「隠れ教育費」学校指定の学用品 疑問を感じたときは

小学校に入学すると、毎月の教材費支払いの他にも、上履き、体育着を始め、鍵盤ハーモニカ、絵の具セット、さらには水着……と次々に学用品を購入することになります。「義務教育なのにこんなに出費があるの?」「こんなに高い指定品を買わないといけないの?」と驚いた経験がある人もいるかもしれません。こうした学用品や教材にまつわる疑問について、埼玉県の小・中学校で事務職員として勤務している栁澤靖明さんに聞きました。
なぜ、その店でなければならないのか?
毎日使う上履きや体育着ならまだしも、年に数回しか着ない水着まで学校指定の高額品を購入しなくてはならないケースがあります。「なぜ指定品でなくてはならないのだろう?」と首をかしげながら購入した経験のある人もいるかもしれません。毎日使う上履きであっても、子どもの成長が著しく、頻繁に買い替えるものだから、購入しやすい価格の商品であってほしいし、忙しい共働き家庭にとっては、指定販売店ではなくネットでも購入できたらというのが本音です。さらに言えば、横並びをよしとする風潮がよくない、という価値観が広がってきている中で、もっと自由な選択肢を提示してくれてもよいのではないかと思う気持ちも。
こうした保護者の疑問に対し、家庭の教育費負担に詳しい栁澤靖明さんは次にように話します。
「2018年に東京の公立小学校で、アルマーニ監修の制服が導入され話題になりました。この制服は極端な例だとしても、学用品や教材の費用に関して学校と家庭との意識が乖離(かいり)しているケースは少なくありません。同調圧力や子どもの貧困が課題となっている中で、指定品についての考え方や、『隠れ教育費』として家計を圧迫する学用品や教材にかかる費用に関しては、今後メスを入れていくべき部分だと思います」
個人持ちのモノが増え、それに伴い徴収金も増加
実際、便利で学びやすい教材や用品が増えてきたことを背景に、個人持ちの『モノ』が増え、それに伴い徴収金も増えていると栁澤さん。
「でも、その内訳を見ていくと、工夫次第で個人持ちにする必要がなくなるモノもあるし、本当に学校指定としなくてはならないのかどうかという点などについても、検討していく必要があります」
これまで栁澤さんが勤務してきた学校では、体育館シューズと上履きを一本化したり、800円程度の美術の資料集を個人持ちから学校購入の共有物としたりして、美術室に40冊置くように変更し、保護者負担を軽減した例があるといいます。
「このケースでは、保護者負担を軽減するだけでなく、さらに翌年の予算で別の資料集を購入することで、授業で扱えるバリエーションを増やすことにもつながりました」
まさに保護者負担を抑えるだけでなく、教材の幅を広げることにも成功したという一挙両得な事例です。似たような例は他にもいくつもあり、実際栁澤さんの勤務する学校では保護者の負担額が大幅に軽減しているといいます。一方で全国的に、こうした視点での工夫がなかなかされない背景は「学校や保護者を含めた現代社会が抱える複数の問題がある」と栁澤さん。ここからは、こうした問題点について解説してもらいます。
多忙過ぎる教員の手が回らない
「まずは学校側が抱える問題点についてです。そもそも学校は教員が多くを占める組織であるため、同じ学用品などでも『生活指導』といった切り口だと活発に議論がされても、『費用』という切り口からはなかなか議論がされにくいという風土があります。
一般に『費用』という切り口だと旗振り役が誰なのかが不明確なため、『問題がないから再検討する必要はないだろう』と、深く議論されずに『例年通り』になってしまうことが多くあるのです。さらには、教員の中に『教育現場でお金の話はしない(できない)』という感覚もあるように感じます。こうした感覚には、文化的側面もありますが、その他、教職養成課程に『教育財政』にまつわる科目がないことも、教員の意識から費用面についてもしっかり考え議論すべきだという視点が抜け落ちる原因になっていると考えます」
他にも、教員が多忙過ぎて費用面のことを議論する余裕がないという実態もあるそう。
「教員の長時間労働が問題になっている通り、教員は朝から授業を行い、放課後も教材研究や文書の作成などに追われ多忙を極めています。こうした状況にあって、空き時間があったとしても、ICT(情報通信技術)や学校安全など、教員にとって優先順位の高い課題が山積する中で、なかなかモノの適正化にまでは手が回らないのが現状です」
学校が指定するより先に保護者が先にランドセルを選ぶ
一方で隠れ教育費にメスが入りづらい状況には、現代社会にも原因があると栁澤さんは言います。
「ほとんどの家庭で、小学校に入学する際にランドセルを購入すると思います。でも、このランドセルは法律などで規定された学用品ではありません。学校によっては指定しているところもあるかもしれませんが、全てではありません。それでもなぜほとんど日本中の小学生がランドセルを背負うかというと、学校が指定するより先に、現代社会がランドセルの購入を促し、それを保護者が選んでいるからです」
つまり学用品とはこうあるべきというものを、社会や保護者が文化として抱え込んでいる側面もあるわけです。さらにこうした「学用品はこうあるべき」という視点は学用品を購入する際の意識にも働いていると言います。
「例えば、『学校からの徴収は他の出費を抑えてでも最優先で支払わなくてはいけない』という意識や、『何のために使う教材だかよく分からなくても、言われたからには払わなくてはならない』という意識。また、学校からあっせん品があれば、なぜそれがあっせんされるのかよく分からなかったとしても、『そういうもの』だとして、従うべきだと捉えてしまう傾向。時に保護者としてはもっと安いモノがよかったとしても子どもから『みんなと一緒がいい』と言われればそれを買わざるを得なくなってしまう……などと、結果的に内発的な強制力を伴い、保護者は言われた通りにお金を支払います」
状況打開のためにできる3つのこと
学校側は風土的にも余力的にも状況を変える準備がなく、保護者側は学用品を「買わなくてはならないもの」として捉え最優先してきた結果、高額な学校指定品や、膨大な量の学用品が整理される機会を逸してしまっていると栁澤さん。では、こうした状況を打開するためにどのようなことができるのでしょう。
「学校側に関しては、隠れ教育費となっている各種教材・学用品の適正化だけでなく、国や自治体の教育施策を学校現場に浸透させるための管理職として、教頭・副校長と対になる事務局長的な職を置くといった組織改革が必要だと感じています。一方で、保護者にできることは、声を上げることだと思います。具体的な声の上げ方には3つの方法があります」
【1:学校運営協議会に意見を出す】
「学校は教育活動や学校運営について評価をし、その結果に基づき改善の取り組みを行うことが、学校教育法によって規定されています。この評価方法には『自己評価』、『学校関係者評価』、『第三者評価』、という3種類の形態があり、2つ目の『学校関係者評価』を担っているのが多くの場合学校運営協議会です。
学校運営協議会は地域住民や保護者代表などから構成される学校とは一線を引いた別の組織です。外郭組織といってもいいかもしれません。学校運営協議会は、学校運営の基本方針について承認する権限を持ち、学校運営について教育委員会または校長に意見を述べることができると規定されているほどの組織です」
だからこそ、学校運営協議会に意見を届けるということは非常に効果的だと栁澤さん。
「学校運営協議会のメンバーは学校のウェブサイトなどで公表されていますから、その中に相談しやすい人、たとえば町会関係者やPTA役員などを探し、意見を伝えることがよい方法だと思います」
【2:自己評価のために実施される保護者アンケートに意見を書く】
とはいえ、学校運営協議会に意見を伝えるには、コネクションが必要であったり、少し勇気が必要だったりします。もう少し手軽なアクションが、保護者アンケートに意見を書くことだそう。
「学校自身が評価をする『自己評価』のために教職員や児童・生徒、そして保護者に対してアンケートを実施する学校は多いです。この保護者アンケートに書いた意見は文字化・共有されるため、ここに気付きを書くことで、見直しのきっかけになるチャンスはあります」
ただし、現状ではこのアンケートにも欠点があると栁澤さん。
「保護者からよく聞く言葉として『学校に子どもを人質にとられている』という感覚があるようです。記名アンケートにどこまで書いてよいのか? 下手なことを書いたらモンスターペアレントだと思われるのではないか? という不安があると思います。学校側から『これは気付いたことを書いてよいアンケートなんだ』というメッセージをしっかりと出し、保護者の精神的安心を保障する配慮が十分にされるべきですね」
【3:キーパーソンに伝える】
「3つ目は学校にとってのキーパーソンに直接話をすることです。キーパーソンとは誰かというと、『学校に声を届けてくれる人』です。私は事務職員ですが、保護者ともよく話をするため、保護者からも『ここ変えられないかな?』という相談を受けることがたびたびあります。学校内で変える力や意欲のある教員でもよいですし、校長と関わる場面が多いPTA会長や、PTA役員、そうしたつながりがある人がいればその人でもよいでしょう」
社会が変われば学校も変わる
いずれにしても、大事なのは声を伝える努力をすることだそう。
「違和感を持ったならば、まずは保護者同士からでもいいので声に出してほしい思います。『いつか学校が気付いてくれるのでは』と黙っていても、先述の教員の多忙化や組織上の問題などから、学校側から気付いて変わっていくということは、よほどの改革者がいないと難しいのが現状です。
LGBT(性的少数者)の存在が社会的に注目されるようになり、制服を変える学校が増えてきたように、社会や学校を取り巻く空気が変われば学校は不思議なくらい変わります。みんなで学校をつくっていくのだという意識のもと、一人ひとりの保護者が、気付いたことや違和感を臆することなく学校へ伝えていく努力をしていただけるとうれしいです。
子どもの貧困、同調圧力……モノの周辺にはさまざまな課題があり、その解決手段の1つになり得ることも事実です。学校を支える地域住民、そして保護者として、子どもを取り巻く環境をよりよく変えていくために、どのような行動ができるのかという認識を、ぜひ持っていただければと思います。知識は認識を変え、行動も変えていきます」

(取材・文 須賀華子=日経xwoman DUAL)
[日経xwoman 2021年8月26日付の掲載記事を基に再構成]
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