/

事実と物語の葛藤 日本のノンフィクション史をひもとく

「事実は小説より奇なり」という言葉を身をもって示すがごとく、第2次世界大戦後の日本語文芸にはノンフィクションというジャンルが花開いた。評論家でジャーナリストの武田徹氏がこのほど刊行した「現代日本を読む」(中公新書)をひもとくと、個々のファクト(事実)の正確さとストーリーテリング(物語り)の面白さの間で取るべきバランスに、ノンフィクションの筆を執る作家たちがいかに腐心し葛藤してきたかが見えてくる。

武田徹著「現代日本を読む」(中公新書)

武田氏は同書で、1970年に設けられた日本を代表するノンフィクション賞「大宅壮一ノンフィクション賞」の受賞作を中心に、計28作の作品論を展開する。水俣病の惨状を浮き彫りにして同賞の第1回受賞作となったものの著者が賞を辞退した石牟礼道子著「苦海浄土」や、ソ連時代のモスクワでの生活を描いて第2回受賞作となった鈴木俊子のエッセー「誰も書かなかったソ連」などを分析。同じく現実の世界を描きつつも事実の伝え方においてより直接的な新聞やテレビ報道とは一線を画す、ノンフィクション作品の特徴に輪郭を与えていく。近年のものでは、東日本大震災を巡ってフィクションにおける文献引用の明示の当否が話題を呼んだ北条裕子の小説「美しい顔」も取り上げた。

「小説には文学史があるが、ノンフィクションにはまとまった歴史がなかった。調べると、意外に新しい概念だったことも分かった」と武田氏は振り返る。実際、大宅賞の設立以前は「フィクションとノンフィクションの境界さえ非常に曖昧だった。(同賞の)当初の選考も意外と迷走している」と指摘する。

著者の武田徹氏

大きな転機となったのは、79年に大宅賞を受賞した沢木耕太郎著「テロルの決算」だったという。60年安保に揺れる日本社会の状況を一人の右翼青年の内面と行動に重ね合わせて描いた同作は、臨場感を高めるために三人称の視点で細かい描写を多用する米国発の「ニュージャーナリズム」の手法を導入し、ノンフィクション史上に残る名作となった。ただ、同手法は「取材源が明確にならず、本当に話を聞いたか分からなくなり、実証性は薄れる」(武田氏)という欠点も併せ持つ。その結果、日本では「ノンフィクションが社会科学から離れる」(同)ことにもなったという。

21世紀に入り、ジャーナリズムはファクトをいかに保証するのかなど様々な問題に直面し、大きな岐路にたっている。「物語るジャーナリズムとしてのノンフィクションが、物語性を毀損せず、どう実証性を担保するか。いままさに問われている」と武田氏は話す。

(前田龍一)

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン