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安部龍太郎「ふりさけ見れば」(296)

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真備らが恭仁宮を安全だと判断した理由はいくつかある。

ひとつはここには以前から岡田離宮があり、痘瘡(もがさ)が猖獗(しょうけつ)をきわめていた頃に帝が避難場所になされたこと。ひとつはあたり一帯が橘諸兄の所領で、諸兄の別邸もあるので敵の侵入を防ぐことができたこと。そしてもうひとつは観音寺に良弁上人がいることである。

帝もこの地を愛でられ、十二月十五日には平城京から恭仁宮に遷都するとの勅を発せられた...

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