/

東急、MaaSで狙う定期券の復活 飲食・映画の割引も

東急では通勤ラッシュ時の混雑に悩まされていた路線が今、一転して乗客減にあえいでいる(提供:東急)
日経ビジネス電子版

東急は1月13日から首都圏で、次世代移動サービス「MaaS(マース)」事業の一環として、鉄道の定期券を持っていれば高速バスや飲食・娯楽サービスなどを割安に使えるようにする新たな実験を始める。東京都から神奈川県にまたがる東急田園都市線など、沿線に観光地がなくテレワークの影響をもろに受けたエリアで定期券の価値を高めることを狙う。

「東急は創業時から、東京都心へ通勤することを前提に鉄道やバスを運営し、商業施設を設けてきた。しかしテレワークの普及でこのビジネスモデルが崩れつつある」。交通インフラ事業部でMaaS戦略を担当する森田創課長は危機感を隠さない。

ベッドタウンとして人気の高い多摩田園都市と、IT(情報技術)企業が集まる渋谷、大手企業が集積する大手町を結ぶ東急田園都市線。長年、通勤ラッシュ時の混雑に悩まされていた路線が今、一転して乗客減にあえぐ。

東急傘下で鉄道事業を担う東急電鉄の輸送人員を見ると、緊急事態宣言が出されていた期間を含む2020年4~6月期の通勤定期券利用客数は前年同期比26.7%減となり、7~9月期は29.9%減と悪化した。20年3月期の定期券収入は約649億円で、運輸収入全体の約46%を占める。金額もさることながら、定期券の購入の多くが「6カ月」であることも重要だ。東急としては資金を安定して確保できる。

沿線に観光地がないことを考えると、定期券をいかに買ってもらうかが重要で、そのユーザーを掘り起こすため新たに始めるサービス実験が「DENTO(デント)」だ。森田氏は、定期券保有者の優遇サービスを多くすることで「通勤定期を『生活定期』に変える」という。

デントでは、対話アプリ「LINE」上で、出かけたくなるような様々なサービスのチケットを購入できる。チケットは大きく3つのサービス分野が対象で、バスなど鉄道以外の交通手段、テレワークスペース、飲食・レジャーだ。森田氏は「TPO(時、場所、機会)に合わせた移動手段や就労場所の提供などによって、出かけようという需要を喚起したい」と話す。

仕事をしながら通勤できる高速バスや沿線のテレワークスペースを提供する(提供:東急)

交通手段の提供では、田園都市線沿線と渋谷駅・東京駅を結ぶ通勤高速バス「サテライトビズライナー」を走らせる。コンセプトは「動くシェアオフィス」と森田氏。所要時間は1~2時間と鉄道と比べれば長いが、移動中に仕事をすることを前提にしている。移動中も仕事の時間になることから、都心に着くのは午前10時過ぎと遅めに、都心を出るのは午後5時前後と早めに設定している。

運賃は片道1000~2300円で、通勤定期券があれば100円引きになる。帰路はバスだけでなく、通勤定期券保有者に限定して相乗りハイヤー(水・金曜日のみ)を片道3980円で用意する。かつてほどの混雑ではないが、夜は従来より早い時間に乗車する人が増えたため、密を避けたいニーズに応えて8人乗りの車両を4人で利用する。

1日1000円から使えるテレワークスペースは、東急沿線に7カ所を設ける。よくあるシェアオフィスやカフェスペースだけでなく、バーベキューが楽しめる屋外施設やスポーツジムの一角にもワークスペースを設け、在宅勤務とは気分を変えて仕事ができることを売りにする。スポーツジム側としても、潜在的な顧客になり得るとして受け入れを決めたという。

飲食やレジャーのサービスでは、定期券の保有者限定で、沿線の飲食店や商業施設、映画館の割引クーポンを提供する。最大で1000円近く安くなるケースもある。水曜日と金曜日には、都心から大井町駅(東京・品川)への相乗りハイヤーと、大井町駅周辺の飲食店の特別メニューをセットにした有料チケットも用意する。大井町駅から運行している有料座席指定サービス「Qシート」と組み合わせることで、仕事帰りに食事を楽しみ、ゆったりと帰る選択肢を提案する。

はたして定期券は最適解か

デントは4月28日まで約3カ月半の実験で、登録会員数2万人をまず獲得したいという。ターゲットとなる田園都市線沿線に自宅を持つ30~50代は20~30万人で、その1割程度ということになる。その上で、リピートの割合を注視する。2回以上使う会員が1万人いれば成功とみている。今後、会員が何を買ったか、どんなサービスを利用したかというデータを分析して事業化を目指す。

今後の検討課題として、定期券を持っていなくても同じようなサービスを提供できないか、という点が挙げられる。2地点間を往復することを前提にしないというわけだ。森田氏は「定期券と回数券の間を埋めるようなサービスが必要かもしれない。区間を定めない乗り放題チケットも考えられる」と話す。

東急は伊豆半島の複数の交通事業者、観光施設などを束ねてマースの実証実験「イズコ」に取り組んできた(提供:東急)

森田氏は18年からマースに取り組んできた。舞台は東急沿線ではなく、静岡県の伊豆半島。観光客をターゲットにした「Izuko(イズコ)」のトライアルをこれまで3回行ってきている。

実は、当初は東急沿線でやりたいと考えていた。だが、当時社長だった野本弘文・現会長に「東急グループ以外も巻き込み、地方の公共交通が維持できるような大きな絵を描くべきだ」と却下された。「東急沿線はそこまで困っている状況ではなかったということだ」と森田氏は振り返る。

しかし、新型コロナウイルス禍でフェーズが変わった。東急が沿線でもマースに本腰を入れざるを得ないほど、事業環境は激変している。デントの取り組みは、定期券に付加価値を付けることが終着点ではない。沿線住民のライフスタイルの変化に対応し、通勤需要に頼らないビジネスモデル構築の出発点となる。

(日経ビジネス 佐藤嘉彦)

[日経ビジネス電子版 2020年12月24日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版セット

週刊経済誌「日経ビジネス」の記事がスマートフォン、タブレット、パソコンで利用できます。雑誌発行日の前週の水曜日から順次記事を公開。日経電子版とセットで月額650円OFFです。

お申し込みはこちら

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経ビジネス

企業経営・経済・社会の「今」を深掘りし、時代の一歩先を見通す「日経ビジネス電子版」より、厳選記事をピックアップしてお届けする。月曜日から金曜日まで平日の毎日配信。

関連企業・業界

企業:
業界:

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン