子どもにも多い新型コロナ後遺症、今わかっていることは
ナショナル ジオグラフィック

コロナ禍前、米国ノースカロライナ州ダラスに住む11歳の少女ウェンズデイ・リンチさんは、競技チアリーディングに夢中だった。チームに所属し、側方宙返りや後方宙返りも上達した。友達と遊んだり、自転車で近所を走ったりするのも大好きだった。
すべてが一変したのは2020年9月のことだった。体育館でリモート授業を受けていたとき、他の児童と密にならないようにしていたにもかかわらず、新型コロナウイルスに感染してしまったのだ。母親のメリッサ・リンチさんは、「室内にいたある児童が、自分が感染しているとは知らずに参加していたのです」と振り返る。まもなくウェンズデイさんは検査で陽性と判定された。
ウェンズデイさんには、倦怠感、血中酸素濃度の低下、嗅覚障害など、新型コロナ感染症の典型的な症状がいくつも現れた。メリッサさんは自宅で娘を看病した。数週間後、医師からは、通常の活動を再開させてよいと言われた。
だがもう10カ月もたつのに、ウェンズデイさんはまだ元の活動を再開できていない。メリッサさんの言葉を借りると、数週間ごとに「病気の波」がきて、3日間から1週間は倦怠感で座っているのもやっとだといい、動悸や頭痛が続くほか、発熱することもあるという。最近では発作も起こした。
メリッサさんは娘をあちこちの病院に連れて行ったが、まったくの徒労に終わることもあった。ある医師は、ウイルスがウェンズデイさんの心臓に損傷を与えたのではないかと考えたが、心臓専門医は何も異常はないと主張した。
ウェンズデイさんは現在、ノースカロライナ大学チャペルヒル校医学部の「新型コロナ回復クリニック」で診察を受けているが、治療はほとんど提供されていない。「治療法がないというのはもどかしいですね。ある先生には、『皆が森の中で迷っているような状況です』と説明されました」とメリッサさんは言う。
医師たちは、大人の新型コロナ後遺症以上に、子どもの後遺症について戸惑い始めている。「ロングコービッド(long COVID)」と呼ばれる新型コロナ後遺症は、感染からかなりの時間が経過しても残るさまざまな症状であり、患者は疲労感、呼吸困難、動悸、頭痛、筋肉痛や関節痛、発熱、めまい、頭の中に霧がかかったようにぼうっとする「ブレインフォグ」などを訴える。
大人の場合と同様、子どもの新型コロナ後遺症は、感染して中等症以上になった場合だけでなく、軽症や無症状だった場合にも見られる。なお、新型コロナ後遺症は、小児多系統炎症性症候群(MIS-C)とは異なる。MIS-Cは、新型コロナ感染後にまれに起こる深刻な全身性の炎症で、全米で約4000人の子どもがかかり、36人が死亡しているが、大半の専門家は後遺症は別の疾患だと考えている。
新型コロナ後遺症を患う子どもの割合は?
ウェンズデイさんのように後遺症に苦しむ子どもの正確な数はわからない。しかし、いくつかの小規模な研究から、相当な人数にのぼるのではないかと考えられている。
イタリア、ローマの研究者が、新型コロナ検査で陽性と判明してから30日以上経過した129人の子ども(平均年齢11歳)を追跡調査したところ、その半数以上に少なくとも1つの症状が残っていた。また、120日以上経過した子どものうち14人(全体の1割以上)が、3つ以上の症状に悩まされていた。論文は4月9日付けで医学誌「Acta Paediatrica」に掲載された。
また、オーストラリアの研究者が新型コロナ陽性となった171人の幼児(中央値は3歳)を追跡調査したところ、8%が2カ月後まで主に咳や疲労感などの後遺症の症状を示していたことがわかった。ただしこの研究では、6カ月後までには全員が回復していた。論文は4月20日付けで医学誌「The Lancet Child & Adolescent Health」に掲載された。
オランダの研究者が小児科のある国内の病院を対象に調査を行ったところ、57の病院で計89人の子どもに12週間以上続く新型コロナ後遺症が見られることがわかった。論文は6月8日付けで医学誌「Pediatric Pulmonology」に掲載された。
著者の一人であるアムステルダム大学医療センターの小児呼吸器科医キャロライン・ブラッケル氏によると、そのうちの36%で「強い倦怠感、集中力の低下、呼吸困難などにより、日常生活に深刻な制限を受ける」ほど重い症状が見られたという。
こうした問題を受け、英国の国民医療制度(NHS)は1億ポンド(約150億円)の予算を投じ、全国に子どものための治療センターを設立するほか、新型コロナ後遺症の治療について小児科医に研修を行うと発表した。
今のところ、米国での小児の後遺症の発生頻度に関する研究はまだない。米ボストン小児病院の小児感染症臨床医アリシア・ジョンストン氏は、その理由として、コロナ禍の当初は、入院や死亡する可能性の高い高齢者に注目が集まっていたことを挙げる。「当時は子どもに深刻な影響はないと考えられていましたが、今は子どもでも症状が長引く場合があることがわかっています」
米国ではこれまでに400万人以上の青少年が新型コロナ検査で陽性と判明し、全症例の14%を占めていることから、子どもや家族、学校、社会にとって、後遺症が大きな問題となることは明らかだ(ここ数週間の子どもの感染者数は、大人と同様に際立って減少してきているものの、6月第4週には1万4500人の子どもが陽性となった)。
「子どもの病気をでっち上げている」
詳細な研究も納得のいく答えもない中、後遺症に苦しむ子どもの親たちが、経験を共有するために連帯し始めている。
英国ドーセット州のサミー・マクファーランドさんは、15歳の娘のキティーさんのためにようやく診察の予約が取れたと思ったら、診察室の全員から娘の訴えを否定されたことに憤りを感じていた。活発な少女だったキティーさんは、新型コロナとの闘いの後、座ったり食事をしたりするのもやっとという状態になってしまっていた。ある看護師からは、キティーさんの症状は不安から来るものなので「ロックダウン(都市封鎖)が終われば良くなる」と言われたという。
サミーさん自身も娘と同じような症状に悩まされ、ソファーから起き上がるのも辛いような状態だったが、何とかしなければならないと感じた。2020年10月末、彼女はフェイスブックに、新型コロナ後遺症に苦しむ子をもつ親どうしの交流グループ「Long Covid Kids」を立ち上げたところ、メンバーは3000人を超えた。5月には、このグループから米国のメンバーが独立して「Long Covid Kids USA」を立ち上げ、メリッサ・リンチさんが代表になった。
マクファーランドさんによると、親たちは、医学界の多くの人から疎まれていると感じており、「子どもの病気をでっち上げている」「でしゃばりだ」などと批判されることもあるという。「お互いの存在がなければ、孤立無援だったでしょう」。キティーさんの状態はここ数カ月で改善したが、元に戻ったわけではない。
グループは、問題への注意喚起のため、匿名のオンラインアンケートを実施した。イタリアと英国の科学者がその結果を分析し、査読前論文を公開するサイト「Preprints.org」に3月9日付けで発表した。
論文によると、アンケートには症状が4週間以上続く子どもをもつ親が回答し、過半数の子どもが、感染してから数カ月後もまだ4つ以上の症状に悩まされていた。半数の症例では、症状が消えたり再発したりを繰り返していた。510人の子どものうち、活動が以前の水準に戻ったのはわずか10%だった。
このアンケートは英国の「Long Covid Kids」を通じて実施されたオンラインのアンケートであり、調査対象には偏りがある。また、解答者には調査により協力的な傾向もあるだろう。とはいえ、「親たちは恐怖を感じ、いらだっています」とボストン小児病院のジョンストン氏は言う。「子どもが楽になるためなら何でもしてあげたいと願っているのです」
医師の目に映りにくい
子どもと大人の両方にとって問題なのは、新型コロナ後遺症はたいてい医師の目に映らないという点だ。「ほとんどの検査結果が正常なのです」と、米国マイアミにあるニクラウス小児病院のマルコス・メストレ最高医療責任者(CMO)は話す。例えば、倦怠感、ブレインフォグ、めまいなどの一般的な症状は、血液検査や画像診断の結果には現れない。このことは、一部の医師が親たちの反応を「大げさ」と批判する理由の1つになっている。
幼児の体に何が起きているかを理解するのは特に困難だと、小児感染症専門医のカルロス・オリベイラ氏は言う。氏は米エール大学医学部とエール・ニューヘイブン小児病院が共同で運営する新しい小児科プログラム「新型コロナ後遺症包括ケアプログラム」に参加している。
「思春期の子どもなら、頭痛や息苦しさなどの症状を言葉で伝えられますが、多くの幼児にはそれができません」とオリベイラ氏は話す。幼児の場合は倦怠感でさえ気付きにくい。子どもを寝かしつけようとした経験のある人なら誰でも知っているように、疲れきった幼児は、うとうとするどころか過度に活動的になることが多いからだ。
新型コロナの後遺症が生じる理由は、専門家にもまだわからない。不活化されたウイルスたんぱく質が慢性的な炎症を引き起こすという説や、少量の生きたウイルスが残っているという説、あるいは新型コロナに感染、特に重症化したときの身体的なストレスで体が傷ついているのではないかという説などがある。
子どもの新型コロナ後遺症の原因としくみを解明するため、米国立衛生研究所(NIH)は「CARING for Children with COVID」という新しい研究プロジェクトを開始すると3月に発表した。研究の多くはMIS-Cの原因と治療法の解明を目的としているが、小児科の専門家は、新型コロナ後遺症への洞察も得られるだろうと期待している。
現在の治療法
手がかりが少ない中、医師たちは、他の感染症の後遺症にヒントを求めている。伝染性単核球症やライム病などから回復した子どもは、しばしば何カ月も後遺症に悩まされることが知られている。
これは主に、原因を理解するというより、症状を最小限に抑えるためだ。「治癒法はありません。しかし、症状の負担を早く軽減できれば、長期的には子どものためになります。倦怠感のせいで1年間も勉強ができなくなるようなことは避けたいですから」とオリベイラ氏は言う。
ジョンストン氏は、「症状を好転させる即効性のある薬があればいいのですが、一般的には、複数の医療関係者から多くの支援を受ける必要があります」と話す。例えば、子どもが体の痛みを訴えている場合、ボストン小児病院の医師は、薬を処方するだけでなく、認知行動療法やマインドフルネス瞑想を追加して、増幅された痛みを和らげることもあるという。
いくつかの小児病院や大規模な医療センターでは、小児神経科医、消化器科医、循環器科医、理学療法士など、さまざまな専門家が連携して治療にあたるクリニックが開設されはじめている。
このようなセンターを利用できない場合でも、複数の専門家によるアプローチが必要だとメストレ氏は言う。「小児科医が司令塔となり、必要に応じてほかの専門家を巻き込んでいくのです」
ジョンストン氏は、時間の経過とともに症状が軽くなる場合があることを心得ておく必要があると言う。「他の炎症性疾患の後遺症では症状が何カ月も続くことがよくありますが、子どもはその後、回復します」
子どもがまだ新型コロナに感染していないなら、親はできる限りのことをして感染を防ぐべきだ。「新型コロナ後遺症を防ぐ最善の方法は、新型コロナに感染しないようにすることです」とオリベイラ氏は言う。
ワクチンの接種対象になる前の幼い子どもは、両親や周囲の人が接種を受けることで、ある程度は保護されるとオリベイラ氏は言う。そして大人は、子どもにマスクを着用させ、感染リスクの高い環境ではソーシャルディスタンスをとらせるなどの安全対策も講じる必要がある。
米国では現在、12歳以上の人がワクチン接種を受けられる。メストレ氏は、できるだけ早く接種を受けるべきだと言う。「『子どもは新型コロナでは死なない』と言う親もいますが、死ななければいいというものではありません。子どもにワクチン接種を受けさせることのリスクと恩恵を比べる際には、長期にわたって後遺症に苦しむ可能性も含め、あらゆることを考慮する必要があります」
ウェンズデイ・リンチさんは先日ワクチン接種を受け、家族は彼女が再感染することはおそらくないだろうと胸をなでおろしている。母親のメリッサさんはこの夏に予定していた活動をすべて取りやめ、娘が十分に休養をとりながら新型コロナクリニックで必要な治療を受けられるようにした。秋に新学年が始まる頃には、娘が以前のように元気になり、再び側方宙返りをすることを願っている。
文=MERYL DAVIDS LANDAU/訳=三枝小夜子 (ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2021年7月2日公開)
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