たどり着いた思い「試練は宝」 ヨークベニマル会長

東日本大震災で大きな打撃を受けた福島県のスーパー、ヨークベニマル。だが大高善興会長は今、過去と現在の試練をどこか楽しみつつ会社の明るい未来を展望する。震災10年の苦労とその経験を通じて得たものを語ってもらった。
◇ ◇ ◇
会社はこうやって潰れていくのか──。当時、本当にそう思いました。
東日本大震災のあの日、私はプライベートブランドの開発会議に出るため東京・四谷にいました。翌朝、車で福島に向かったのですが、たどり着くまでにかかったのは実に13時間。3月13日になって初めて郡山市内の店舗の被災状況を目の当たりにしましたが、店の天井が落ち、外壁が崩れ、中から空が見えてしまう現実を前に、立ちすくむほかありませんでした。
社員はまぶしく見えるぐらい復旧・復興に努めた
ヨークベニマル170店のうち105店が全壊または半壊となり、従業員24人、その家族148人の命を失いました。「会社創業以来の危機」と表現しても差し障りないはずです。
もっとも当初、会社の終わり、世界の終わりと弱気な発言をしていた私とは対照的に、従業員はまぶしく見えるぐらい、寸暇を惜しみ、復旧・復興に努めました。
4メートル超の津波に襲われた石巻の湊鹿妻店では、店長自らの判断で屋上駐車場に地域の方々500人を避難させ、店に残っていたわずかな食料を頼りに3日間、命を守った。別の店舗では一律100円で商品を売ると決断し、地域の方々の生活を守った。

ある店は私からの避難の呼びかけを聞かず、「表にお客さんが並んでいる。営業させてくれ」と懇願した。我が身を犠牲にしての奮闘は数え上げればきりがありません。「店はお客様のためにある」「お客様のために働け」。常日ごろ、私をはじめ経営陣からこう伝えてきたつもりですが、むしろ震災当時の従業員の姿から気づかされたことの方が多かったように思います。
震災後数カ月して、チベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世が福島に来たことを思い出します。「仏は常に試練と困難、逆境を与え続ける」。この言葉が印象深く残っていますね。そして逆境を乗り越えるには、嘆かず、他人のせいにせず、日々精進していけば必ず未来に明るい兆しを与えてくれる。そう説かれました。
商売に当てはめるのならば、「当たり前のことを当たり前に実施する」ということに近いのでしょう。明るい笑顔、清潔な職場はもちろん、スーパーとしてお客様の食卓を豊かに楽しく日々、彩っていく。震災から10年、こうした考えと基本動作を徹底してやってきたことで、企業として何とか危機を乗り越えられたのかなと思っています。
震災から10年が経過し、私は最近、社内向けには「ABC」と繰り返し言っています。A=当たり前のことを、B=ばかばかしいと思うぐらい、C=ちゃんとやれ、という意味です。
毎朝起きて、働いて、ごはんを食べて、ぐっすり眠る。特に震災を経験した私たちは、この当たり前の日常をしばらく味わうことさえ許されなかった。
つまり「普通」がいかに尊いものかを知っている。流通業の苦境がかねて伝えられていますが、人と会社と社会の成長のため決して奇策などないのではないでしょうか。当たり前の基本動作の積み重ね以外に、未来への道を切り開く手法はないはずです。
芽生えてきた「試練を楽しむという気持ち」
80すぎという年のせいか、どん底を味わう経験をしたからなのか、私自身にも、今のコロナ禍を含め「試練」をどこか楽しむ、どこか歓迎する気持ちがようやく芽生えてきました。
試練は自分と会社を成長させる機会であり、初心に戻りしっかりやれば乗り越えられる。基本となる正しい倫理観を持ち合わせていれば「試練は宝になる」。こんなふうにも思えるようになりました。株主資本主義など企業・会社のあるべきカタチがよく議論されますが、私としては「福島発のスーパーとして、日本一、明るく元気で前向きな会社にする」。単純に思えるかもしれません。笑われるかもしれません。でも本当に心の底からそうしたいと願っていて、これ以上の会社のスタンスと目標はないと考えています。
東北、特に福島の10年の実感としては、津波対策と震災復興は着実に進んでいるとは思います。
けれどもやはり原発の問題は、廃炉のシナリオから汚染水、汚染土、新しいエネルギー政策も含め、10年たっても何も問題解決に至っていません。復興相は10人近く代わりましたが、代わるたび有効な手を打ち出せず、決断を先送りしてきた面も多いのかなと総括せざるを得ません。
これらにも奇策はないはずで、住民説明を含めて当たり前のことを着実にやるしかないはずです。ただどの政権もどの大臣も決断力と実行力が足りなかった。正直、危機対応の原則に反しているように思います。(談)
(聞き手は日経ビジネス 山田宏逸)
[日経ビジネス電子版 2021年2月25日の記事を再構成]
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