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資生堂の日用品事業売却、海外・高級に的定める

グロービス経営大学院教授が解説

資生堂の魚谷雅彦社長はグローバル路線を強く打ち出している

資⽣堂が「TSUBAKI」「uno(ウーノ)」などの⽇⽤品事業を外資系ファンドに売却する方針を固めたというニュースが流れました。この選択を決めた背景には何があるのでしょうか。グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「ブランド・マネジメント」の観点で解説します。

【解説ポイント】
・高価格帯市場で海外大手と競うために経営資源を集中
・強いブランドを築けば収益も高いレベルを狙える

ブランドは顧客との関係性

今回売却が発表されたのは、ドラッグストアやスーパーといった量販店向けに展開する低価格帯の日用品事業――ヘアケアの「TSUBAKI」、デオドラントなどの「SEA BREEZE」、男性⽤ブランド「uno」など――です。欧州系投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズに1500億円強で売却する方針ということです。株式市場はこのニュースを好感し、翌日の資生堂の株価は5~6%程度上がりました。

資生堂は低価格帯の事業を売却し、収益性を高める方針とみられる

そもそもブランドとは何でしょうか? ブランドは、単に企業名や商品名を指すものではありません。また、ルイ・ヴィトンやロレックスに代表される高級イメージの商品だけに関係するものでもありません。

ブランドとは、その企業の目指す方向性や「こうありたい」と思うありようを顧客に分かりやすい形で体現したものであり、顧客との絆、関係性とも言えます。また、特にBtoB(法人間取引)ビジネスにおいては、その企業の信用・信頼≒実績を如実に反映するものです。近年、特に企業ブランドは経営理念とかなりの部分が重なるもので、ブランド価値を高めることが経営上の課題として重要度も増しています。

良いブランドのもたらす効用は、下図のように多岐にわたります。特に化粧品のように、機能的な価値以上に情緒的価値や体験価値が重要なビジネスにおいては、良いブランドの意義はさらに高まります。良いブランドを構築するには資金と時間がかかりますが、崩壊するときは一瞬という怖さがあります。過去には原料表示や製造方法の不備で消費者の信頼を失って経営に行き詰まった食品メーカーの例もありました。

高級化粧品を軸に

資生堂の事業売却で注目されるのは、対象の日用品事業が2020年はコロナ禍に見舞われたものの、基本的には増収増益基調で(売上高も全社の10%弱)、インバウンド需要や中国・アジア展開も含めて、それなりに存在感を持っていたことです。同社は19年12月期決算で国内売上比率が40%弱と高く、それに対して中国が20%弱、アジア・パシフィックは6%程度、米国と欧州はそれぞれ10%程度です。

記事にもある通り、確かに日用品事業は売上高販管費率が高く、資生堂の中で収益性が低かったとはいえ、これから重要度を増すと考えられる中国やアジアの消費者に一定のプレゼンスを持つ製品群を手放すことは、せっかくの成長の種を放棄しているようにもみえます。「世界で勝てる日本発のビューティカンパニー」を掲げる資生堂が、これらを売却することは理にかなっているのでしょうか。

ここで注目されるのが、「魚谷(雅彦)社長はかねてより『資生堂は1000円以下の商品を手がける会社ではない』と言っていた」というアナリストの言葉です。資生堂は2015年に新5か年計画を立てました。そしてブランドとイノベーション重視、特に日本発の「SHISEIDO」を最大限に強化し、グローバルで戦う戦略を打ち出しました。2017年には東京本社内で英語の公用語化も行いました。それが奏功して、売上高を5年で1.6倍とし、かつて4%程度だった営業利益率も10%程度にまで高めてきました。魚谷社長にとって、やはり資生堂という会社は高級化粧品を軸にブランディングやイノベーションを進め、利益率も高める必要があるという考えが強いのでしょう。

高価格帯化粧品「SHISEIDO」の直営店イメージ

日本の消費者は「1000円以下」に違和感なし

一方で、ブランドの善悪を判断するのは消費者です。筆者がアンケートで「資生堂が1000円以下の商品を扱うことに違和感や抵抗感はあるか?」という質問を20代から40代の女性に対して行ったところ、「違和感や抵抗感がある」と答えた回答者はほとんどいませんでした。むしろ「手ごろな価格帯で品質のいいものを売ってくれているのでありがたい」「『クレ・ド・ポー ボーテ』などの高級ブランドはチャネル等が全く違うので気にならない」という意見が圧倒的多数でした。

日本人女性にとって、資生堂の日用品がドラッグストアなどで売られているのはもうおなじみになっており、ことさら資生堂のブランドイメージには影響していないようです。少なくとも日本においては、資生堂のブランドイメージは盤石であり(化粧品部門では長年首位)、日用品事業も、収益性の低さを別にすれば、資生堂ブランドに与える影響はそれほどなさそうです。

問題は海外かもしれません。海外では、化粧品は1位ロレアル、2位ユニリーバ、3位エスティローダーが全体的にもプレステージ市場でも強く、それぞれ複数の高級ブランドを持っています。4位のP&Gの「SK-Ⅱ」なども手ごわいライバルです。海外メーカーは企業ブランド以上に製品ブランドを前面に出す傾向が強いのですが、それらと戦ってブランドを確立することは容易ではありません。

コロナ禍で化粧品ブランドの生き残り競争は一段と激しくなっている(都内の販売風景)=ロイター

経営資源をプレステージ市場へ

資生堂も世界で5位と非常に善戦していますが、上位企業には企業規模などでやはり劣ります。業界の巨人であるロレアル、総合消費財メーカーであるユニリーバやP&Gはもちろんのこと、プレステージ市場専門のエスティローダーにも劣後しているのです。しかも彼らは今後成長が見込まれる中国・アジアのプレステージ市場での展開を急ピッチで進めています。資金力や知名度などで勝る彼らに対して、早期にプレゼンスを築くことはグローバル企業を目指す資生堂にとって非常に優先順位が高い課題といえるでしょう。

となると、限りある経営資源をプレステージ市場に投入するという判断は、間違っていないのかもしれません。すでに定着した日本はともかく、1つのブランドを海外で確立するのには非常に大きな投資や手間暇が必要です。日用品は、海外でも価格競争が厳しいですし、流通チャネルによっては「バッタ品」との戦いを強いられる場合もあります。伸び代はありそうですが、バラ色の未来というわけではないかもしれないのです。

縦に間延びした製品ラインで個々に戦うよりも、プレステージ市場に集中し、横展開する方が、従業員の意思統一も図りやすく、またチャネルやコミュニケーション手法などもコントロールしやすいという判断もありそうです。先述した通り、ブランドの構築には手間暇がかかりますが崩れるのは一瞬なので、さまざまなことがコントロールしやすいというのは非常に大切なのです。

日用品会社のブランド戦略も注目

では、買収した側のファンドの狙いは何でしょうか。記事によれば35%は資生堂が株式を保有するということなので、「SHISEIDO」ブランドをそのまま使える可能性はありますが、現時点では不明です。ただ、仮にそうでなくとも「TSUBAKI」などについては製品ブランドが十分に浸透しており(特に日本において)、十分に売れるという判断でしょう。「SEA BREEZE」などはもともと米ブリストル・マイヤーズスクイブから買収したブランドであり、資生堂の商品と知らない消費者も多いかもしれません。今後ファンドを主体とした新会社が、自社の経営理念や企業ブランドをどのように打ち出し、個々の商品群のブランド戦略をとるかも注目されます。

また、記事では資生堂は「株主として参画し、成⻑と発展に協⼒することを検討している」としており、研究開発やIT(情報技術)システムなど、どこまで深く関与するかも気になります。当然これまでは同じ資生堂の社内でシナジー≒範囲の経済性が効いていたと思われるからです。日用品事業に中途半端に関与し続けて経営資源を浪費するのでは意味がありませんが、関与が薄すぎて事業が下降線をたどってしまうのも、もともと資生堂の出身になる新会社の従業員の士気などを考えるとしのびないものがあります。資生堂とファンドの間でWin-Winの協力体制を構築できるか、注目される点です。

今回の事業売却の成否は10年後にならないと評価できないかもしれませんが、的を絞った事業ポートフォリオの再構築という意味で大胆な意思決定であることは間違いありません。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「ブランド・マネジメント」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/52c36a6d(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

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