多様性への想像力養おう ADB駐日代表・児玉治美
ダイバーシティ進化論

東京2020五輪・パラリンピックが終わった。「多様性と調和」をテーマに人種や国籍、年齢や性別、障害の有無、性的指向・性自認などにかかわらず、個性と力を発揮して互いを認め合い、競い合う素晴らしさを見せてくれた。
国際機関で百数十カ国の人と働いてきた私には、選手たちに過去や現在の同僚の姿が重なる。選手の後ろには各国の政治や経済、文化が見え、難民キャンプやスラムでたくましく生きる人を思い出す。私の双子の息子の一人は自閉症で、親族にはゲイもいる。障害者やLGBT(性的少数者)の選手の活躍を見ると未来に希望が持てる気がする。
主催国の日本は多様性の尊重が進むのか。残念ながら東京の街中で五輪・パラで見た多様性はめったに見られない。国民の7・6%とされる障害者の姿も少ない。海外では重度障害者や生後間もない赤ちゃんを連れた夫婦、介護が必要な高齢者などを日常的に目にしたが、東京ではそのような人の多くは施設や自宅にこもりがちな生活を余儀なくされているのだろう。
東京2020が目指した「誰もが生きやすい社会」の実現には、どんな人も外出しやすい街づくりを加速させる必要がある。解決策を「お上」に任せず、公共の場で子どもが騒いでも、意思の疎通が容易ではない人がいても、思いやりを持って助けの手を差し伸べるなど一人一人の行動を変えていくことも大事だ。
コロナ禍で助かるはずの命が助からず、失業で貧困に陥る人が増えるなど、貧しい国の問題だと思われていたことが日本中で起こっている。今は海外のことなど考える余裕がない人もいるだろう。だがこんな時だからこそ国境を越えて助け合う気持ちを持ちたい。
ジェンダーの問題一つとっても、世界には女性というだけで教育を受けられない、10歳で見知らぬ男性と結婚させられる、婚姻拒否などを理由に父や兄など男性の家族から殺されるといった、言語に絶する扱いを受ける女性がいる。コロナ禍の困窮やロックダウンで状況は深刻化している。
日本の主要メディアの国際報道は米中関係やアフガニスタン、ミャンマーなどが中心で、世界中の状況を知るにはインターネットや欧米メディアに頼るしかない。貪欲に情報を求め、世界の人々への想像力を養いたい。ダイバーシティは多様な人たちと共感し、連帯するところから始まる。

[日本経済新聞朝刊2021年9月20日付]
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