イエレン氏のテーパリング誘発リスク
マーケットが注目する目先のイベントはイエレン次期米財務長官の指名承認のための米国の議会公聴会だ。一部メディアは、新型コロナウイルス感染対策の予算について「大きな行動を取る」との見解を示すと報道。株式市場では期待感が膨らんでいる。
これもまた「いいとこ取り相場」といえよう。財政出動が大型になればなるほど、年後半から来年にかけて、米連邦準備理事会(FRB)のテーパリング(量的緩和縮小)リスクが高まるからだ。
積極財政で経済回復が本格化すれば、米連邦公開市場委員会(FOMC)では量的緩和を現在のペース(月1200億ドル)で続けるのかどうか議論されるだろう。パウエルFRB議長は、現時点ではまだテーパリングを議論するほど楽観的ではないとの姿勢だ。クラリダFRB副議長はさらに「年内はない」と具体的に語る。しかしFOMC内は一枚岩ではない。例えばボスティック・アトランタ連銀総裁は、その可能性を否定しない。
もしイエレン氏が今もFRB議長だったら、景気重視のハト派がゆえにテーパリングはきっぱり否定しただろう。しかし、今はテーパリングを誘発しかねない立場にまわっている。そこで市場が期待するのは、ジャネット・イエレン氏とジェイ・パウエル氏の「J-Jコンビの連携」だ。
テーパリングが市場のかく乱要因になるかは、ひとえに「マーケットとのコミュニケーション」次第である。米国の金利上昇局面で、イエレン氏がバイデン政権の立場で「大きな行動をとる」と繰り返し、パウエル議長が景気回復に楽観論を唱えれば、市場は「テーパリング」リスクにおびえる結果になりがちだ。そこで、パウエル氏が「とはいえ、景気回復はまだおぼつかない」などとくぎを刺せば、投資家は安心するだろう。それほど今のマーケットはFRB依存症となっている。「FRBには逆らうな」とも語られる。
それにしても、イエレン氏は、数奇な宿命を背負う人物だ。FRB議長時代にはテーパリングの「実行役」だった。退任後、バーナンキ元FRB議長との壇上での対談で「私はあなたの後始末役にまわったのよ」とのジョークで会場を笑わせたことがある。当時は両氏とも民間のブルッキングス研究所に所属していたので率直なトークになった。バーナンキ氏が始めた「マネーのばらまき」の「回収役」という、いわば「貧乏くじ」を引いたとのニュアンスがこめられた発言であった。
時代は巡り、今やテーパリングの議論では事と次第でイエレン氏は「悪役」になりかねない。バイデン政権の財政支出は第1弾が対コロナ支援で1.9兆ドル、そして第2弾がクリーンエネルギー部門やインフラ投資などの景気刺激策で、ここでも兆ドル単位の規模が予想される。その司令塔がイエレン氏となるからだ。
マーケットには2013年にバーナンキ氏がテーパリングにいきなり言及して引き起こした「テーパー・タントラム」、別名「バーナンキショック」が新鮮な記憶としていまだに残っている。
投資家が今知りたいことは、果たして何兆ドル規模の財政出動だと金利急騰が「臨界点」を超えるリスクが強まるかということ。仮に第1弾と第2弾を合わせて4兆ドル近くなれば、米国の10年債利回りが1.5%程度の「臨界点」を超え、債券市場ではクレジットリスクが意識される可能性がある。「悪い金利上昇」の懸念だ。そこで、FRBはどこまでのオーバーシュートを容認するのか。
救いは、国債増発による資金調達コストがまだ低いことだ。低インフレ率が構造的要因にあるとすれば、4兆ドルの追加財政投入でもイエレン氏は財政リスクを制御できる可能性がある。ここではFRBのインフレ予測も重要な要因となろう。
かくして、投資家はイエレン氏とパウエル氏の発言がマーケットを揺らす局面に身構えている。

豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
・ツイッター@jefftoshima
・業務窓口はitsuotoshima@nifty.com
- 出版 : 日経BP
- 価格 : 1,045円(税込み)
日経電子版マネー「豊島逸夫の金のつぶやき」でおなじみの筆者による日経マネームック最新刊です。