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舞台と人生(4)作家 井上ひさし

劇場は理想郷で戦場だった  編集委員 内田洋一

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つかこうへいが亡くなった2010年、演劇界の大きな存在がもうひとり世を去った。「吉里吉里人」などの小説で知られ、日本ペンクラブ会長もつとめた井上ひさしさんである。肺がんの告知を受けてから、命つきるまで半年。最後に思いを募らせたのは演劇だった。

死を意識して、三女の麻矢さんに毎晩のように電話をかけた。自分がいなくなったあと、3年が井上ひさしの旬と心得よ。いい芝居を見たあと、自分の人生は捨てたものじゃないと感じられる、そんな芝居をつくってほしい。井上さんは、自作を上演する「こまつ座」を頼むと娘に説きつづけた。

経理を学んだ麻矢さんが遅れてこまつ座に入ったのは、井上さんが告知を受ける数カ月前のことだった。まず借金に驚く。劇団を閉じ、いろいろなものを売れば、なんとかなる。麻矢さんがそう持ちかけると、井上さんは2、3日考え、こう言った。「マー君、やっぱり、こまつ座はつぶせない。僕の作品で残るのは戯曲だ。こまつ座さえあれば僕は永遠なんだよ」

小説はすぐ絶版になってしまう。けれど戯曲は上演される限り生きつづける。マー君こと麻矢さんから聞く作家の執念はすごいが、そこには信仰に近いものもあっただろう。山形県の故郷にあった芝居小屋の名にちなむ演劇集団は、井上さんにとってのユートピアだったからだ。

□    □

1983年、50歳を前にした井上さんがこまつ座を設立したとき、劇場、稽古場、学校を兼ね備える演劇共同体が構想されていた。ある日ある劇場で、同じ空気を吸った役者、スタッフ、観客は一期一会の座をつくる。楽しく、わかりやすい芝居の座から明日の日本を考えよう。その演劇思想は、66歳の作「夢の裂け目」の歌に現れている。...

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