安部龍太郎「ふりさけ見れば」(549)
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仲麻呂は第三十八巻を拾い上げ、左の袖を引きちぎって巻物を包んだ。他の書物を櫃にもどさなければ散逸(さんいつ)すると胸が痛んだが、その余裕はなかった。
「春燕さん、いつかこれを真備に渡して下さい。私は読んでいない。扱いは任せると伝えて下さい」
仲麻呂は袖で包んだ巻物を春燕に託した。
「分かったわ。都にもどったら、二人で東の市に来てちょうだい。遥ちゃんのことは心配しないでいいから」
春燕は玉鈴と小鈴...
日経朝刊連載小説、安部龍太郎「ふりさけ見れば」(西のぼる 画)のバックナンバーをまとめたページです。初出から50日間お読みいただけます。