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定年を機に一兵卒に 生涯現役には「降りる勇気」必要

日経ビジネス電子版

高齢者も働くのが当たり前の社会では、私たちはどんな心構えをしたらいいのか。人事管理のエキスパートで、『高齢社員の人事管理』の著作もある学習院大学名誉教授の今野浩一郎氏は「生涯現役で働くことを考えるなら、ピークアウトという発想が重要だ」と強調し、定年がそのきっかけになるとの持論を展開する。定年後再雇用に向けたマインドセットの見直しのほか、高齢人材の評価や処遇の在り方について今野氏に聞いた。

今野浩一郎(いまの・こういちろう) 学習院大学名誉教授、学習院さくらアカデミー長。1946年東京生まれ。73年東京工業大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士課程修了。92年学習院大学経済学部経営学科教授。2017年から現職。『正社員消滅時代の人事改革』(日本経済新聞出版)、『高齢社員の人事管理』(中央経済社)など著書多数。

――今後、定年を迎える人は加速度的に増えていきます。定年後に、果たしてスキルや経験を生かせる仕事が見つかるのか。不安に思っている人もたくさんいます。

「そこまで心配はいらないと思いますよ。昔とは違って、中小企業を中心に高齢者をきちんと基幹的な業務に就けるために中途採用するというところが増えていますよね。中小企業の間では、大企業で長く勤めて専門性を高めた人に対するニーズが大きい。だいぶ潮目は変わってきています。専門性があれば大丈夫でしょう」

――製造現場の仕事では暗黙知の要素が大きいので、年齢とともに磨かれる専門性はイメージしやすいです。一方で、ホワイトカラーに蓄積される専門性とは何なのでしょうか。

「大企業で長い間ちゃんと働いてきて管理職まで経験しているのなら、計画の立て方や仕事の回し方といったスキルは身についているはずです。あとは、中小企業向けにマインドセットの切り替えさえできれば問題ありません。例えば、大企業と違って部下がたくさんいるわけではないので、自分の手足を動かすといったようなことですね」

「ただ、相対的に見れば、ホワイトカラーのマネジメント層の扱いが高齢者雇用の課題になります。技術者や販売担当者、営業担当者。こうした『一人のプロ』として働いている人については、定年になったからといってあまり関係がない。これまで通り働いてもらえばいいわけです。それに対して、マネジメント層だった人については、中小企業に再就職してもらうか、社内に残るのなら、何か別の仕事を探す必要があります」

会社に「置いてやる」では駄目

――マネジメント層だった人たちには、何かしら定年後の仕事やポジションを用意しなければいけないということですか。

「結果的に用意することになるのですが、用意すると『置いてやる』という意識になってしまう。マネジャーになった経験がある人というのは、そもそもある分野で専門性を確立しているケースが多いわけです。マネジャーになったことでその専門性から離れてしまったわけですが、持っている専門性をもう一度武器にして、社内で別の仕事にマッチングし直すことが重要です」

「企業側はこういう業務でこういう人が欲しいというのを明確にリストアップして、『だから、あなたにお願いします』と言わないといけない。そして、本人が納得できるかという問題はありますが、マネジャー職に比べれば社内でのランクが下がるので、その下がったランクに合わせた給料を支払う。こういうふうにしなければ駄目ですよね」

「『置いてやる』という意識が人間にとって最悪だと思うんです。本人も居づらいでしょう。給料が少しくらい下がっても必要とされるところで働くというのが人間の尊厳にとってすごく重要だと思います。企業側はどういう人材を必要としているのかをきちんと洗い出して、それでマッチングし直すという努力をしなければいけません」

――再マッチングは、社内公募をして手を挙げてもらうイメージでしょうか。

「やり方はいろいろですね。社内公募みたいにしてシステムでやってしまうというのもあるし、個別でやる場合もあると思いますけど。どちらにしてもこういう仕事に人手が足りないと伝えなければいけませんよね」

――改めてですが、ジョブローテーションを繰り返した結果、専門性が育っていないということはありえませんか。

「マネジャーぐらいまでになったのなら、何かしら専門性はあると思います。探せば、見つかりますよ」

「その代わり、マネジャー職で生かした能力がそのまま発揮できる業務があると思っていてはいけません。やりたいことの優先順位をつける。何かを捨てるということが一番重要ですね。『こちらを残して、こちらは捨てましょう』と言ってマッチングするわけだから、捨てる覚悟がないと」

「一兵卒」に降りる勇気を

――マネジャーから「一兵卒」に降りる必要があるということですよね。

「そうそう。でも、ものは考えようですよ。某大手企業の部長だった私の友人が、定年後にあるベンチャーに移ったんですが、絶対マネジャーはやりたくないと言って、ヒラで働いていた。上司は20代後半か30歳ぐらいでしたが、彼が言うわけです。『今の働き方は楽でいい。部下の評価もしなくていいし、部門の成果責任を負わなくてもいい』って。そういう気持ちの切り替えをして、一兵卒で頑張ればいい。それができるかどうかですね」

――定年後再雇用では給料が下がるのが一般的です。モチベーションの低下につながっているという指摘もありますが、どのように整理したらいいのでしょうか。

「定年前まで総合職で働いていた場合、転勤のような負担もあったわけです。定年後にはそうしたことがなくなるので、給料を下げる。それはフェアなことだと私は思っています」

「この問題は、年功賃金を採用している企業ではより面倒になります。年功賃金を採っていると、定年時の給料はパフォーマンスに比べて払い過ぎているわけです。その調整をしなければいけませんから。総合職と年功賃金、2つの要素を合わせて見直すと、給料が3割下がるといったことも起きるわけです」

――いずれにせよ、給料が下がることについて、合理的な理由付けが必要になりますね。

「合理的に決めなければいけない。その通りです。今みたいにどうして下がるのかと聞かれても説明できないようなやり方はもうやめるべきだと思いますよ」

「別に定年したからといって、こき使ってはいけないというわけではありません。こき使ってその分、しっかり払えばいいだけの話なんですよね。そこを今までは曖昧にしてきましたが、どんどん高齢者は増えていますから。少なければその程度でごまかせていたけれど、増えたらそうはいきません」

就業者の5人に1人が高齢者

――高齢者雇用がレアケースなうちは、そこまで問題にならなくても、一般的になれば、合理的な説明なしには回らないと。

「従業員が1000人いて高齢者が1人だというのなら、個別対応で適当にやるのでもいいかもしれない。けれど、それが100人や200人になったらね。これはもうちょっと考えなければいけない。まさに今がそんな状況です」

「個別対応はもう無理。制度できちんと対応する必要があります。マクロで見ると、就業者のうち60歳以上はだいたい5人に1人。中小だとより多くて、大企業は比較的少ない。それでも、従業員が1000人いたら高齢人材が200人いるというのが企業の平均像なわけです。これを個別対応でどうにかするなんて不可能だし、その人たちがサボったら会社はつぶれますよ」

「高齢人材が1000人のうち1人しかいないんだったら、のんびり働いて給料をいっぱいもらうなんてことも許されたけれど、200人いたら無理でしょう。やはり成果に合わせて払うということになりますよね」

「生きがい就労」は「雇用」とは言わない

――高齢者の就労をめぐっては、やりがいさえあれば、給料が低くても構わないといった意見も時に聞かれます。

「最近あまり言わなくなりましたが、『生きがい就労』という言葉があるでしょう。私はこの言葉が大嫌いなんですよ。それは雇用とは言わないだろうって。ちゃんと働いてもらったのなら、ちゃんと払いなさいということです。企業の経営戦略として高齢人材を使うんだから、安く使ってはいけませんよね。高く払ってもいけませんけど」

――確かに。高く払ってもいけないけど、安く使ってもいけない。

「いけないと思います。そうすると、高過ぎないとか安過ぎないとか、公正な賃金水準ってどうするのか。しっかりと制度設計をしなければいけない。そのときに従来みたいに年齢や勤続を基準にするなんていうのは、もう無理なので、やはり何の仕事をしているかということを基準にしていかざるを得ないだろうなと思うんです」

生涯、上を目指すのは非現実的

――仕事内容に応じて給料を払う。いわゆるジョブ型雇用ですね。一方で、当人からすると、定年を機に働き方が大きく変わることに戸惑いもあるのではないでしょうか。

「そうですね。でも、私は『我慢しなさい』と言っています。定年があろうがなかろうが、例えば70歳まで働こうとしたときに、ずっと上のポジションを目指して走り続けるつもりですか。長く働き続けるにはどこかでピークアウトしなければいけない。生涯現役というのは、そういう働き方をしなければいけないんですよね」

「私の実家は小さな商店を営んでいましたが、両親を見ていると、若いころは体力があるから仕事を増やしますが、途中からは体力に合わせて仕事を減らしていったんですよ。だから年齢に関係なくずっと働けたわけです」

――ピークアウトは大切な観点ですね。

「ピークアウトはすごく重要ですね。60歳以降も年功賃金を払うなんて、考えられないでしょう」

「それでも年功制の是正は徐々にではありますが着実に進んでいて、『メンバーシップ型雇用』から『ジョブ型雇用』へという流れは、長期のトレンドです。定年を境に働き方や処遇の在り方が大きく変わってギャップに悩むという問題も解消されていくでしょう」

――ピークアウトのきっかけと考えれば、定年も意味のある制度になりますね。

「降りていくのには勇気がいる。人間いつまでもできると思いがちです。何か外的なきっかけを加えた方が降りる決断がしやすい。それが定年制だと最近、思っているんです。定年制を廃止してもいいけれど、廃止するなら何か代わりのきっかけになるような仕組みを考える必要があるでしょう」

定年後再雇用は中途採用と同じ

――なるほど。定年という言葉を使うかは別にして、60歳を節目にしようと。

「節目にしてキャリアをもう一度転換しようということです。そして、60歳以降も比較的いいポジションが欲しい、いい給料を得たいと思うなら、50歳ぐらいから準備をしておくと」

「定年を迎える人に私はよくこう言うんですよ。『会社が仕事を用意してくれると思っているのかもしれないが、それは甘い。60歳で定年になったときには、再雇用つまり雇用契約を結び直すのだから、あなたたちは中途採用と一緒です』って。中途採用者なら当然、自分の能力を武器にして、あなたの会社のこの業務に貢献できますと売り込むでしょう」

――いずれにせよ、制度改正ももちろんですが、個人のマインドセットも重要になりますね。

「一兵卒に戻って、若い人間の下で働くのも別に構わない。長く働くというのはそういうことだ。こういう価値観というか文化をつくる必要があるんでしょうね」

「ピークアウトがあって、一兵卒になってもそれなりに頑張って働いて、徐々に引退に向かっていく。そんな世界にも例のない社会システムを、高齢化が最も進んだ日本で構築できれば、立派なことなんじゃないかと思っています」

(日経ビジネス 奥平力)

[日経ビジネス電子版2021年2月28日の記事を再構成]

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