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JR西日本、「崖っぷち」銚子電鉄に技術を売り込む

日経ビジネス電子版
JR西日本が開発した運行情報表示ディスプレーが、営業エリアから遠く離れた銚子電気鉄道(千葉県銚子市)で稼働を始めた。鉄道事業の先行きに厳しさが増すなか、同業他社や異業種への技術外販に活路を見いだそうとしている。

「当社は常に『崖っぷち』。車両も設備も非常に古くて、年に何回かは輸送障害が起きてしまいます」。2月末、銚子電鉄の社長、竹本勝紀氏はおはこの「崖っぷちトーク」で挨拶を始めた。

全長6.4キロメートルの弱小地方鉄道である同社は2006年、ホームページに「電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです。」と社員が書き込んだことで一躍有名になった。窮状を知った人々が、銚子電鉄が副業で製造・販売しているぬれ煎餅を購入してくれたことで修理代を確保。その後は「経営状況がまずい」ことに引っかけたスナック菓子「まずい棒」、自主製作映画「電車を止めるな!」など自虐ネタで話題を集め、なんとか生き延びている。それでも1月末、製造から60年近くたった老朽車両が故障。1週間減便を余儀なくされるなど綱渡りの経営が続いている。

「そんな当社には不釣り合いな、最新技術が導入できることになりました」。そう言って竹本氏が披露したのが、運行情報を表示する液晶ディスプレーだ。機器には銚子電鉄のロゴとともに、JR西日本のロゴが入っている。どういうことか。

竹本氏の挨拶を横で見守っていたのが、大阪からわざわざ駆けつけたJR西の井上正文氏だ。オープンイノベーション室担当課長兼技術収益化・知財戦略課長という長い肩書を持つ。

JR西にオープンイノベーション室が設置されたのは18年のこと。旧国鉄時代からの自前主義を改め、自分たちに不足しているノウハウを外部から取り込む狙いからだった。しかし新型コロナウイルス禍で旅客収入が激減し、新たな任務が加わった。社内で使うために開発してきた技術を外部へも積極的に売り込むことにしたのだ。「旅客収入以外を増やすことが、経営を安定化させる第一歩になる」(井上氏)からだ。

手始めに取り組んだのが、技術が似通う同業他社への売り込みだ。といっても、すべての鉄道事業者につてがあるわけではない。「中小の鉄道事業者は90社。ウェブサイトなどで代表番号を調べ、電話をかけていった」と井上氏は話す。銚子電鉄はその1社だった。

「何か困っていることはありませんか」。そんな井上氏の問いに対し、銚子電鉄から寄せられたのが、車両の故障や災害などでダイヤが乱れたときに効率的に情報を告知するすべがない、という悩みだった。大半が無人駅のため、状況が変わるたびに社員が車で各駅へ出向き、告知を張り替える手間がかかっていたのだ。

これに対し、井上氏はJR西管内の481駅で約600台稼働している簡易情報提供端末「Scomm.」が使えるのではないかと提案した。市販の通信モジュールやディスプレーを組み合わせ、携帯電話回線を通じて情報を更新できる。都市部の駅で普及している運行状況表示の専用ディスプレーと比較すると「導入や運用のコストは非常に低く抑えられる」(井上氏)。鉄道業界向けでは銚子電鉄が初の外販事例となった。

このように、JR西は低コストで利用できるソリューションを多数開発している。背景にあるのが、JR東海JR東日本と比べて収益性が低いことだ。日本を代表する鉄道会社だが、中国地方や北陸地方で不採算ローカル線を多く抱える。その点では、中小の鉄道事業者と置かれた立場は共通している。ここが結果的に強みになると井上氏は考えている。

とはいえ、「中小鉄道事業者との対話で、新たに気づかされることも多い」(井上氏)。

近年、働き手不足で線路の保守・点検の効率化が業界全体の課題になっている。これまでは数日置きに係員が徒歩で巡回点検を行ってきたが、これを日々走行している営業列車で置き換えられないか、各社で取り組みが活発化している。

例えばJR東は、通常の車両に線路の状態を計測するセンサーを新たに搭載している。しかしJR西はコストを抑えるべく、車両にすでに搭載されている加速度センサーを活用できないか検討を進めた。ただしこれは脱線の検知など安全性向上のために取り付けられたもので、本来、線路の状態を測るためのものではない。そこで社内のデータサイエンティストが保線のビッグデータと付き合わせて解析し、線路の異常を感知できるようなアルゴリズムを開発した。

今までにない低コストなソリューションができた――。井上氏はそう考えて他社に売り込みを始めたが、芳しくない反応が返ってきてしまった。中小の鉄道事業者では古い車両を使っており、そもそもセンサー自体付いていないというのだ。

そこで井上氏はスマートフォンを使うことを思いついた。加速度センサーが入っているだけでなく、内蔵されている全地球測位システム(GPS)で位置情報も記録できる。さらにカメラも付いているので、電柱や雑草など、線路の周囲の状況も確認可能だ。

それらを記録する「簡易版設備管理ツール」アプリをつくり、他社で実証実験を始めている。「車両に設置しているセンサーと比べても精度に大きな違いはなく、十分使えることが分かった」(井上氏)。JR西にとっても、さらに低コストなソリューションが活用できることになる。

異業種へも売り込みを本格化

3月中旬、井上氏の姿は東京ビッグサイト(東京・江東)にあった。製造業向けの大規模展示会「ものづくりAI/IoT展」にブースを出展するためだ。JR西として鉄道業界外の展示会に参加するのは初めて。事業会社がブースを構えるのは異例で、多くの来場者から「なぜJRが出展しているのか」と不思議そうに尋ねられたという。

「鉄道は巨大な装置産業。その一つひとつを見ていけば、他の業種にも展開できる技術があるはず」。井上氏はそう考え、前例がない展示会への出展を決めた。

有望な技術として考える1つは、自動改札機向けに開発した「故障予測AI」。稼働中に起きる軽微なエラーの頻度などから故障の可能性をはじき出す。一定の数値を超えたら点検するようにすることで、点検回数を3割減らすことができたという。すでに同業他社での導入検討が進んでいるが「自動改札機以外でも、同じ動作を繰り返すような機械などで応用できる」(井上氏)。

また、管内の駅にある約7500台の監視カメラ映像を使って人間の骨格の動きを分析し、どんな行動をとっているのか判別する人工知能(AI)を開発した。21年11月にセキュリティーシステムのクマヒラ(東京・中央)と組んで防犯カメラシステムとしてパッケージ化したほか、画像解析技術は工場の事故防止や製品の検品などにも応用できるとみる。

実際、展示会の来場企業と話した結果、「安全第一という思想はどの企業にも共通しているし、抱えている課題意識も間違っていないと確認できた」と井上氏は手応えを感じている。社内公募などで発掘したデータサイエンティスト人材を武器に、社外の課題解決も請け負うことを目指す。

新駅をイノベーションの実験場に

JR西は23年春に大阪駅の北側に開業予定の新駅(通称「うめきた(大阪)駅」)をイノベーションの実験場と位置づけ、「JR WEST LABO」と名付けた。例えば、一部のホームにはナブテスコと共同開発した世界初のホームドアを設置する。これは開口部を自由自在に移動させ、長さやドアの位置が異なるどのような車両が来ても対応できるものだ。顔認証サービスやアバター(分身)ロボットなどの実験も進める予定だ。

保守の省力化を目指し、傘下のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を通じてロボットのスタートアップ・人機一体(滋賀県草津市)にも出資した。3月に開催された「2022国際ロボット展」に出展された「零式人機ver.2.0」にはJR西のロゴマークが付いており、高所での設備取り換えを想定したデモンストレーションが実施されていた。JR西が開発に助言し、最初の顧客になる予定。そして他社へも採用が広がれば、出資者としてのリターンも得られることになる。

井上氏は「自分たちに不足している技術を取り込む『インバウンド』と、外部に技術を売り込む『アウトバウンド』の両輪があって、初めてオープンイノベーションが成り立つ」と話す。現下のコロナ禍に加え、長期的には人口減少により、鉄道事業の持続性に黄色信号がともっている。1社だけで技術開発を進める自前主義ではもう立ちゆかない。同業他社はもちろん、異業種も含めて成果を分かち合う発想の転換がより重要になっている。

(日経ビジネス 佐藤嘉彦)

[日経ビジネス電子版 2022年4月6日の記事を再構成]

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