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木の匂い残る机が身近に 若者とデジタルが変える林業

NIKKEI The STYLE

利賀村にある短期滞在別荘の「まれびとの家」は現代版合掌造りだ(富山県南砺市)

林業に新芽が育ちつつある。林業といえば山中の危険な作業を思い浮かべるが、若い樵(きこり)たちがチェーンソーを片手に間伐に挑み、デジタル技術が木材利用の可能性を広げる。温暖化ガスを吸収する森が元気になれば、脱炭素化実現にも追い風になる。活気が出てきた日本の森をのぞいてみた。

デジタル技術で木に挑む

富山県の利賀(とが)村(南砺市)は今年、ひときわ深い雪に閉ざされた。かつて演劇による地域おこしで注目を集めた秘境の村は、世界遺産の合掌造りで知られる五箇山の豪雪地にある。ここに林業再生の可能性を秘めた建物が完成したと聞き晩秋、谷あいの道を進んだ。

「まれびとの家」室内には、木を井桁状に組んだ幾何学的な空間が広がる。合掌造りを参考に、屋根が壁を兼ねる構造にした

集落の外れに、短期滞在別荘の「まれびとの家」(表紙写真)はひっそりと建っていた。ピラミッドのような鋭角の三角形の屋根が印象的だ。室内は木組みの幾何学空間が広がる。「利賀の資源と最新テクノロジーとが生み出した現代版合掌造りです」。設計した建築家、秋吉浩気さんが説明する。

林業を生業とした利賀村は、今は過疎化が進んでいる。多くの山村と同じ道をたどったが、「利賀には豊富な木材が今もあり、何より合掌造りに代表される建築の伝統が残る。新しい技術を組み合わせれば、林業の復活の道筋がつかめるはず」と可能性を見いだした。持ち込んだのはデジタルデータを使ったモノづくり「デジタルファブリケーション」の技。コンピューターで部材を設計し、NC工作機が設計通りに素材を切り出す技術で、金属などの加工でよく使う。伝統の大工道具を現代のデジタル技術に持ち替え、木に挑んだ。

木材はすべて地元産。サイズや形状が合わず、既存の流通から外れた木材も使った。雪の重みに耐える合掌造りを参考に約1000の部材を設計。地元の木工所に3D製材機を置いた。資金はクラウドファンディングで集め、村の人も参加し20年6月に棟上げした。

林業衰退の理由の1つは、大量消費とともに生産と消費の場所が遠く離れ、複雑になった流通が見えなくなったことにある。今回は木を切り、製材し、部材に加工して組み立てるまで、一連の作業がわずか半径10キロほどの圏内で完結する「小さな林業」を試みた。

まれびとの家は雪が解ければ営業を再開する。管理するのは近所の上田明美さん。「山菜や特産の豆腐などを使った山里の料理をお出ししたいと思っています」。1つの建物の誕生が山村の生活と林業に新たな流れを生み出す。

デジタルのモノづくりは疎遠になった生産と消費を直接結びつけ、新たな木材需要を生むきっかけにもなる。

松本恒太朗さんは在宅勤務が始まり、自分仕様の木製スタンディングデスクを発注した。デザインはオンラインで打ち合わせた

東京都内の大手電機メーカーに勤務する松本恒太朗さんは20年3月に在宅勤務が始まったのを機に、秋吉さんが経営するVUILD(川崎市)が提供するEMARFという仕組みを使い、自分の身長に合うスタンディングデスクを発注した。

都内の1LDK暮らしなので机はコンパクトな組み立て式がいい。カップを置くスペースを確保したい。「そして何より、早く手に入れたかった」

デザインはスタッフと「(ウェブ会議システムの)Zoomで相談して決めた」。加工を請け負ったのはオンラインでつながる高知県内の製材所。発注から1週間で、自宅に木の匂いが残る机の部材が送られてきた。「費用は1万円ほど。こんなに簡単に自分仕様が作れるとは。木の加工を身近に感じた」

デジタル化になじみにくかった木材の世界でも、川下と川上が直接つながる時代がすぐそこまで来ている。

東京・渋谷の「ミヤシタパーク」にあるオブジェは6本の曲がり木が絡み合う複雑な構造。製作には3DスキャンとARの技術を使った

20年8月、東京・渋谷の商業施設「ミヤシタパーク」に登場したオブジェも木材加工の新しい可能性を示す。飛驒の山中から切り出した6本の木が絡み合う複雑な形状。重量があり一本一本形の違う広葉樹の曲がり木は思い通りに加工するのが難しい。それを可能にしたのは3DスキャンとAR(拡張現実)の技術だ。木材の有効利用に取り組む「飛驒の森でクマは踊る」(ヒダクマ、岐阜県飛驒市)と建築家の浜田晶則さんが作り上げた。

こんな方法だ。1本200キロ前後の原木をロープで吊(つ)り、3Dスキャナーで読み取って立体データに変換。それをパソコンの中で回転させて設計図を仕上げる。ここまではデジタルでの作業だが、「本当に難しいのは木を設計図通り切断する正確さ」(浜田さん)。飛驒の製材の技とARの出番になる。

曲がり木はARゴーグルを着けた熟練の職人が加工した。ゴーグルの向こうには切断面を投影した仮想現実の映像(タブレット画面)が見えている

製材所で原木を前にチェーンソーを構える職人にARゴーグルを着けてもらった。視野の向こうに、木に投影された切断面が浮かび上がる。仮想現実の中で切り口を確認しながら現実の木材に慎重に刃を当てた。

加工が難しい広葉樹は切り出してもチップにしてバイオマス発電に回されることが多い。でも、「曲がった木には曲がったなりの独特の魅力がある。そんな木をうまく使う技術が普及すれば、木材利用の幅も広がる」とヒダクマの松本剛代表。山にはいびつで美しい宝がまだ豊富に眠っている。

植えて、切る 次世代の手へ

東京・檜原村の森に府中市の保育園児が集まり、苗木を植えた。東京チェンソーズの「東京美林倶楽部」の活動で、30年後には森が再生する

「30年後には、家族みんなで成長した木を見に帰ってきま~す」。20年11月初め、東京の西のはずれの檜原(ひのはら)村に子供たちの明るい声が響いた。山の中に勢ぞろいしたのは府中市の保育園児約20人。この日は東京チェンソーズ(檜原村)が主催する「東京美林倶楽部」の植樹イベントで、園児は山肌に杉の苗を丁寧に植え、元気に育てと声をかけた。

同社は「やり方次第で林業でも十分食っていける。自分たちで東京の森を変えよう」と2006年、地元の森林組合に勤務していた若手4人が起業した。社長の青木亮輔さんは当時29歳。社員が19人になった今も、平均年齢は40歳前後とこの世界では圧倒的に若い。

自治体などから請け負う間伐作業などで収入を安定させながら、木の根っこから樹皮まで何でも売る。最近のヒット商品は捨てるはずの枝や幹を加工した玩具。ガチャで1個500円で販売する。20年末にはトラックで運んだ間伐材のクリスマスツリーがアークヒルズ(東京・港)の広場を彩った。

14年に始めた美林倶楽部は「東京の美しい森を次の世代に伝える」(青木さん)狙いがある。所有する10ヘクタールの森を伐採し、苗木3本を植えてもらう。30年後には間伐材を机や椅子を作る材料にする。1口5万円で保育園を含め約300口の申し込みを集めた。

高齢化や後継者難で全国の林業従事者数は長期減少している。ところが、若手(35歳未満)の割合は平成以降、増加が続く。若い世代が林業に可能性を見出し、森の中の世代交代が進む。

16年に発足した「熱海キコリーズ」。メンバーは週末になると熱海市の市有林に入り、間伐作業に汗を流す

「ブルルルーン」。静岡県熱海市の森にエンジン音が響いた。熱海キコリーズ代表の能勢友歌さんがチェーンソーを木の根元に当てると、木くずが飛び散った。「テンション上げて」「了解~」。木に架けたロープを引っ張る渋谷美恵子さんが返す。格闘すること20分。樹齢40年の木がのけぞるように倒れた。ロープをかけて斜面を引き上げる。20代から60代のメンバーが掛け声を合わせ、市有林の間伐作業をこなした。

熱海市は面積の6割を森林が占める。キコリーズは林業の人材不足と放置林に悩む市が開いた研修会の修了者を中心に16年に発足し、20年春にNPO法人になった。メンバー21人の本業はウェブデザイナーや造園業など様々。週末限定で森に集う。能勢さんは東京から移住し全くの素人だったが、「楽しさに目覚めて今はどっぷり。森をひらき、熱海に新しい風を送りたい」。

地元の食材を使う仏料理店「ル・プルースト ミウラ」(熱海市)は木製のプレートをキコリーズに発注した

その風は、森の外にも達する。20年9月、仏料理店「ル・プルースト ミウラ」を高台に開店した三浦賢也さんはキコリーズの活動を知り、オリジナルの皿の製作を依頼した。届いたのはヒノキを輪切りにし、年輪や節の模様を生かした木製プレート。透明なガラス皿を上に乗せ、前菜やデザートを提供する。「店の食材は地元産が中心。それに熱海の木を組み合わせ、海と山の魅力を伝えたい」(三浦さん)

国内の森では戦後すぐ、需要増大を見込んだ大量造林が進められた。それから75年が経ち、植林の山は全国で伐採期を迎えている。伐採後は再植林の義務があるが、手間を嫌いそのまま放置されることも多い。そこにチャンスを見出す発想がある。

「木は切りません。植えるのが仕事です」。和歌山県田辺市の中川雅也さんは16年、家業のガソリンスタンドをやめ、林業ベンチャーを立ち上げた。

山の作業は事故と隣り合わせだが、植林だけなら危険は少ない。苗や必要資材はドローンで運ぶ。社員は自宅から現場に直行直帰。「仕事の進捗や個人の予定に合わせて自分で勤務計画を作り、出社の義務はない」(中川さん)。働き方改革も先行する会社には口づてで就職希望が相次ぎ、21年春は都会からの移住者を含め新卒5人を採用する。

紀州は「木の国」。田辺市から紀伊半島を東に向かう熊野古道は本宮を経て、伊勢に通じる。その古道が通る紀州尾鷲の森で江戸中期から林業を営む速水林業(三重県紀北町)を訪ねた。当主の速水亨さんは数えて9代目。1000ヘクタールを超える山林を管理する。

田辺市の林業ベンチャーは、紀州備長炭の原木になるドングリにを育てる

20年11月、ヒノキの大木を切り倒した。年輪を数えると樹齢は233年。速水家が林業に携わり始めたまさにそのころ根を下ろし、幾多の風雪に耐えた木だ。製材後は東京・銀座の飲食店の一枚板のカウンターや内装に使われる予定。木は形を変えて生き続ける。

速水林業は今も、300年後まで見据えた植林計画を立てているという。「法隆寺から改修材の注文が来ても、応えられるようにと思っています」と速水さん。木の命は人生100年とうそぶく人の寿命をはるかに超え、森は人間が排出する二酸化炭素を吸収し育つ。山を下りれば、脱炭素社会実現の掛け声がかまびすしいが、尾鷲の森は時が止まったように静まり返っていた。

田辺省二

山口朋秀撮影

[NIKKEI The STYLE 2021年1月31日付]

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