静岡・藤枝の青島酒造 醸造法2種類を使い分け

静岡県藤枝市は大井川水系などの豊かな水と米作りに適した肥沃な土壌に恵まれ、江戸時代から酒造りが盛んだ。現在は「初亀」の初亀醸造、「杉錦」の杉井酒造、「志太泉」の志太泉酒造、「喜久酔(きくよい)」の青島酒造の4酒蔵が操業し、味を競い合っている。
江戸時代中期創業という青島酒造の喜久酔の特徴は、爽やかなうま味と軽快なのど越し。米を磨き上げた吟醸酒についても、女性や海外消費者をターゲットに香りを強調した製品が増える中、独自の酒造方法で穏やかな吟醸香にとどめている。毎日飲んでも飽きないと全国にファンが多い。
7月のある日、青島酒造の本社から車で数分の田んぼで、田植え後の草取りに励む青島孝社長の姿があった。地元農家とともに育てているのは有機栽培の山田錦「松下米」。青島社長は杜氏(とうじ)を兼ね、米作りにも取り組む「三刀流」だ。
喜久酔の評価は、青島社長が約20年の奮闘の末、生み出したものだ。東京の大学を卒業後に米国に渡り、ウォール街でのファンドマネジャーなど金融関係の仕事をした。1996年に家業を継ぐため帰国。杜氏になろうと、県工業技術試験場職員で県独自の「静岡酵母」開発者の故河村伝兵衛さんに弟子入りし、酒造りの腕を磨いた。
青島社長は「水、米、酵母、技、ヒトの5要素にこだわり、地域に根ざした醸造を心がけている」と話す。仕込み水は南アルプス伏流水を使用し、地表から約60メートルの深さの地下水からくみ上げる。米は有機栽培の松下米を含む藤枝産の山田錦だけを用いる。

酵母と醸造法も独特だ。酵母は静岡酵母の2種類だけを使用。醸造法は吟醸酒については河村氏直伝の「伝兵衛流」、それ以外は「志太流」と使い分ける。志太流はかつて地元の志太地域(藤枝市、焼津市など)で酒造りを担っていた「志太杜氏」の技を受け継いだもので、現在では青島酒造だけが伝承する。「温暖な静岡の気候に合い、安定した品質の酒造りに役立つ」(青島社長)
酒造りはかつて社外から招いた杜氏に任せていたが、2004年からは自らが担う。醸造の季節は酒蔵に泊まり込み、2~3時間の睡眠で酒造りにあたる。ストイックなところは今も変わらない。
年間生産量は約750石(一升瓶で約7万5000本)に抑え、県内外に約120軒ある特約小売店を通して販売する。そのため、地元でもなかなか手に入らないのが人気の理由の一つだ。
青島社長は「米をすべて手洗いしており、1000石を超えると酒造りに目が届かなくなる」と説明。利益を増やすため経営規模を拡大する酒蔵もある中、「酒造りは本来、工業化になじまない。当社の味を気に入った販売店と消費者を相手に、継続できる経営を続けていきたい」(同)と強調する。
時流に流されず、「この土地でしかできないこと」にこだわる青島酒造の取り組みからは目を離せない。
(静岡支局長 西村正巳)

[日本経済新聞電子版 2022年9月8日付]
関連リンク
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。