韓国系米国人カリスマ、神対応の衝撃 日欧2社逃げ遅れ
先週からニューヨーク株式市場はざわついていた。26日午後、円換算で兆円規模の相対取引(ブロックトレード)が実行されたと話題になった。その実態が明るみに出たのが日本時間29日だ。
インサイダー取引の「前科」を持つ韓国系米国人のカリスマファンドマネジャーのビル・ホワン氏に、日米欧の大手投資銀行が振り回された。ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、クレディ・スイス、ドイツ銀行、そして「NOMURA」だ。
米系2社は26日に早々と投げ売りし、日欧2社が逃げ遅れた。ドイツ銀行は「損失は軽微」と発表している。
使われた金融商品は専門用語でスワップ、日本では差金決済取引(CFD)という名で個人投資家に人気がある。証拠金を積めばレバレッジをかけて取引でき、結果としては売買の差額だけが決済対象となる。今回のケースではレバレッジが8倍程度とされる。匿名性も魅力で、名前を公表せずに大型取引が可能だ。
大手投資銀行は売買額を膨らませ、総額3兆円ともいわれる規模になっていたようだ。ホワン氏のカリスマ性がプロの間では鮮明で、投資銀行の営業部門は競って受注に奔走したとみられる。コンプライアンス(法令順守)部門の抵抗があっても営業部門が力ずくで取引に突き進むことは、筆者の経験からも想像に難くない。取引から得られる手数料は円換算で100億円を下らないだろう。
ただ、損失リスクも負うことになる。このため誰かが売りに走ると、ドミノ式の連鎖現象が発生しやすい。高値警戒感や増資発表などで下げ始めた米国や中国のネット関連の有力銘柄の値動きを警戒したホワン氏自ら売り始めたことが、大手投資銀行の見切り売りを誘発した。
ホワン氏はかつてのインサイダー取引で大手投資銀行のブラックリストに載っていた。第一線から退き自分の財産運用に徹するようになってからは、熱心なクリスチャンとして「神と社会への奉仕のための投資」を標榜してきた。「私はカネより神を愛する」と公言し、投資収益はキリスト教会へ喜捨していた。
米国証券取引委員会(SEC)も事態を注視する。アルケゴス・キャピタル・マネジメントは正確にはヘッジファンドではなく資産管理会社なので「シャドー(影の)ヘッジファンド」とも呼ばれる。それゆえ情報開示義務はなく、規制をすり抜けやすい。富裕層の資産管理会社は、そもそも保守的な運用で資産を守る役目を果たしていたが、最近は積極的運用にも手を広げている。SECとしては、トランプ前米大統領時代の規制緩和が骨抜きにしたと映る。元SEC幹部はテレビで「スタッフを減らされ、要検査対象の1割程度しか実行できなかった」と振り返る。その反動で、ゲンスラー新SEC委員長が、バイデン新政権のもとで規制強化に乗り出すキッカケにもなりそうだ。ウォール街にとっては懸念材料となった。
今回の一件は、システミックリスクに発展する可能性は低いと市場ではみられている。しかし、トランプ時代の規制緩和により生じた規制の抜け穴の全貌は不明だ。思わぬところに局所的リスクの塊が残っているかもしれない。投資家は身構えている。

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