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商船三井、石油流出事故は「SDGs謝罪」の号砲か

モーリシャス沖で座礁した長鋪汽船の「WAKASHIO」=ロイター
日経ビジネス電子版

新型コロナウイルスの感染拡大で、企業も個人も「世間」との距離感にかつてないほど神経をとがらすようになった。感染防止対策を怠ると、「自粛警察」に糾弾され、「謝罪」に追い込まれるケースも少なくない。コロナ禍は「謝罪の流儀」をどう変えたのか。

今回は、謝罪の新しい潮流について考えてみたい。題材にするのは、今年7月に起きた貨物船「WAKASHIO(わかしお)」の事故だ。「法的責任はない」と認識している商船三井は、なぜ謝罪したのか。

◇   ◇   ◇

「新型コロナでただでさえ国外からの観光客がいなくなっているのに、国内からも来なくなった。二重苦だ」

人口約126万人、面積はほぼ東京都と同じ島国のモーリシャスで、ホテル経営者やエコツーリズム業者らは、こう口をそろえる。

インド洋のモーリシャス沖で7月25日(現地時間)、長鋪汽船(岡山県笠岡市)所有のばら積み船「WAKASHIO(わかしお)」の座礁事故が発生。8月6日に燃料油が流出し始め、約1000トンが海に流れた。モーリシャスの海岸線約30kmに漂着したとされ、多くの海水浴場が閉鎖され、漁も禁止された。

事故現場は湿地の保全を定めるラムサール条約に登録された国立公園にも近い。マングローブやサンゴ礁など生態系への影響が懸念されているほか、そうした自然に魅了されて世界中から人が訪れる観光産業への影響も不安視される。観光業や水産業は同国の基幹産業なだけに、流出した燃料油の与える影響への懸念は強い。

8月下旬には事故を巡って、モーリシャス政府の対応の遅さが被害を拡大したと批判する大規模デモが起きた。市民らは首相や関係閣僚の辞任を求めた。

こうした中、長鋪汽船という一企業の対応を超えて、日本では国を挙げての支援体制が敷かれている。茂木敏充外相は9月上旬、モーリシャスの首相に環境の回復だけでなく、経済・社会分野でも協力することを伝えた。国際協力機構(JICA)は3度の国際緊急援助隊の派遣に続いて、10月下旬から調査団を派遣。現地住民への聞き取りやマングローブ、サンゴ礁への影響を調べている。

12月上旬の状況について、現地で活動する阪口法明・JICA国際協力専門員は「大規模にサンゴ礁が死滅したり、マングローブ林が枯れたりという状況は見られていない。ただ、サンゴ礁には今も堆積物が蓄積しており、油の漂着が見られたマングローブ林も根や土壌表面の洗浄をまさに続けているところ。引き続きモニタリングが必要だ」と語り、注意を継続する必要性を強調する。

12月には茂木外相がモーリシャスを訪問。日本だけでなく、フランス政府もモーリシャスに専門家を派遣するなどの支援に当たる。

当然、これほどの規模の事故ともなると、加害者は謝罪会見を開くことになる。

WAKASHIOを所有する長鋪汽船は、8月8日にリリースを出し事故が起きた事実を伝え、同9日に記者会見を実施。長鋪慶明社長は「多大なご迷惑とご心配をおかけし、心より深くおわび申し上げる」と陳謝し、油の流出防止や漂着した油の回収に取り組む計画を語った。

ただ、この謝罪会見は、危機管理コンサルタントなど「謝罪のプロ」たちが注目するところとなった。長鋪汽船だけではなく、もう1社、登壇した会社があったからだ。商船三井である。

モーリシャス沖で座礁した貨物船について記者会見で陳謝する(右から)長鋪汽船の長鋪慶明社長、商船三井の小野晃彦副社長、加藤雅徳常務執行役員(9日、東京都港区)

「これは、新しい会見の流れになるのかもしれない」

ある危機管理コンサルタントは、この会見を見てこう口にした。

商船三井は、長鋪汽船から船を借り、荷物を付けて輸送する指令を出す「定期用船者」に当たる。船を所有し、乗組員を乗船させて運航するのは船主である長鋪汽船。一般的に、船舶事故の場合は船主が責任を負い、事故への賠償責任の費用をカバーするP&I保険(船主責任保険)は船主が加入している。

法的責任を一義的に負うのは長鋪汽船。だが、謝罪会見の開催場所は東京・港区の商船三井本社の会議室。「まるで、商船三井が謝罪会見を開いているかのようだった」(ある危機管理コンサルタント)。

そして、長鋪汽船の社長と共に登壇した商船三井の小野晃彦副社長は、こう謝罪の意を示したのである。

「モーリシャスをはじめ、関係者にご迷惑をお掛けしていることを誠に深くおわび申し上げる」

商船三井に「法的責任」はあるのか

ここで注意が必要なのは、商船三井が自らに事故の法的責任があると考えて謝罪したわけではないことだ。9月11日、商船三井は改めて会見を開き、商船三井の池田潤一郎社長は、「法的責任は一義的には船主が負うべきものと考えている」と明言している。

それでも、謝罪の意を表明するだけではなく、商船三井は主体的に被害を受けているモーリシャスに対する支援策を矢継ぎ早に打ち出した。

「モーリシャス自然環境回復基金」(仮称)設置などの10億円規模の拠出の計画を公表。資金だけでなく、これまでに社員延べ約20人を現地に派遣している。10月にはモーリシャス現地事務所を設立し、環境保護活動を行うNGO(非政府組織)との連携にも乗り出している。スタートアップのイノカ(東京・港)とも提携し、新技術による原油除去の可能性を探るなど、その支援範囲は幅広い。

池田社長は手厚い支援を実施する背景について、「今回の事故はモーリシャスの自然環境、人々の生活に大きな影響を与えるもの。用船者である我々が社会的責任を背負うことは当然であり、前面に立って対応しなければならない」「法的責任だけで整理できるものではない」(池田社長)と説明する。

もっとも、商船三井にも法的責任があるかどうかは、必ずしも明確ではないという見方もある。『船舶油濁損害賠償・補償責任の構造―海洋汚染防止法との連関―』(成文堂)の著者である信州大学の小林寛教授(環境法)は「商船三井が法的責任を負う可能性は低い」と指摘するが、「そもそも燃料油による汚染損害との関係では、定期用船者の法的責任は、これまであまり議論されてこなかった」(小林教授)と話す。要するに、「グレーゾーン」にあるわけだ。

オイルタンカーの事故では船主に責任があることが明確になっている。一方、WAKASHIOのような貨物船については、バンカー(燃料油)条約が「船舶所有者(所有者、裸用船者、管理人、運航者)は、船舶から流出した燃料油による汚染損害について責任を負う」と規定されている。定期用船者である商船三井の場合、「運航者」に当たるかどうか議論の余地があるというのである。

増加するESG投資、無視できない環境

だが、今回の対応が注目されるのは、池田社長が語ったように、法的責任がなくとも「社会的責任」から謝罪し、行動しているという点だ。小林教授は、「商船三井の対応は(法的責任の所在より)SDGsを意識しているのだろう」とみる。

「SDGs(持続可能な開発目標)」は、言わずと知れた2015年に国連で採択された、国際社会における行動の指針だ。貧困撲滅や気候変動対策など17のゴールからなり、その14番目に海の生態系を守ることが掲げられている。

SDGsは民間企業の参加を促しており、商船三井も経営計画と連動した「サステナビリティ課題」として、SDGsの17の目標と対照させながら海洋・地球環境の保全などに向けた取り組みを表明している。

SDGsの世界的なうねりは、機関投資家による「ESG投資」も加速している。環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3要素で構成するESG投資は、2006年に国連が責任投資原則(PRI)を公表したことをきっかけに拡大が加速。PRIに署名した金融機関の保有資産残高は2010年の21兆ドルから19年には86兆3000億ドルまで増加している。

『企業と社会―サステナビリティ時代の経営学―』(中央経済社)などの著書を持ち、企業の社会的責任に関する研究をする早稲田大学の谷本寛治教授は「企業に期待される役割は時代とともに変化する。地球環境問題についての世界的な世論の関心の高まりに加え、特にこの10年間はESG投資が増えた。上場企業として、この流れは無視できない」と語る。

日興リサーチセンター社会システム研究所の寺山恵所長もESG投資の流れから「上場企業である商船三井は、投資家から、事故に至った背景や今後のリスク管理だけでなく、今回の事故での社会的責任が問われるのはよく分かっているはず」とし、基金設置などの「商船三井の対応は時節にかなっている。逆に企業がESGについてどう考えているのか見せる良い機会にもなる」と話す。

国際的な環境NGOからの監視の目も厳しい。グリーンピースは8月、「現地住民と積極的に話し合い、誠意をもって解決策を探ることを求めます」などといった公開状を長鋪汽船と商船三井に送付。両社は期限までに「このようなご意見があることも踏まえ、今後本件のような事態が二度と発生しないよう取り組んでまいります」などと社長名の文書で回答している。

「ESG」の原点も原油流出事故による海洋汚染だった

被害を直接的に与えたモーリシャスの国民にとどまらず、今回の事故の利害関係者は多岐にわたる。SDGs時代には、ひとたび大規模な事故や不祥事を起こせば、影響を受ける未来の世代も含めて、謝罪の相手は直接的な被害者だけでは済まされない。

その点で、商船三井と長鋪汽船の対応は及第点と言えそうだ。早稲田大学の谷本教授は「新型コロナの影響で、航空機に乗ってすぐに現地に向かうことが難しいといった制約があった中、特に8月はリリースを頻繁に更新して情報を出そうとする努力の姿勢が見えた」と評する。

ただし、「少なくとも事故前の状態に近づけるところまで、支援を続けることが必要。資金面の支援だけでなく、定期的にどのような活動をしたのか、その効果について開示していくことが今後の課題だ」(谷本教授)と語る。

そもそも、こうした「社会的責任」を重視する世界的な潮流を遡ると、日興リサーチセンター社会システム研究所の寺山所長は「企業のESGへの関心が高まった契機は船舶の座礁事故だった」と解説する。

1989年に米エクソン社のタンカー「バルディーズ号」がアラスカ沖で座礁。大量の原油流出による生態系の破壊は、投資家やNGOからの企業の環境責任を求める声につながった。

「商船三井も含め、グローバルを舞台にする物流船は特にESGへの意識が高いはずだ」との見方をする。

それだけに、今回の商船三井の対応は、SDGs時代の謝罪の流儀として、1つのモデルケースになる可能性がある。

商船三井が連携を表明しているモーリシャスの環境NGO「エコモード・ソサエティー」の代表で、モーリシャス大学の海洋学教授でもあるナディーム・ナズラリ氏は「生態系が壊れ、海岸に行くたびに悲しくなり、涙が出そうになる。漁業ができなくなり貧しい人の生活を直撃している」と窮状を訴える。「商船三井が私たちを助けようとしているのは理解している。ただ、サンゴの保全活動のために早く資金の支援がほしい」と語る。

商船三井は本誌の取材に対し、今回のような対応理由や経緯について「会見で説明した通りで、それ以上の回答は差し控える」とコメントし、明らかにしていない。黙して行動で謝意を示すということなのだろう。多様なステークホルダーが心から許すかどうかは、謝罪の言葉以上に実行力にかかっている。

商船三井は12月11日、社長交代を発表した。21年4月1日付で池田社長は代表権のある会長に就き、新たに橋本剛副社長が社長に昇格する。今後、商船三井は経営体制が変わることになるが、長鋪汽船とともに、事故によって破壊された環境を回復させる長期的な取り組みが求められることになる。

(日経ビジネス 定方美緒)

[日経ビジネス電子版2020年12月14日の記事を再構成]

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