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アクセサリーや花束に 「雑草」が放つ宝石の輝き 

NIKKEI The STYLE

オオイヌノフグリ。花びらの筋模様は蜜の在りかを虫に知らせる矢印の役割を果たす

都会に住んでいても、私たちの足元には意外に多種多様な草花が生えている。

「雑草」の名でひとくくりにされがちだが、その中にはかつて人々の暮らしや文化を彩ってきたものも多い。

今は身近な自然として花束に入れたり、アクセサリーにしたり。雑草と人との関係が変わろうとしている。

日本のハーブ 光を浴びて

ハコベにナズナ。ともに道端に生える雑草だが、春の七草として七草がゆに入れ食す習慣がある。雑草と呼んでいても、古来暮らしに生かしてきた草花は多い。雑草とは何だろう。

田ゼリやカタバミを店の脇で摘み、香りを確かめる押谷俊孝シェフ「自生するものの香りは力強い」という(ヘルジアン・ウッド)

ヒントの1つは富山にあった。立山連峰を望む4万平方メートルの敷地に2020年、オープンしたヘルジアン・ウッド(富山県立山町)は「ハーブの楽園」をうたう。園内で採れたハーブからアロマオイルを抽出する隣ではハーブティー作りのイベントに人が集い、レストランではハーブを用いた料理を出す。圧巻は初夏に咲き誇る3千株のラベンダーだ。施設立ち上げの中心となった前田薬品工業(富山市)の前田大介社長は「でも、もっと知ってもらいたいものが他にあるのです」という。

園内で作られるアロマオイルやハーブティーの材料にはラベンダーなどと並び、古くから日本で道ばたなどに生えるヨモギやドクダミの名があった。これらの多くは、園内の至る所で自生しているものだ。「実は、初めは雑草だと思って抜いてました。でも香りも薬効も昔から認められてきた『日本のハーブ』だと、我々もここをつくる過程で気づいたのです」。雑草と思いきやハーブとして使えた、そんな植物は園内にざっと80種以上はあるという。

田ゼリ(右)とカタバミは富山の雪の下でも田のあぜ道で強く生き延びていた

ハーブというと西洋文化のイメージだ。しかし「料理や薬などに植物を使いこなす文化において、日本は世界的に見ても豊か」と説明するのは植物の文化史に詳しい辻誠一郎・東京大学名誉教授だ。温暖湿潤で四季のある日本は多種多様な植物に恵まれている。「縄文時代は草や実を食べるにとどまらず、マタタビなどで酒も造っていた」と、現代人には想像もつかない使い方も数多い。「しかし戦後に暮らしが急変し、そうした植物の多くは『雑草』と呼ばれて価値を忘れられてしまいました」

その価値が今の世代に再発見されている。近代以前の日本人が衣食住や年中行事に使ってきたこれら植物を総称する「和ハーブ」という呼び名を見る機会も増えてきた。和ハーブの種類や歴史などのアーカイブ作成を進める和ハーブ協会(東京・中央)では「和食など日本文化が海外から注目されて自国文化の再評価機運が高まった流れか、ここ数年、講演依頼などが急に増えた」。

摘んだ草のフレッシュな香りが、さっと火入れした濃厚なエビによく合う

ヘルジアン・ウッドでは西洋ハーブは雪に弱いなど、日本での栽培の難しさも感じている。「こちらが何もしなくても勝手に生えてくる和ハーブは土地に合ってるんですね」と前田さん。

この日のレストランでは、シェフが店の脇で摘んできた田ゼリやカタバミを、ディルなど西洋ハーブとともにエビの上に散らしていた。なじみのある西洋ハーブの香りに、田ゼリなどが持つ独特の爽やかな風味が加わり、味わいに複雑さと奥行きが増す。訪れていた金沢市の経営者(65)は「土地に根付いたものを使って豊かな時間が過ごせるのは素敵なこと」と深くうなずいた。

和ハーブは暮らしにも取り入れられ始めている。海に山にと自然に恵まれた神奈川・葉山の古民家を改装したイベントスペース「平野邸Hayama」。元アナウンサー、大橋マキさんら子育て世代の女性10人ほどが集まる。

テーブルにおとそを並べる大橋マキさん(右から2番目)ら。地域貢献活動で知り合う高齢者から「葉山和ハーブ」の歴史を聞き取りしてきた(神奈川県葉山町)

この日、自家製の菓子や飲み物がテーブルに並んだ。イソギクなど香りの強い草花を入れたべっ甲あめに、シナモンに近い芳香のヤブニッケイの茎などを漬け込んで作ったおとそ。材料は各自の庭で育ったり近所の山でお裾分けにあずかったりしたもので「昔から使われてきた『葉山の和ハーブ』です」と大橋さん。

この地でどんな植物を、暮らしの中にどう生かしてきたか。海辺に生えるツワブキのおいしい食べ方からワラ製の正月飾りの作り方まで、地域のお年寄りに教わり挑戦してきた。参加する鈴木美恵子さんは「植物の変化で季節を感じ、調理し食べたり香りを楽しんだり。完成品を買うのでは得られない、五感で生きる楽しさがある」と話す。

大橋さんはテレビ局を退社後、アロマテラピストとして活動してきた。講座などでアロマの魅力も発信してきたが、「アロマオイルは近所ですぐ買えるわけでもなく、多くの人にとって日常の物ではないと感じていました」。

おとそ(右)の材料にも使ったイソギクはドライフラワーにして飾る楽しみも

そんなころ葉山に引っ越した。海辺の人々はワカメを干すにおいで、子どもたちは身近にあるヨモギを摘んで作る草餅で春を感じ、盛り上がる。「人々に元気を与えるアロマは暮らしとつながるこの土地の植物にあった」。昔から受け継がれた「葉山の和ハーブ」のある暮らしを語り継ごうと決めた。

平野邸の庭では運営会社と連携してこれら植物の栽培も始め「『葉山和ハーブガーデン』の名で地域の人と手仕事のワークショップも開くつもりです」。雑草と呼ばれてきた日本のハーブが芽吹いている。

のぞいてみよう 命の輝き

「実は江戸時代の『雑草』という言葉は『様々な草』ぐらいの意味でした」。雑草研究が専門の山口裕文・大阪府立大学名誉教授は解説する。「作物以外は除草を徹底する西洋式農業を導入する中で『価値のない、取り除くべきもの』という意味合いに変わったのです」

見つけた雑草をカメラに収める多田多恵子さん。「記録にもなり、拡大するとかなり細かく見えるんですよ」

その「雑草」という言葉のイメージは今、再び変わってきているようだ。書店に行けば「雑草」をタイトルに冠した本があちこちに。「ちょっとしたブームなのですよ」と山と渓谷社の自然科学書編集者、神谷有二さんはいう。

同社の2018年出版の「美しき小さな雑草の花図鑑」は人気の一冊だ。小さすぎて見過ごしてしまう雑草の花の美しさを拡大写真で見せ、知られざる生態を説く。「ありがたみのない存在に価値があったという意外感が雑草人気の理由だろう」と神谷さん。新型コロナウイルス流行後に版を重ね、続編と合わせ8万部に達した。「家にいる時間が増え、身の回りのものに心が向かいやすくなっているからでしょうか」

著者の多田多恵子さんは、立教大学などで植物の生態を教えている。多田さんに、足元にどんな世界が広がっているか、聞いてみた。

一面同じような草に覆われているだけに見える土手も、多田さんがかき分ければ「ほら、ここにヨモギ、こっちはスイバ。どちらもおいしいですよ」。覆い重なるようにして幾種類もの葉が茂る。中に青く点々と見えるのはオオイヌノフグリの花だ。ルーペでのぞけば、花びらの青は見事なグラデーションで筋模様を形作り、根元にかけて緑色に変わる配色も美しい。

一方、土手の下の石垣の隙間にはヒメオドリコソウばかりだ。「ちゃんと理由があるのですよ」と多田さん。ヒメオドリコソウの種にはアリが好むゼリー状の物質がついている。石垣の隙間にはアリの巣が多い。アリはそこまで種を運んでゼリー部分を食べ、その跡からヒメオドリコソウの芽が出る。新たな地に生活の場を広げる戦略だ。生え方ひとつにも、草の一生をめぐるドラマや知恵が込められている。

ナズナやゼンマイなどで作った花束。野に咲いていそうな花束は欧州の生花店などでも近年、人気という(東京都千代田区のレミルフォイユドゥリベルテ)

「雑草の世界は宝石箱のよう」と多田さん。たかが雑草と思えばそれまでだが、蓋を開ければ面白く美しい世界が見つかる。「最近の人気は、人が自然から切り離され、草取りに追われもしなくなっているからでしょうけどね」

雑草の美しさに光が当たっていることは花屋でも実感する。春はナズナ、秋にはススキ。「いわゆる雑草ですが、今や人気商品です」と東京や大阪に19店を構える生花店「レミルフォイユドゥリベルテ」仕入・販売企画部マネージャーの上野恵子さん。雑草とされてきた草花が次々に栽培され、店舗に並ぶようになったのはここ数年のことという。

従来、客が選ぶ生花の王道は大輪のユリなど立派で華やかな花だった。「少し葉が多いと『畑みたい』と嫌がられていた。それが最近は葉っぱの中に小さな花がのぞく、野に咲くような草花がいいといわれるようになった」(上野さん)。店では会社員の女性が「部屋に飾ると、自然がそばにあるようで心が安らぎます」とナズナを見ていた。

左からそれぞれノビル、オオバコをかたどったピアス

予想外な分野でも雑草は注目を浴びている。「きれいだけど華やかになりすぎず、自分らしく身につけられるものが作れる」。アクセサリー作家の中村なづきさんは10年ほど前からゴールドで雑草をかたどったピアスやネックレスを手掛けている。

ネギの仲間のノビルはすっと伸びた茎の部分が耳の下で風に揺れるピアスに、オオバコは穂先の花の一つ一つが光を受けてきらきら光るネックレスになった。背伸びした高級品より等身大の物を求めるようになったとされるファッション界の時流とも合ったのか、評判は広がって今は国内外25店舗の衣料品店やギャラリーに並ぶ。

アクセサリー作家の中村なづきさん。東京育ちで「一番身近で美しさの実感できる植物は雑草だった」(東京都渋谷区のyuni代々木上原)

「華やかな花の美しさは満開の一時期ですが、雑草は思わぬところから生えてきて、命そのものが喜びを与えてくれる」と中村さん。だから葉のゆがみ、時には虫食いまで、生きた姿を再現すると言う。毎年のように買い集めている、都内で働く岩國早苗さんは「植物のエネルギーをそのまま写し取っていて、つけると元気をもらえる」と話す。

米国の思想家、エマーソンは雑草を「その価値をまだ知られていないもの」と言った。日本では古くから利用価値を見いだし、料理に薬にと暮らしに生かしてきた。時代は変わり自然から少し遠くなった今、存在そのものにも価値を見いだし始めているようだ。

高倉万紀子

鈴木健撮影

[NIKKEI The STYLE 2021年3月14日付]

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