AGC若手有志、ガラス×スポーツに挑む 交渉力も磨く

企業や業界に有志で集まって切磋琢磨(せっさたくま)している若手の「チーム」がいくつもある。そんなチームを取材して、今の働く20~30代が何を学び、どんな「冒険」や「挑戦」をしようとしているのかを探る。
今回取り上げるのは、AGCの有志団体「AGseed」。メンバーの北野悠基さん(広報・IR部、32歳)、青木沙緒里さん(電子カンパニー 企画管理室 HRグループ、30歳)、冨依勇佑さん(化学品カンパニー 開発部、32歳)に活動の内容と魅力を聞いた。
若手が「生き生きした会社」の種まきをする存在
「自分が若かった頃は、若手社員がもっと生き生き働いている会社だった。生き生きした若手に将来の会社を支える人財になってほしい」――AGseedが始まったきっかけは、社長の島村琢哉氏(現AGC会長)のこの言葉だった。危機感を抱いた島村氏は、若手のモチベーションをどう上げるかが課題だと考え、2015年、島村氏の声がけをきっかけに、若手主催で経営層と若手の交流イベント(TOPコミュニケーション)が開催された。
イベントでは会社の未来についての話し合いなどが行われた。「新鮮かつ刺激的で、若手社員たちの間でも、1回きりで終わらせるのはもったいないという思いが生まれたんです」と北野悠基さんは当時を振り返る。そして「せっかくこの機会で若手同士の横のつながりもできたのだから、有志団体を作って、会社を若手から変えていこう」と考える人が結集し、2015年末、「AGseed」が設立された。
「団体名の由来は、我々若手が自ら種まきをする存在だということから来ています。『未来への種』『風土を変えていく種』『斬新なアイデアの種』の3つの種を生み、育てる場にしようという思いがあり、AGseedという名前になりました」と青木沙緒里さんは言う。
AGseedには統一された目標はない。しかし、活動の軸として「会社を良くしたい」「みんなが生き生きと働ける会社に若手から変えていきたい」という思いがあるという。明確な目標を掲げないことにむしろ良さを感じているそうだ。なぜなら、目標を据えることで仕事っぽさが出てしまうからだ。目標を掲げると、その目標に向かってKPI(重要業績評価指標)を設定するという流れになりがちだ。それよりは、気軽にチャレンジできる場で自己成長し、それを会社の成長につなげていくほうがいいと考えている。
「気軽さ」「ゆるさ」を重視している団体に見えるが、予算面はどうなっているのだろうか。
「会社から予算は1円も出ていません。発足時に団体を引っ張っていたメンバーが『予算をつけられたら会社に縛られる気がして嫌だ!』と言ったんです。島村は、そのように言われてうれしかったみたいです。『それなら、我々は応援するだけだよ』と若手の意見を尊重してくれました。正直に言うと、予算が欲しいときは結構あるんですけどね(笑)」と北野さん。

「実際に物を作りたいというときには、どうしても開発費がかかってしまいます。そういうときにどうやって必要な費用を入手するのかというと、自分の上司の元へ行き、活動の内容を説明し、予算を充ててほしいと依頼します。個人的には、AGseedに予算があったほうがもっと大きなチャレンジができたのではないかと思います。ですが、部署から予算や時間を割り当ててもらう過程で、交渉スキルやマネジメントスキルは磨かれたと思います」と冨依勇佑さんは話す。
AGseedに参加したのは「楽しかったから」
AGseed発足当初から参加しており、現在の運営メンバーでもある3人。どんな思いで参加しているのかを聞いてみると、三者三様だった。
入社9年目の北野さんはこう話す。
「私は、発足当時、今いる広報・IR部ではなく研究開発の部署にいました。毎日、目の前にある仕事に忙殺されていたところ、TOPコミュニケーションに勧誘されたんです。あの頃は視野が狭く、自分が仕事を通して本当にやりたいことは何かを考えていて、より楽しく働くためのきっかけを探していました。
イベントに参加してみると、結構楽しかったんですよね。会社を活性化させるために、我々若手が何かできるのではないかと可能性を感じました。そして、会社をもっと良くしていきたいという思いでAGseedに参加して、運営側としても積極的に活動するようになりました。さらに、会社を変えるためには、団体の域を超えて広報・IR部に行くのがベストだと気づき、異動希望を出して広報・IR部に異動し、今に至ります」
同じく入社9年目の青木さんは、AGseedに参加した理由を2つ話す。
「1つ目は人事として会社の組織・風土づくりをより良い方向に推進していくサポーターでありたいと考えていたから。AGseed参加当時は、工場の人事担当で、ちょうど風土改革を手掛けていたタイミングでした。進め方について悩みを抱えていたこともあり、実践をする場でもある有志の団体活動であれば自分の業務にも生きることがあるのではないかと思い、参加しました。
2つ目は、活発に活動するのが好きだから。学生時代から積極的にいろいろな活動をして、外に出てつながりを広げるのが好きなんですよね。郊外にある工場は他の部署や活動との接点を持ちにくいと感じていたので参加しました。社内外の人と知り合えたり、情報交換することができたりするので、入ってよかったと思います。また、ここでの経験が本業で参考になることもたくさんあります」
入社8年目の冨依さんはこう言う。
「現在、私は研究開発の部署にいます。新しい物を作ったり、未知の現象を発見したり、アイデアから創り出すことが面白いと思っていて、AGseedでいろいろと活動をしていました。その中で特に思い出深い活動の1つが北野とともに今でも活動を続けている『ガラスのスポーツ』(活動の詳細は後述)です。今日までAGseedで活発的に参加しているのは、実際に活動をしてみて新しいことに挑戦する機会が多く、楽しかったからであり、またこのような活動を通して仲間が増えていくところが魅力だと思っています」

もっと楽しくAGCの技術や魅力を伝えたい
現在、AGseedのメーリングリストに登録している社員の数は300人超。コロナ禍で活動がほぼオンラインに移っているためか、ここ1~2年で参加者が急増したという。また、人事部や技術本部といったスタッフ部門と研究開発部門の社員が中心に活動するが、最近では製造部門の社員も増えている。参加者の年次は幅広く、男女比率は全体社員と同様の8対2で、活動内容はさまざまだ。
「もともと島村は、部署や規模、内容を問わずに機動性を持って積極的に若手の活動を推奨していたので、1つの団体として『これをやろう』というより、あちこちで若手社員が集まって活動を始めるというケースが多いです。中には、人事・総務部中心で集まって活動をしているチームもあれば、全社で組織風土を改善するための対話を企画するチーム、各工場にもさまざまな有志活動があります。チームのメンバーが重複していたりもするので、誰が何に参加しているのかが分からない状態になっています(笑)。でも、逆に社内全体に広がっていることなのでいいことだと捉えていますよ。会社が若手を含めていろいろな人のチャレンジを応援する姿勢を示してくれているので心強いです」(北野さん)
この活動は、AGCの魅力や技術を従来型の展示だけでなく楽しく発信できないかと若手社員の間で議論したときに生まれたものだ。たまたまスポーツ好きのメンバーがそろっており、「ガラス×スポーツでアプローチしてみよう!」という発想に発展した。
例えばAGCにはプロジェクターによる映像投映ができる特殊ガラス「グラシーン」がある。みんなで知恵を出し合い、スポーツ弱者をなくすことを目標とする一般社団法人「世界ゆるスポーツ協会」と特殊なガラスを活用した「○×ゲーム」を共同開発するに至った。
子どもたちに○×ゲームを試してもらったときのことを「ガラス上でゲームができることに『うわー、すごーい!』と楽しんで遊んでくれていました。開発者冥利に尽きます」と冨依さんはうれしそうに話す。

他にも、日本ブラインドサッカー協会と一緒にブラインドサッカー用の競技設備向けフェンスを開発したプロジェクトもある。
「日本ブラインドサッカー協会の人たちと話す中で、さまざまな課題が見つかりました。例えば選手は目が不自由なため、プレーを円滑に行えるようコートを囲うフェンスが必要です。フェンスは激しいプレーで耐久性が求められるものの、観客からもプレーが見やすい透明な素材は存在しませんでした。
そういう課題に対してフェンスの『強度』『透明性』『耐候性』という観点からアプローチできないかと思いました。プロジェクトが本格化すると、AGCの若手社員と現場に行き、ヒアリングしながら共同開発を進めました。2018年に合成樹脂のポリカーボネートで作った透明フェンスが完成し、公式試合に導入されています。これはAGCのCSRにも貢献できたプロジェクトになったと思います」と冨依さんは言う。

理解が得られず苦労することも
AGseedが今、最も力を入れているのは風土改革だ。年に1回、経営層とコミュケーションするイベント「TOPコミュニケーション」があるが、それだけだと変わらないと北野さんは感じた。2019年、さらに踏み込んで経営層と若手が力を合わせて会社を良くしていきたいという思いから、鎌倉でTOP(経営層)と50人ほどの社員の夏合宿を企画。会社の各部門・職種から幅広いメンバーを集め、合宿では、2030年のAGCがどうありたいかを経営層とともに議論した。

これまで多くの活動をしてきたAGseedだが、団体に所属しない社員に、団体の意義について伝える難しさを感じているという。しかし、「会社を本気で良くしたい」ということをしっかり話せば分かってもらえることが多く、くじけず「伝える」ことを大切にしている。実際に、今は若手だけではなく、中堅層による支援も増え、徐々に活動の幅が広がっていると感じているそうだ。
「AGseedは、若手だけで成り立っていません。活動を応援やフォローしてくれる中堅層や経営層ありきの団体なんです。若手が活動していることを知ってくれた上で『いいよ、やったらいいじゃん』と企画を通してくれたり、見守ってくれたり、応援してくれたりする中堅層や経営層が一定数以上います」(北野さん)
今後はサポート側としてさらに若い社員を応援したい
団体の今後の展望として、3人は共通の思いを持つ。それは「次の世代に引き継ぐ」こと。
「AGseed内でいろいろな活動をしているメンバーで集まって、今後の有志活動のあり方を定期的に議論しているんですね。これまでは若手中心でやっていた活動なのですが、実際に社内を変えようとすると、若手だけではなく、いろいろな人の助けが必要になってくると気づきました。そういう人の力をどう借りるか、どう巻き込んでいくのかを今後考えていかなければいけません。
一方で、若手社員の中には目上の人がいると萎縮してしまう人もいます。ですから、心理的安全性をうまく保ちつつ、組織形態をどう整えていくかを議論しているところです。今後は、さまざまな役割や立場の人から新しい活動が生まれるプラットフォームになればいいのかなと思います。それをより若い社員に引き継いでもらい、彼らが活動しやすいように、支援していけたらと思います」(青木さん)
今後団体を引っ張ることになる若手を、それぞれができることからしっかりサポートしていきたいと3人は意気込んでいる。
(取材・文 福井麻乃=日経xwoman、写真 窪徳健作)
[日経xwoman 2021年9月8日付の掲載記事を基に再構成]
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