換させることに成功し、業績や株価を劇的に高めたのです。
米マイクロソフトのサティア・ナデラCEOもサーバント・リーダーシップ型のリーダーとされます。VUCAの経営環境に直面している度合いの高い大手IT企業において、こうしたリーダーが活躍しているのは象徴的といえるでしょう。
広がる事業領域
日本電産の永守氏のリーダーシップスタイルはこのサーバント・リーダーシップとは一見対極にあるように思われます。同氏のスタイルを象徴する典型的なやり方には次のような特徴があります。
日本電産は積極的な企業買収で成長してきた企業としても知られます。グロービス経営大学院の教材では次のような事例を紹介しています。特に同社グループに入ったばかりの被買収企業は、1円以上の支出すべてに永守氏が自ら目を通し、コメント入りで承認を行います。組織内では週次のPDCA(計画・実行・評価・改善)なども極めて厳格に回っており、目標は必達が求められ、マネジメント層は現場に直接厳しく指示を出します。原材料の購買価格を安く済ませるために「Mプロ」(Mは価格を「まけてもらう」の意味)を徹底し、価格交渉を重ねさせることもしてきました。
・やりきる文化
同社には「すぐやる」「必ずやる」「できるまでやる」の組織文化があります。裏返せば上記のマイクロマネジメントを通じた「すぐやらせる」「必ずやらせる」「できるまでやらせる」のスタイルの裏返しともいえます。
ただ、このスタイルのままで同社が掲げる「2030年度売上高10兆円企業」への成長を続けるにはハードルもあります(22年3月期売上高は1兆9181億円)。
グロービス経営大学院の教材では、同社はこれまでブラシレスDCモーター事業を主力としてきたものの、近年は「モジュール化」を掲げ、どんどん川下統合も進めていると分析しています。たとえばこれからの主力ドメインとして力を入れている車載部品事業ではインバーター(電力変換器)や冷却システムといった、これまでティア1サプライヤー(1次部品メーカー)が提供していた領域にまで事業を広げようとしています。半導体製造への進出も視野に入れています。

事業ポートフォリオ、事業構成がどんどん複雑になる中、そしてビジネスごとの戦略が多様化する中、これまでのような方法論がいつまで通用するのか見通せません。
悩みは後継者育成
日本電産はこの10年間、永守氏の後継者選びや育成に常に悩まされてきました。かつては社内から後継者を選ぼうとしたようですがいったんそれを断念し、外部から招請する路線に舵(かじ)を切りました。
13年にはカルソニックカンセイ(現マレリ)で社長兼CEOを務めていた呉文精氏をヘッドハントし、14年には副社長兼務でCOOのポジションに就けました 。しかし同氏は15年に退社し、その後はルネサスエレクトロニクスの社長兼CEOなどを務めました。
14年には元シャープ社長の片山幹雄氏を最高技術責任者(CTO)や副社長に据えましたが、同氏も21年に退任しています。
15年に日産自動車から移籍した吉本浩之氏は、永守流のマイクロマネジメントで結果を残し、16年に副社長、18年には社長に昇格しました。しかし20年4月に副社長に降格、21年5月には日本電産を退社し、現在はアメリカン・エキスプレス・インターナショナル日本社長となっています。
そして今回の関氏の退社です。同氏は20年に日産から日本電産に移り社長に就任。21年6月には永守氏からCEOを引き継ぎ、ついに同氏の後継者が見つかったのかとも思われたのですが、今年4月に同氏がCEOに復帰して関氏はCOOとなり、結局は辞任、退社することになりました。
後任の小部氏は創業メンバーの一人であり、今後は内部昇格を優先する方針とのことです。同氏が永守氏の後継者として長期間トップに座ることはおそらくないでしょう。永守氏は2日の記者会見で「24年4月に新社長を選ぶ」と表明しました。
永守氏がこれまで求めてきたのはある意味で自らの分身となるようなリーダーでした。しかし、一般的な尺度ではかなり優秀な経営者であっても、結果が伴わなければ後継者として認められませんでした。同氏には「日本電産のために一番考えて働いているのは創業者である自分だ」という自負があるでしょう。その期待に応えられるリーダーが登場するには高い壁があります。
目指すは持続的成長
こうして考えてみると、日本電産が目指す事業ポートフォリオの複雑性や企業としての巨大さからも、そして永守氏の後継者を見つけることの難しさからも、同社に必要なリーダーやそのリーダーシップは変わっていく必要性があるように思われます。
ミッションを共有したうえで魅力的なビジョンを提示すること自体に変化はありませんが、メンバーに対するアプローチを変えていくのです。「指示したことをしっかり考えてやらせる」ではなく信頼して自発的なアイデアや行動を求めるということです。

そのうえで、リーダーの下に連邦的な組織構造、経営体制をつくるという方法論は検討に値するのではないでしょうか。組織の持続的成長を目指すのであれば、妥当性は高いように思われます。
しかしそのためには多大な努力を必要とします。一度根付いた組織文化の変更は大変ですし、そうしたリーダー人材が育つのか、あるいは採用できるのかといった問題もあるでしょう。
乗り越えるべき課題は多いでしょうが、それをクリアできるかどうかが日本電産の未来を大きく左右する可能性は高そうです。
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。1988年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修
「サーバント・リーダーシップ」についてもっと知りたい方はこちら
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