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「最小の在庫で最大の利益」を目指し、在庫を最適管理

日経ビジネス電子版

季節ごとに新商品を投入し、セールで値引きするアパレルのセオリーに「待った」をかける。ベビー服の販売で経験した在庫管理手法を生かしたSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)で、「最小の在庫で最大の利益」を掲げるのが、クラウド型の在庫管理システムを販売するフルカイテン(大阪市)だ。

失敗を糧に企業

「際限なく商品を仕入れても、いいわけがないという当たり前のことに気付いた」。ファッションEC(電子商取引)運営のフェリシモ子会社cd.の葛西龍也代表はこう語る。

フルカイテンのSaaSを導入した2020年9月からの半年で、商品投入枚数は減らしたが、販売枚数は前年同期比で14%増え、売上高も3%伸びた。

フルカイテンは、過去の売れ行きデータを人工知能(AI)で分析し、在庫が全て売り切れる時期を統計的に予測。最も好調な売れ筋商品には劣るが、過度な値引きをしなくとも正価や薄い値引きで売れる商品を抽出できる。

cd.は、フルカイテン導入前は大量の商品データの抽出・分析に1日かかっていたが、30分~2時間に短縮できた。これにより、例えば送料が無料になる5000円を下回る買い物をしようとする顧客に、5000~7000円の合わせ買いによく選ばれている商品を推薦するといった対策を素早く打てるようになった。在庫の潜在力に意識が向いたことで、倉庫を舞台にインスタグラムで顧客向けライブを開くなど、「在庫『処分』ではなく、宝探しのような感覚」(葛西氏)で販売促進策が打てているという。

3度の経営危機経験し起業

フルカイテンが生まれたきっかけは、ベビー服のEC運営で経験した3度の経営危機だった。瀬川直寛社長は大学卒業後、外資系IT(情報技術)企業やベンチャー企業で企業向けソフトウエアの営業として働いていたが、「お客さんが喜んでいる実感がもっと得られる仕事をしたい」と会社を辞めた。12年に全く縁がなかったベビー服を売る会社を立ち上げたのは、ちょうど結婚と妻の妊娠が重なったという理由だった。

徐々に売り上げが立ってきた14年末、なぜか預金が減り、運転資金が3カ月分しか残っていないことに気付いた。恐怖を感じて、税理士に丸投げしていた決算を精査すると、在庫を積み増すことで利益になってしまっていた。

大学時代に統計を使って研究していたこともあり、表計算ソフトを使って商品の売れ行きを分析しようと試みた。しかし、商品は数千点で何が何だか分からない。何とか割引対象品を選んで、セールを実施して息を吹き返した。

もちろんこれでは本質的な解決にはならず、半年後に再び運転資金の不足が迫ってきた。セールでその場をしのぎつつ、「在庫が急に優良から不良に変わるわけがない。連続的な経過を可視化できないだろうか」と考えて、売り上げ予測モデルを組み上げた。この分析を基に、完全な不良在庫になる前にクーポンの配布やメールマガジンの配信を実施して、大幅な値引きをせずにさばくことができた。

こうして在庫問題は解決したかに見えたが、16年に3回目の危機を迎える。在庫処理に自信を持った瀬川氏は顧客層を広げようと、送料が無料になる購入額を8000円から2000円へ大幅に引き下げた。客単価が下がっても、購入者が4割増えれば粗利も増す、との見立てだったが、客単価が落ち込んだ一方で、顧客は2割しか伸びなかった。今度は運転資金の枯渇だけでなく決算上の利益も赤字に陥った。

4カ月ほどサイトの改善を続けたが、状況は上向かない。背に腹は代えられず、送料無料の基準を8000円に戻した。顧客からの叱責を覚悟したが、理由は予想と違った。「そもそも、なぜ2000円に下げたんだ。8000円ならよその子どもと服が重ならないと思っていたのに」。むやみにサービス価格を下げようとしても、顧客は喜ばないと思い知らされた。

この反省から、「在庫の売れ行き分析」に加えて、客単価分析を始めた。客単価を価格帯ごとにグラフ化し、客単価の引き上げに適した商品を抽出することで、3度目の危機も乗り切ることができた。

アパレル経営者を笑顔に

EC運営が軌道に乗ると、仕入れ先から「どうやって在庫をそんなにうまく回しているんだ」と聞かれるようになり、妻から「このシステムを売ったらどう」と勧められた。消費者の笑顔を身近に感じるベビー服事業に満足していたが、「在庫問題に苦しむアパレル経営者を笑顔にできる力があるんじゃないの」と背中を押され、事業化に踏み切った。ベビー服事業は18年9月に売却して今は在庫SaaSに専念している。

瀬川氏が驚いたのは、「最初の商談で大手の役員が出てくること」。会社員時代に企業向けソフトを販売していた頃は、小規模企業は導入しても、大手には幾度か跳ね返されるのが常だった。SaaSの提供開始は17年11月ながら、既にオンワード樫山やアシックスジャパンなど大手に採用されている。

経済産業省によると、国内のアパレル市場は、バブル期から供給量が20億点から40億点とほぼ倍増した一方、購入・輸入単価は6割前後の水準に下落した。コロナ禍でアパレルの在庫問題は深刻さを増している。

瀬川氏は、「人口が減少する日本では、コロナ禍が収まったとしても過剰な在庫を持つモデルは持続的ではない」と言い切る。在庫をフル回転させることで、経営者の笑顔を増やすために日々改善を続けている。

(日経ビジネス 鷲尾龍一)

[日経ビジネス2021年4月26日号の記事を再構成]

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