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紙の切れ端、幸せ、感情 「はかる」と出合う新しい世界

オリーブオイルとバルサミコ酢などを量り売りできる。混ぜればドレッシングが作れ、好みの組み合わせを探すのも楽しい(京都市のオイル&ビネガー京都烏丸店)

欲しい分だけ購入できる量り売りの店が目立ち始めた。ハーブやフルーツの香りがするオリーブオイルは食の楽しみを広げ、印刷会社に眠っていた紙の切れ端との出合いは創作欲をもくすぐる。人は、適正に何かをはかることで科学技術や文化を発展させてきた。最近は「幸せ」を数値化する試みにとどまらず、大切な人との距離などはかれないものに着目する人も増えている。今、あなたがはかりたいものは?

思いもよらぬ自分と出会う

東京や京都にある「オイル&ビネガー」の店内に入ると、黄色やグリーン、深いブラウンの液体が目に飛び込んでくる。イタリアやスペインなどを産地とするオリーブオイルとビネガーだ。オランダ発で世界に約150店を展開する。店舗によって異なるが、オリーブオイルなら、100ミリリットルあたり1000円程度から量り売りしている。

合わせて25~30種類を扱うため、珍しいものも多い。オリーブの実とオレンジを一緒に圧搾した「オレンジオリーブオイル」はサツマイモやポークソテーに合うそう。イチジクの風味を付けた「フィグクリームビネガー」は鶏肉やカモ肉のほか、ヨーグルトやバニラアイスのトッピングにもいい。

「これはどんな味ですか」「このフレーバーに合うものは?」。店頭ではこんな会話が日常だ。自由が丘店(東京・目黒)の料理長の村主佳丈さんは「気になったものを何度か通って試す人が多い」と話す。中には全種類を制覇し、お気に入りを探した人もいるそう。少量から購入できる量り売りが、新しい食や味との出合いをもたらしている。

洗剤などの量り売りコーナーがあるエコストア。香りや洗浄力など少量ずつ使い心地を試せるのが魅力だ。アトレ恵比寿店では1日に平均20件ほど量り売りの利用があるという(東京都渋谷区)

身近な品で量り売りが広がりつつある。江戸時代には酒やしょうゆなど日々使う食品の多くがそうだった。ガラスやプラスチック製の容器の進化や効率化に伴い徐々に消えていったが、この数年再注目されている。容器を使い捨てせずにすみ、購入量も自分が使い切れる分だけと、無駄を省けることに魅力を感じる人が増えているからだ。

ニュージーランド創業のエコストアは支持を集める店の一つ。自然由来の原料の洗剤やボディーケア用品などを製造販売し、2016年、日本に上陸した。本国同様の量り売り形式でアトレ恵比寿店(東京・渋谷)では、洗濯洗剤は100グラム88円、食器洗剤は同77円など。1回分から10グラム単位で購入できる。

「自分のできることはやりたいなと思って」と容器を持参し、食器洗剤を購入した小笠原智子さんは話す。関心の高まりを受けて他社のショップ内での販売も含め、エコストアの量り売りの拠点は20カ所に広がっている。

「紙出」は1グラム当たり1円で、100グラム単位で購入できる。穴のあいた紙や、目盛りなどがついた切れ端のほうが人気があるという。現在休業中で、9月に移転開業予定(京都市の堀川AC Lab)

着想のきっかけを生む量り売りもある。大垣書店(京都市)が運営する「堀川AC Lab」には色や大きさ、厚さの異なる紙が100種類ほどずらりと並ぶ。本の表紙に使われた少し厚めの紙やシャンプーの広告に用いた円い形、しっとりとした手触りで目の覚めるような鮮やかなオレンジ色のイタリア製の紙もある。すべて1グラム1円だ。

「こういうお店、なかなかなくて」。スクラップブック作りが趣味という近所に住む女性(47)は「きれいな紙は他でも買えるので、くすんだ色やおもしろい紙を探している」。海外の友人に贈っても、喜ばれるという。

量り売りを企画するのは印刷会社の修美社(京都市)だ。「これらは倉庫にたまっていく紙なんです」と代表の山下昌毅さん。業界で「紙出(しで)」と呼ぶ、行き場をなくした紙だ。製紙工場で作られた紙は代理店や卸を経て、印刷会社で印刷物となり、私たちの手元に届く。その間、裁断して使えなくなった紙も出れば、半端な枚数で売れなくなった紙、発注ミスで余ってしまった紙もある。

従来は古紙回収に出していたものの、「せっかく個性ある紙として生まれたのに……」と心苦しかったそう。大きさや枚数がばらばらのため「量り売りにするしかなかった」が、普通なら捨ててしまうであろう目盛りなどが付いた端っこのほうが実は人気がある。「星屑(くず)」と呼び、とじたノートや一定量をパック詰めにして店頭に並べる。

近所に住む女性もインデックスのタブ形に切り抜かれた、穴の開いた紙を購入した。使いようがなさそうだが「(何かに貼り)ドアや窓のように使えるかと思って」。Labを担当する陸(ルー)瑋妮(ウェイニー)さんは「何を作るか決めずに来て、ここで考えるアーティストも多い」という。アイデアの源になっている。

ピグモン トーキョーで絵の具などを自作する顔料を1両(15グラム)単位で量り売りしている(東京都品川区)

耳慣れない、変わった単位の量り売りもある。東京・品川の東洋画材を扱う「ピグモン トーキョー」は、絵の具を自作するために用いる顔料4500色を、グラムではなく1両から販売する。

「日本画家には広く認識されている単位」と同施設の能條雅由さんは説明する。日本画では1両は15グラム(4匁(もんめ))。かつて絵の具は薬種商が扱っており、薬を量る単位の名残とみられる。ネイリストなども訪れるが、1両と説明すると「その単位や量に驚く人も多い」。

近代化とともに使わなくなった単位は多い。例えば、大人の羽織1着が仕立てられる反物のサイズは「羽尺(はじゃく)」だ。羽のように見えたのだろうか。そんなふうに意味をも考えたくなるような単位は少なくなったが、「はかる」ことがもたらす出合いは今も広がっている。

この気持ち、何グラム?

かれるものを、あえてはかれないものに。逆に、はかれないものをはかりたい――。「はかる」をめぐり、そんな不思議な現象が起きている。砂時計の砂の中に埋もれているのは赤い石と青い石の指輪。時計をひっくり返すと、その指輪が邪魔になり、砂の落ち方は均一にならない。ところどころ途切れたり、しゃっくりするかのようにリズムが崩れたり。

時間を計れない砂時計を作ったのは慶応義塾大学の特別招聘教授でコンテクストデザイナーの渡邉康太郎さんだ。「そもそも何分計なのか、僕すら分かりません」という。「人は、ぼーっとしているときに脳の複数の部位が活発に動いて、気づきが訪れる。そんな時間を生み出せればと思ったが、当初は僕自身も使い方は分かっていなかった」と話す。だが、制作段階でいぶかしげだったある女性は、こう語り出した。

小学生の娘のために部屋を作った。窓辺にこの砂時計を置いて寝る前に部屋に行き、ひっくり返して話を聞く時間を持ちたい。20歳になったら指輪を取り出して、青は娘、赤は私が……。

「用途もなく、使い手も特定しない、はかれないもの。矛盾しかないものが意味を持ち始めた」と渡邉さん。はかれないからこそ、どう使うか、それぞれがおのずと創造し始めるのだ。

無意識の体の動きをスマートフォンなどで計測し、「幸せ」を見える化する。アップルウオッチには、幸せの度合いを表現する表情が表れる。画面に表示されている顔の幸福度は、矢野さんによると「普通」だそう

はかれないものへの関心も高まる。特に注目されているのが「幸せ」だ。

あなたはどんなときに幸せを感じますか。きれいな桜を見たとき、などと答えるだろう。日立製作所が20年7月に設立したハピネスプラネット(東京都国分寺市)代表、矢野和男さんは「多くの人が答えるのは手段。人によっても、時代によっても違う」と話す。同社はスマートフォンのアプリで人が幸せと感じる度合いを測る技術を開発した。従来、幸福度はアンケートの回答をデータとする研究が多かったが、「無意識の体の動き」に注目。私たちは99%以上無意識で動いているといい、結果として生じる身体の動きで幸せを算出する。

約15年前から加速度センサーなどで体の動きを計測してきた。そのデータとストレスなどの相関性を調べ、さらに誰と誰が会っているかといった人間関係の要素や主観的なアンケート結果を盛り込み身体の揺れのパターンと幸せの関係性を導き出している。例えば、組織内で頻繁に5~10分の会話をすると幸せを感じることなどが分かっており、ジャケットのポケットに入れたスマホ内の加速度センサーが、揺れのパターンから幸せの程度をはじき出す。

自らの組織の幸福度を測るために約10社が採用している。20年に導入した第一生命経済研究所は、徐々に幸福度が上昇したそうだ。「はかるという行為そのものが、前向きに働くことにつながった可能性がある」と社長の丸野孝一さんはみる。目に見えないものを数値化してはかると、心に変化が訪れる。ハピネスプラネットの矢野さんは「計測を万能視してはならないが組織の人間ドックのようなもの」という。

数字では表せない感情や言葉、出来事の質や重みをはかってみようと創作した作品「はかれないものをはかる」

幸せだけではない。「あなたが去った後の静けさをはかる」――。少し前まで誰かのぬくもりがあった家で、誰かが去った瞬間に感じる静けさ。ひとり残され、ソファが急に広くなったと思った経験があるかもしれない。日常に感じる49のはかれないものを絵と言葉で表現した書籍「はかれないものをはかる」(青幻舎)は18年に発売し、現在4刷。21年は前年を上回る売れ行きだ。

著者は現代アート作家でイタリア在住の工藤あゆみさんだ。新約聖書の「ヨハネの黙示録」にあった「聖なる場所や礼拝する人々をはかりなさい」という一節が目に留まった。想像してみたところ、「何かをはかるとは、まずその意味を自分なりに捉えなければならない」と感じた。

49のなかでイタリア人が好むのは「ふとんのぬくもりを測る」とのことで、工藤さんは「今はある人にとっては『ふとん』を失っている状況かもしれません」と話す。かの地でロックダウンを経験し、自身も心身の温度を保つ『ふとん』を失う状態だった。それでも「ただ寒い、つらいと嘆くのではなく、ふとんをはがされて縮こまる自分を想像するとなんとなく冷静にもなれた」という。

「はかるとは把握すること」と工藤さんは続ける。大切なのは「評価をしないこと」で、今はこれくらいと自分のものさしで把握できると「心がすとんと落ち着き、日常が取り戻せる」と説明する。コロナ禍で書籍を手に取る人が多いというのも、うなずける。

工藤あゆみさんは「はかるとは把握すること、自分の心と対話すること」と話す

長さや重さをはじめ、視力や体温などの健康や、気象といった自然現象をもなんとかはかり、基準を作って人は科学技術や文化を進歩させてきた。これからも様々なものをはかりながら暮らしを豊かにし、一方で、はかれないものに心揺さぶられ続けるのだろう。

井土聡子

鈴木健撮影

[NIKKEI The STYLE 2021年4月11日付]

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