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毒を描いた異才キム・ギドク監督の早すぎる死

(更新)
2018年のベルリン国際映画祭に参加したキム・ギドク監督(AP)

韓国のキム・ギドク監督が新型コロナウイルスに感染し、ラトビアで逝った。享年59。2012年「嘆きのピエタ」でベネチア国際映画祭金獅子賞を受けるなど、三大映画祭すべてで受賞。今日の韓国映画の隆盛をリードした異才だった。

多くがエリート教育を受け、きら星のような才能が集まる韓国の同世代監督の中では異色の経歴だった。貧しい家庭で育ち、工場で働き、志願して入った海兵隊で5年過ごした後、フランスに渡り、描いた絵を売りながら暮らした。それまで映画を見たことがなかったというが、パリで「羊たちの沈黙」を見て感動。映画を志した。

その作品世界も異様だった。橋の下に住み、自殺者の遺族から金を巻きあげる男を描く「鰐(わに)」(1996年)。釣り池の娼婦が男をからめとる「魚と寝る女」(2000年)、ヤクザが自分を軽蔑した女子学生を転落させる「悪い男」(01年)。弱者が抱く憤り、怨恨、憎悪を、セリフを極力排し、具体的な映像で語ってみせた。そのスタイルをより洗練させ、03年「春夏秋冬そして春」がロカルノ、04年「サマリア」がベルリン、「うつせみ」がベネチアで受賞。時の人となった。

08年の撮影中の事故の後、隠遁(いんとん)生活を送るが、11年「アリラン」で復活。「嘆きのピエタ」が韓国映画で初の三大映画祭の最高賞に輝いた。

映画評論家の宇田川幸洋氏は「人間の悪、毒の部分を描いた。00年ごろの韓流とは毛色が違い『自分は異端視されている』と話していた」と振り返る。その後、60~70年代に活躍したキム・ギヨンの再評価で韓国映画の毒の部分に光が当たり、パク・チャヌク、ポン・ジュノらが登場するが、キムはそれを先取りした形だ。

独自の道を歩む自覚は一貫していた。「私は自分が感じる今の社会の温度を頼りに映画を作っている」と語っていた。早すぎる死だ。

(古賀重樹)

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