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商社社員の叫び「ベンチャーより自分たちに投資して」

井上大輔氏(左)と清水剛志氏は伊藤忠商事から出向し、ビロングを経営している
日経ビジネス電子版

海外から仕入れた中古スマートフォンをオンラインで販売するビロング(東京・渋谷)は、伊藤忠商事が2019年2月に設立した社内スタートアップだ。

「ベンチャーに投資するなら、自分たちに投資してほしい」。発案者の1人で最高経営責任者(CEO)の井上大輔氏(33)は鼻息が荒い。最高執行責任者(COO)を務める清水剛志氏(34)と共に、米国駐在時にビジネスモデルを着想を得た。

両氏は入社当時から「いずれ起業して経営者になる」という考えを持っていた。そんな2人がなぜ独立した「一国一城のあるじ」を目指さずに、伊藤忠からの「出向経営者」を選んだのだろうか。

伊藤忠を「使い倒す」

14年、2人が米国に駐在していたとき、米国市場で中古スマホ流通のスタートアップが急激に成長する様子を見て、「日本にも必ず波が来る」と感じた。試しにウェブサイトを作ってみたが、当時は時期尚早といったん引っ込めた。

しかし、好機はまもなくやってきた。これまで急激に進化してきたスマホの成長速度が鈍り、日本政府が携帯電話の通信料金の値下げを訴えるようになって、端末販売と通信契約の分離が進んだ。メルカリが中古市場を広げた影響もあり、井上氏らは日本に帰任した18年末、社内で事業化を提案した。

総合商社の祖業はトレードとはいえ、主戦場はB2B(企業間取引)だ。少額品を扱うB2C(消費者向け)の流通サービスは、独立した企業体に裁量を与えた方がスピード感が出ると会社設立が承認された。

ビロングの特徴の一つは、販売する中古スマホを海外から仕入れていることだ。中古販売事業を円滑に運営するには、仕入れが非常に重要となる。機会損失を生まないため、同社は伊藤忠の海外駐在員の情報網を生かして、香港やドバイなど中古スマホの巨大市場からスムーズに商品を仕入れている。

成功のもう一つの鍵は品質。ビロングが立ち上げた中古スマホの検品センターに採用した先端技術でも、海外駐在員の情報網を活用した。さらに伊藤忠のグループ会社のコールセンターで販売後の顧客対応も行うことで、中古商品に抱きがちな漠然とした不安を解消している。

そのほか、グループの経理サポート会社や弁護士事務所の紹介など「創業初期の企業にとって非常に貴重」(清水氏)な側面支援を受けている。

米国では中古スマホの流通割合は15%程度といわれており、いまだ数%にとどまる日本には成長余地が十分にあるとみている。スマホの買い取りや中古スマホのサブスクリプションサービスに範囲を広げ、事業成長を狙っている。

親会社も「投資家」

資金集めや人材採用など「本業」以外にも奔走する独立系スタートアップに比べて恵まれた環境に見えるが、スタートアップだからといって、社内で「げた」をはかせてもらえているわけではない。ほかのグループ会社と同レベルの監査を受けることが義務付けられ、井上氏は「毎週のように親会社に事業の進捗を説明している。社内スタートアップだからといって『投資家』への説明責任がなくなるわけではない」と話す。

ただ、納得を得られれば親会社が心強い後ろ盾となってくれるのが、大企業スタートアップの利点といえる。設立当初の資本金は1億円。創業初期としては十分に潤沢だが、起業から1年後の20年1月には、伊藤忠から8億円の追加出資を引き出し、9億円に増資した。井上氏は「お金の心配をせずに事業に集中できる」と話す。

総合商社は、トレーディングから事業投資に大きく経営モデルの転換を進めている。黎明(れいめい)期は、鉄鉱石や化学品、食料品、繊維など多様な商品群を、国境を越えて動かし、もうけてきた。さらに商流に沿って事業買収や企業への出資を進め、利益を最大化する方針をとった。

しかし、商品群に対する強みは組織の「縦割り」の深刻化を招き、発想が固定化。事業規模が大きい資源市況に全体の業績が左右されるようになった。 踊り場から脱出し、新たな成長領域を見いだすには、構想力と経営力を備えた個々の社員が、既存事業にとらわれないビジネスを生み出す必要性が高まっている。

伊藤忠商事情報・金融カンパニー経営企画部の荒巻裕史氏は、「今の若手社員は経営者として裁量を与えた方がモチベーションが高まる。事業会社で経験を積むのは商社では一般的だが、ゼロから立ち上げた経験は貴重。同じ1億円でも、投資と自ら会社をつくるのでは経験値が全然違う」と話す。

先輩に「ぼろかすにやられた」

ただ、自由奔放に若手社員を「放し飼い」にしていればイノベーションが起きるというわけではない。経営者教育と挑戦しやすい環境はセットでなければ意味がない。実際、井上氏は「入社3年後に起業しよう」と考えていたが、伊藤忠の先輩社員らに「ぼろかすにやられて今の自分では無理だ」と気付き、スキルを鍛えようと方針転換したという。

伊藤忠では若手社員の基礎的な経営力を鍛えるメニューを充実させている。入社1~4年目に経理財務の基礎を学ばせ、海外に派遣。5~8年目に演習を通じた決算処理や予算と実績の管理など応用編を集中的に学ぶ。

清水氏は「中古流通では運転資金の管理が非常に重要になるが、起業初日から今の資金状態だと何カ月で資金ショートするか、監査を受けるには何が必要か、頭に入っていた」と振り返る。

30代社員に経営経験を積ませようという動きは商社業界のトレンドになりつつある。三菱商事は19年に人事制度を改定し、30代でもグループ会社の社長に抜てきできるようにした。20年12月1日時点で、関連会社の社長や取締役に就いている若手社員(40歳以下)は57人に上る。三井物産も21年春に、30代から関連会社の社長に就けるようにする方針だ。

こうした動きの根底には、「経営者としてのスキルは、経営を経験しなければ身につかない」(商社幹部)との考えがある。業務効率化が進み、少ない人材で大きなプロジェクトを回していると、どうしても若手社員は歯車になりがちだ。大手企業向けに新事業の育成支援を手掛けている企業の幹部は、「一時期、若手商社社員の退職が増えて話題になった。入社前の『経営ができる』との期待とギャップがあったのだろう」と話す。

リスクを取ってでも若手を社長に取り立てることが、将来の利益になる。むしろ受け皿を作らなければ、有為な人材を取りこぼすことになりかねない。鼻息が荒い若手が走り回れる場を与える度量があるか。それが問われている。

(日経ビジネス 鷲尾龍一)

[日経ビジネス電子版2021年1月8日の記事を再構成]

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