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太平記の世界と格闘、日経小説大賞「利生の人」

 受賞者の天津佳之氏と選考委員3氏が座談会

第12回日経小説大賞(日本経済新聞社・日経BP共催)の授賞式が2月17日、東京・日経ホールで開かれ、一般公開された。贈呈式に続く座談会では「利生の人 尊氏と正成」で受賞した天津佳之氏と、選考委員の辻原登、髙樹のぶ子、伊集院静の3氏が、受賞作や小説の執筆をめぐって話し合った。伊集院氏は電話で参加した。(司会は編集委員 宮川匡司)

授賞理由

司会 今回の受賞作「利生の人」は、鎌倉時代末期から南北朝の初めぐらいまで、つまり、「太平記」の時代を舞台にした歴史小説です。どうしてこのテーマを選んだのですか。

座談会に参加する(左から)髙樹のぶ子、辻原登、伊集院静(写真)、天津佳之の各氏(2月17日、東京・大手町の日経ホール)

天津佳之氏 戦国時代は、ちょっとメジャー過ぎて、今さら新人が手を出すのもどうかというのが正直なところです。なぜこの時代かというと、すごくややこしい時代でして。

司会 どうややこしいんですか。

天津氏 人名がぴんとこないというのが一番大きいと思います。似たような名前が非常に多いんです。足利高氏(尊氏)に高国(後の直義)ですし、他に(斯波)高経だったり、非常にわかりにくいんです。そういうところをわかりやすい物語で伝えたかったというのがあります。

司会 選考委員の皆さんに、この作品を選んだ理由をお伺いしたいと思います。まず、この作品を強く推した髙樹さん、お願いします。

三人三様のキャラクター

たかぎ・のぶこ 1946年山口県生まれ。80年「その細き道」で作家デビュー。84年「光抱く友よ」で芥川賞受賞。近著に「小説 伊勢物語 業平」。

髙樹のぶ子氏 この時代をこれだけ詳しく書いた力量、そして、この前に候補作になった菅原道真の一代記を書かれた作品を合わせたら、きちんと調べて、自分なりの人間的なキャラクターを色づけして物語をつくっていける人だという確信が持てた。何より、楠木正成、足利尊氏、後醍醐天皇、この三人三様のキャラクターが、最初から際立ってつくられている。「太平記」は、日本で最大規模の、四十数巻あったと言われるような軍記物なんですね。

この時代と格闘するのは大変なことですが、それを蛮勇を振るって書かれた。足利尊氏は、最後に楠木正成の死を確かめて、その首を正成の息子のもとに送ります。それを見て息子は、みずから命を絶とうとするんですが止められて、その後の南朝にかかわっていく。そのあたりの男のドラマは、なかなか読ませる力があったと思います。

時代時代の理想に寄り添う

つじはら・のぼる 1945年和歌山県生まれ。85年「犬かけて」で作家デビュー。90年「村の名前」で芥川賞受賞。近著に「卍どもえ」。

辻原登氏 「利生の人」と天津さんの「受賞のことば」を読んで、この方は歴史小説を書く上で一番大事なものをきちっとつかんでおられるなと思いました。歴史小説とは、書かれて残された文字資料に基づいてしか書けないんですね。歴史を見る上で一番危険なのは、現在という視点をとることです。起きたことを知ろうと思えば、全部知ることができる。現在の視点というのは、一種の絶対的な視点というか、神の視点に近いところから見てしまう。

そういう意味からいくと、天津さんのこの小説は、今の視点から裁くという文体ではないんです。「受賞のことば」の中で、今の時代が必要とすることは何か、時代を知るにはその前の時代を、あるいは、さらにその前の時代を貫く流れを知らなければならないと語っています。それぞれの時代にいつも確かな理想というものがあって、それに寄り添って初めて、この小説の発想が生まれたし、文体も生まれた。ほかに推す作品もあったんですが、やはりこの作品の力に脱帽して授賞に賛成しました。

伊集院静氏 中世を選ぶというのは、なかなかできない。何かよほど中世に対してひっかかるものがあって、たぶん10代とか20代のときにそこに足を踏み入れていないとできないんじゃないかという勘がして、もし授賞のぎりぎりのところに来たら、手を挙げようと思っていました。最後に決め手になったのは、辻原選考委員の、これだけ新機軸を出してとにかくバランスがとれているという言葉だった。歴史小説の場合、バランスは非常に大事なんですね。非常に困難な時代をよく仕上げてきたな、新人らしからぬ文章と目を持っていると指摘しました。

きっかけ

司会 中学3年生のころから物語を書いていたと言っていましたね。随分早いですが、何を書いていたんですか。

天津氏 およそ350枚のライトノベルを2カ月ぐらいで書くところからスタートしました。思春期の少年少女を主人公にしたジュブナイル小説に、ファンタジーやSFの要素を入れた形のものを書いていました。世代的にゲームや漫画の延長でライトノベルがあって、その先で歴史や古典に触れました。

28歳ぐらいのときに、そろそろ違うものを書こうかなと考えていたときに、挨拶で触れた「書かなければならないと思うことを書きなさい」という言葉に出合って、歴史小説を目指すことになりました。それをオンラインゲームで知り合った大阪の方に話したら、歴史を書くなら関西が都合がいいんじゃないの、と言われ、そのまま大阪に引っ越しました。今は誘ってくれた友人と別の友人とルームシェアしていて、6畳の部屋で暮らしています。

司会 人と一緒に住んでいて書けるんですか。6畳でしょう。

通勤中、スマホで執筆

天津氏 実は家では全然書いていません。基本的には通勤中の電車の中でスマートフォンで書いています。今回の作品も、原稿用紙で450枚ぐらいなんですけれども、仕上げを除いて全てスマートフォンで書きました。

司会 日経小説大賞で初めてではないでしょうか? 電車の中でスマホで書いた人は。

髙樹氏 ゲームに夢中になっている人が、こういうリアルな歴史小説を書いたということはちょっと驚きですね。しかも、電車の中で、スマホで。

辻原氏 資料はどうされているんですか。

天津氏 資料は、ネットで検索できるものはネットで、集まらないものは、つてとか、古本屋さんとかで集めるという感じですね。

司会 天津さんへの注文や期待がありましたらお話しください。

毎日書き続けて

いじゅういん・しずか 1950年山口県生まれ。81年「皐月」でデビュー。92年「受け月」で直木賞受賞。日本経済新聞朝刊で「ミチクサ先生」を連載中。

伊集院氏 ともかく毎日書き続けることです。そうすると、毎日電車に乗らなきゃいけないのかもわからないけれども。吉川英治さんはやがてこの時代(南北朝期)にすばらしい人たちが注目するだろうと言っていました。あなたはその第一歩を進まれたのですから、どうぞ毎日書かれることですね。

髙樹氏 小説というのは物語を含めて、ずっと長い歴史がありますから、未開のところ、誰も触れてないようなものはなかなかないんです。特に歴史に関してはそうです。それを踏まえた上で、それをよけて通ろうとしないことです。新しいものはないという覚悟の上で、前任者の轍(わだち)を踏み越えて、さらにそれを超えるものを書いてほしい、そういうふうに思います。

辻原氏 前回の候補作は菅原道真、間を置かずに「利生の人」、次は何を書くかを聞いて、激励の言葉にしたいです。

天津氏 ちょっと考えていたのは、推古天皇とかですね。いずれ書きたいなと思っているのは神功皇后なんですが、そういったちょっと古代めにいきたいなと。

髙樹氏 古代に入る?

天津氏 はい。もともとどっちかというと古代のほうが好きでして、実は初めて書いた歴史小説が、最初の天覧相撲のお話だったんです。なので、古代を目指したいなとは思っています。

辻原氏 古代、いいですよ。ぜひ。

髙樹氏 (池澤夏樹氏が日本経済新聞に連載した)「ワカタケル」というのもありますからね。

受賞の言葉

今の時代の息吹吹き込む

あまつ・よしゆき 1979年生まれ。静岡県伊東市出身。大正大文卒。書店員、編集プロダクションのライターを経て、業界新聞記者。

私が物語を書き始めたのは中学3年生の受験期の真っただ中のことでした。以来25年が過ぎ、記者やライターといった文字を扱う仕事についています。

その四半世紀の間には、小説を諦めようと思ったこともあります。そのときに出合ったのが「書かなければならないと思うことを書きなさい」という言葉でした。書かなければならない、今の時代に必要なものとは何か。その前の時代を貫く流れを知らなければならない。そう考えることが私を歴史小説に導きました。

友人の雅楽師の東儀雅美さんから聞いたお話を紹介したいと思います。東儀家は古くから続く雅楽の家柄で、慶長年間から伝わる楽器もあり、文化財になってもおかしくないのですが、博物館で保管すると、途端に音が枯れてしまうそうです。使い手が常に使い続けることで、楽器は生きていくと聞きました。

歴史も同じことが言えるのではないかと思っています。今の時代の息吹を吹き込むことで、今にこそ必要なものとしてよみがえり、現代に生きる私たちに何かを示してくれるのではないか。そういった小説を書いていきたいと思っています。

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