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「お試し転職」じわり広がる 副業が人材流動化に風穴

企業にとって、副業は人材獲得のチャンスか、それとも人材流出のリスクか
日経ビジネス電子版

「会社に愛情を持って仕事していた。転職するなんて思っていなかった」

新卒で大手人材会社に入社した塚本ひかりさんは、愛着があったその会社を退職し、2021年2月にクラウド型顧客ポータルの構築・運営を手掛けるスタートアップ、コミューン(東京・品川)に転職した。

転職のきっかけは副業だった。前職での役割は人事向けシステム開発のプロダクトマネジャー。3年前に人事部門から異動して担当するようになった。ただ、人事部門を離れてから時間がたち、「人事向け製品の仕事をしているのに、人事の現場感覚が分からなくなっていた」(塚本さん)。新型コロナウイルスの感染拡大で在宅勤務になってから考えたのが、往復で2時間弱かかっていた通勤時間を副業に充てることだった。人事の感覚を取り戻せば本業にも役立つとの思いがあった。

副業・転職のマッチングサービス「YOUTRUST(ユートラスト)」に登録したところ、声をかけてきたのがコミューンだった。20年8月に採用・人事職で副業を開始。全てリモートワークで週3~4日、本業の就業時間の前後に1日2時間の業務に当たった。

コミューンの高田優哉最高経営責任者(CEO)は塚本さんの働きぶりを高く評価。「社員になりませんか」と声をかけた。とはいえ、塚本さんにとってコミューンでの仕事はあくまで副業。転職は考えておらず、数回断っていた。

副業を4カ月ほど続けた11月ごろ、高田CEOが会社のほとんど全ての情報を見せながら経営状況や課題についても隠さず説明してきたことで塚本さんに心境の変化が生まれた。「課題がたくさんあるこの会社の役に立ちたいという責任感が湧いてきた」。一緒に働く同僚たちも刺激的だったという。

「副業してそのまま転職するのって、周りからどう思われるのだろう」。そんな漠然とした不安があった。本業の上司や役員からも引き留められた。それでも、急成長する会社だからこそ得られる経験を求めて転職を決意。面接もないまま、コミューンの正社員としての採用が決まった。フルタイムで働き始めた塚本さんは、「組織になじめるかという不安は全くない。いかに業務で力になれるかというところに集中できている」と声を弾ませる。

「副業からの採用はメリットばかり」

コミューンの約20人の社員のうち、半数は副業やフリーランスからの転身という。高田CEOは「副業からの採用はメリットばかり」と語る。

高田CEOが評価するのは次のような点だ。採用時には自社の組織文化に合うかを重視してきたものの、面接だけではなかなか見極めきれないという不安があった。副業で一緒に働いてからであればこうした不安を払拭できる上、今いるメンバーとの相性も確かめられる。また、本人がどれぐらいのスキルを持っているのか、会社がどのぐらいのスキルを求めているのかを互いに把握しやすくなり、納得感を持って採用・就職できる。

塚本さんと同じように「もともと転職活動をしようと思っていたわけではなかった」と話すのは、20年10月に女性向けファッションサービスを手掛けるDROBE(ドローブ、東京・渋谷)に転職したエンジニア職の結城茉奈さん。

6月に副業として関わり始めた結城さんを、同僚エンジニアが「書くコードがきれいだ」と高く評価。「一緒に働きたい」と同僚や代表から真っすぐに思いを伝えてもらったことで転職を決めたという。

「コードを書く能力は面接や会話だけではなかなか伝わらない。副業として働く間に自分のスキルについて擦り合わせができたのは心強かった」と結城さんは振り返る。それに加えて、コロナ禍で在宅勤務が続いており、同僚とはなかなか顔を合わせられない。「いきなり転職して知らない人だらけの環境で働くよりは、リモートワークながら副業で面識ができた同僚との方が働きやすい」と話す。

「転職は副業から」の時代に

「お試し転職」。副業で業務を経験してからの転職はこう呼ばれるようになった。1人を採用することのインパクトが大きい小規模なスタートアップやベンチャー企業を中心に広がりを見せている。

前出の副業・転職マッチングサービスを運営するYOUTRUST(東京・渋谷)が20年9~10月に利用者235人から回答を得た調査では、副業経験があると答えた153人の中で「今の副業先に転職する可能性がある」「すでに副業先の企業に転職した」人は計37.3%に上った。同年11~12月の調査(利用者294人が回答)では、「21年にチャレンジしたい働き方」として回答者の38.4%が「転職を見据えてお試し転職をする」を選んだ。従来のような一般的な「転職をする」と回答した割合(32.7%)を上回った。

岩崎由夏YOUTRUST代表は「新型コロナでリモートワークが拡大した影響は大きい。オフィスに行くことが前提だったこれまでは移動のコストや時間が副業の制約となっていた。労働者と企業の双方にとって、転職につながるような副業をしやすくなった」と語る。転職を前提としたお試し転職がさらに広がっていきそうだ。

副業マッチングサービスを手掛けるアナザーワークス(東京・渋谷)の大林尚朝CEOは「入社した日からすでに社内になじんでいるのは大きなメリット」と指摘する。特に、文化が大きく異なる企業間での転職の追い風になるとみる。「大企業からベンチャーに転職するような場合、働き方の違いに適応できるのか双方が不安を持つことが多い。副業を挟んでからの転職であればリスクを下げられる」(大林CEO)。同社のサービスでは正社員の募集を認めていないが、副業人材を募集する企業の多くが「正社員への採用も見据えて副業人材を募集したい」との意向を持っているという。

長期的な不安で「副業の先」も考える

「お試し転職」専門のマッチングサービスも誕生した。副業マッチングサービスを19年5月から運営するドゥーファ(東京・港)が、転職を前提に副業する「複業転職」と名付けたサービスを20年8月に開始した。「どれくらい活躍してくれるのか確かめてから採用したい」という、中小やベンチャー企業からの声を受けて始めたという。

このサービスでは、最大3カ月間、報酬が発生する副業を実施した上で採用するか、入社するかを双方が見極める。利用者は1~2社の「お試し」で転職をする例が多いという。その一方で、副業したことで現職の良さに気付いて転職活動をやめる人もいる。

21年1月末時点の登録者数は約1400人と、20年11月比で2倍超に増えた。20代後半~30代前半の登録者が中心という。求人する企業数も21年2月は約80件となり、20年12月比で1.6倍に伸びている。

同社の岡本葵社長は「経済的不安と在宅勤務の拡大で副業に挑戦する人が増えたのが20年だった。新型コロナの感染拡大の第3波によって、自社の業績などに長期的な不安を持つ人たちが副業にとどまらず転職を考えるようになった」と21年に入ってからの変化を語る。

転職で起こり得るミスマッチを減らし、人材の流動化につながりそうなお試し転職。一方で、人材の流出を恐れる企業にとっては副業の解禁がリスクに見えてくる。アナザーワークスの大林CEOは「副業であれば、本来やりたかったけれどもやれなかったことを低いリスクで挑戦できる。得た経験を本業にも生かせる」とした上で、「副業を解禁する企業は、副業をしている人をしっかり把握し、副業先で得たスキルも含めて人事評価に反映するなど、社員を手放さない工夫も必要になってくるだろう」と語る。

副業を人材獲得のチャンスと捉えるか、人材流出のリスクと見るか。そもそも自社で働くことの価値をどう高めていくか。各社の副業との付き合い方が、将来の人材獲得競争に大きく影響しそうだ。

(日経ビジネス 定方美緒)

[日経ビジネス電子版 2021年2月12日の記事を再構成]

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