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米国人はなぜ、ドラッカーを「忘れた」のか

三橋平(みつはし・ひとし) 早稲田大学商学部教授 1994年慶応義塾大学総合政策部卒業。2001年、米コーネル大学大学院産業労働関係研究科で博士号(Ph.D.)取得。2000年から筑波大学理工学群社会工学類で専任講師、准教授。2008年から慶応義塾大学商学部准教授、2009年同教授。2019年から早稲田大学商学部教授(現職)。専門は経営学、組織論。 Academy of Management Journal、Strategic Management Journal、Organization Scienceなどの国際的な一流学術誌に論文を多数掲載。2008年、米国経営学会・経営戦略部門最優秀論文賞受賞。2011年、国際経営学会最優秀論文賞ノミネート。2012年アジア経営学会組織・経営理論部門最優秀論文賞。2013年Management Research Review誌Highly Commended論文賞。(写真 稲垣純也)
日経ビジネス電子版

日本やアジアでは不動の人気を誇る経営思想家、ピーター・ドラッカー。もともとは米国の経営学界でも重鎮だったドラッカーが、欧米の経営学界では全く顧みられなくなって久しい。

米国人はなぜ、ドラッカーを「忘れた」のかーー。

この問いを今回、早稲田大学商学部の三橋平教授にぶつけた。米国経営学界でそうそうたる受賞歴を持ち、日本人にはまれな「世界標準の経営学者」の一人である三橋教授は「1998年ごろが、米国経営学界における『脱・ドラッカーの転換点』ではないか」とみる。

◇   ◇   ◇

――「世界標準の経営学とは一体何か」。先日取材させていただいた日本経営学会では、この問題をめぐって、様々な角度からの討論がありました。

一番驚いたのは、1998年の米国経営学会(AOM)でピーター・ドラッカーが基調講演をしたという、三橋教授のご指摘でした。つまりこの事実は当時、ドラッカーが米国の経営学界、すなわちアカデミア(学問の世界)において重鎮だったことを示します。

しかしそれ以後、急速にドラッカーが顧みられなくなった、という話でした。つまりドラッカーは、2000年代以降、米国のアカデミアで主流となった「世界標準の経営学」には該当しないと見なされ、忘れられたわけです。

三橋教授自身は、海外でのそうそうたる受賞歴を見れば分かる通り、明らかに「世界標準」派です。米国経営学会・経営戦略部門最優秀論文賞、国際経営学会最優秀論文賞ノミネート、アジア経営学会組織・経営理論部門最優秀論文賞受賞、Management Research Review誌 Highly Commented論文賞……。海外でここまでの実績と評価を得ている日本人経営学者は、そう多くはいないはずです。

そんな三橋教授はドラッカー、読みましたか。

「私は1994年に大学を卒業していますが、学部生時代に読みました。慶応義塾大学総合政策学部だったのですが、ゼミの教授が常識として読みなさいと言っていたからです。当時は日本でも、経営学を学ぶといえば、まずドラッカーだったのだと思います。組織論などの分野に関心があるのなら、必ず読んでおかなければいけない1冊という」

にわか読書でドラッカー解説をした米国人学者

「ところが大学を卒業してすぐ米国に渡ると、誰もドラッカーを読んでいない。教授の本棚にも置いていない。なぜだろう、というのは、疑問だったのです」

「象徴的な体験があります。ドラッカーが亡くなったときに、博士課程で同世代だった友人のところに米CNNから取材の申し込みがきました。米国人の友人ですよ。CNNから連絡を受けたのは朝だったのですが、『ちょっと忙しいから3時間待ってくれ』といったん保留して、何をするのかと思ったら、大学内の書店に行って著書を読んで、それですごい人なんだと解説したと。それを聞いて、ああやはり米国ではそういう存在なんだと思いましたね」

――なぜ、そこまで徹底的に関心を持たれなくなったのでしょうね。

「恐らく、ドラッカーはとても核心的なことを言っているのでしょうけれども、因果関係には、あまり言及していません」

――確かに、マネジメントの役割は何かであるとか、そのためにマネジャーは何をすべきかといった実践論が多い印象です。

「一方で、今の経営学者の多くは、因果関係の解明に最大の関心を持っているので、目的に合わないのだと思うのです」

――「世界標準の経営学」における「因果関係の解明」とは、要するに、XとYの関係を計量分析で解明する、というような話ですね。いわば因果関係を、関数に置き換える。

XとYでしか考えられない学者たち

「はい。そういう意味においてドラッカーは、因果関係めいた話はあまり議論していない。その辺がやはり、関心の分かれ目なのかと思います」

「というのも、そういった定量的な分析手法に慣れてくると、だんだん、そうでないものが理解できなくなってきてですね……。つまり、XとYの関係でしか物事を考えられない頭になっていく。何か物語のようなものを読んでいるときでさえ、『この人のこの行動においては、何が変数Xであり、何が変数Yであるのだろう』と読んじゃう」

――本当ですか(笑)。曖昧に終わる文学作品の余韻なんて、味わえなくなりますね。

「はい。そういう頭でドラッカーを読むと、因果関係を示すような記述がないので、だんだんと困惑してくるというか、何を言っているのかが分からなくなってくるので……」

――やはり味わえない。

「そういう感じですかね。ですから、いいところもあるし、悪いところもある」

――それが、「世界標準の経営学」で戦う研究者たちの世界なのですね。計量分析のような科学的なお作法を身に付けなければ、実績が出せない。一方で、文脈の理解能力はさほど求められない。

「多分、年代が上の(1970~80年代から活躍していたような)大御所の頭には、ドラッカー的なものがすんなり入る。それは若い頃に叙述的な本を読んでいたからだと思うのです。しかし(1990~2000年代以降に研究者になった)僕らはもう論文しか読まないので、価値観が大きく違う」

――三橋教授は、若い頃に本を読まなかったのでしょうか。

「大学院までは叙述的なものも読んでいましたので、まだ読んでいる方だと思います。現代経営管理の基礎の1つといわれるフレデリック・テイラーの『科学的管理法』も、英語で読まされて悲鳴を上げました」

――工場の生産性を管理する方法を説く古典ですね。時間管理、作業の標準化、モノの置き場所といった、定性的な実践論が多い印象があります。

「そうそう。(叙述的でボリュームがある上に)古い英語だからさらに読みにくい。なんとか2ページくらいに簡潔にまとめられないのか、などと思いながら読んでいました(笑)。僕が教わった米コーネル大学の教授は、比較的そうした読書を重視されていました。しかし米スタンフォード大学などでは、当時からもう本はほとんど読んでいなかったようです」

「2000年、僕が米国から日本に帰国して最初に驚いたのが、『バーナード研究』が日本でとても盛んだったことでした。バーナードとは、1930年代に『経営者の役割』という大変有名な本を残し、経営者にして経営学者でもあったチェスター・バーナードのことです」

「バーナードは米国で、確かに授業で読みましたが、あくまでさらっとだったのを、日本では皆がこぞって読みこんで、盛んに議論して、そうか、関心が違うんだなぁと。米国では今は、恐らくもうみんな読んでいないと思います。というか、そういう定性的な本を読んでいると、定量的な分析手法の勉強が間に合わなくなるのだと思います」

――近年、米国において主流の「世界標準の経営学」は極めて数学的であると同時に、厳しい競争の世界なのですね。

「僕の時代は、学術誌に査読付き論文を掲載した実績がなくても、良い博士論文を書けていれば就職できたのですが、今の米国はどんどん先に進んでいて、定評のある学術誌に論文を掲載した実績がないと教授職に就職できなくなっているそうです」

――そして、学術誌に査読論文を掲載してもらうには、膨大な計量分析をこなさなければならない。相当厳しいですね。徹底的な科学知の競争になっている。

「ですからかえって、日本人が(哲学や文学などの)人文知をしっかりと勉強して、その上で科学知に取り組んでいくようになれば、何らかのアドバンテージがあるのかもしれないですよね」

――今の米国では、数学的なイメージが強い経営学ですが、1990年代前半までは、経済学も社会学も数学も混在している雑多な印象の学問でしたよね。例えば、「組織の経済学」の始祖ともいえるハーバート・サイモンやオリバー・ウィリアムソンは経済学者で、サイモンは1978年に、ウィリアムソンは2009年にそれぞれノーベル経済学賞を受賞しています。

人間を究めてロボット研究に向かったサイモン

「実は、サイモンはコンピューターサイエンスでも著名です。慶応義塾大学で働いていたときの塾長が、認知科学研究で知られる工学博士の安西祐一郎先生でしたが、授業で講演していただいたことがありまして」

「安西先生は、当時米カーネギーメロン大学にいた、サイモンの研究室にポスドクとして所属していました(筆者注:1979年にPsychological Review誌に共同論文を掲載)。何をしていたのかというと、ロボットがどうやって人の命令を認識しているのかを学んだのです。ロボットに『あっちに行って、それから右に行って、さらに左に行くんだよ』などと言ったときにきちんと所定の目的地に着くのかという」

――面白いですね。きちんと着くのですか。

「人間だと何となく着きますよね。しかしロボットは着かない。では、人間とロボットは何が違うのかと。それを究めると、人間とはどういうものかが分かるという話だったのです。サイモンは、人間探究を突き詰めた結果、ロボット研究に行き着いた」

――そうしたこともあり、経営学は当初、いろいろな学問の影響を受けて混沌としていたのが、だんだんと数学寄りになったわけですね。

「米国の場合は、ビジネススクールが巨大化したのが大きいです。ビジネススクールの教授は、ビジネス系の学術誌に論文を出して掲載されないと、終身雇用が得られないし昇進もできない、といったことになりますからね。米国のビジネススクールランキングが、さらに拍車をかけました。大学の制度の影響は、多分にあると思います」

(日経ビジネス 広野彩子)

[日経ビジネス電子版2020年10月13日の記事を再構成]

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