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東京五輪・パラの開催、「くじけぬ心」を次世代に

第7回日経2020フォーラム

日本経済新聞社は2月19日、今夏に延期された東京五輪・パラリンピックの意義を考える「第7回日経2020フォーラム」を東京・大手町の日経ホールで開いた。「世界に伝えるTOKYOの挑戦」がテーマで、大会組織委員会の布村幸彦副事務総長とスペシャルオリンピックス日本理事長の有森裕子氏が講演。新型コロナウイルス下での開催形式などについてパネル討論も実施した。

生きる実感得る機会

東京五輪・パラリンピック大会組織委員会副事務総長 布村幸彦氏
布村幸彦氏

2月12日に森喜朗前会長が辞任し、18日に橋本聖子新会長が就任しました。組織委員会にも厳しい声を頂きました。組織一丸でジェンダー平等について見つめ直し、「多様性と調和」を含むビジョンを推進します。ジェンダー平等は東京五輪・パラリンピックの基本原則です。五輪では48.8%、パラでは40.5%の女性アスリートが参加する、最もジェンダーバランスの良い大会となります。

新型コロナウイルスは社会を大きく変貌させ、東京大会も変化しました。しかし私は東京大会はできると確信を持っています。希望の光は消えることなく、7月23日に国立競技場にともるでしょう。復興五輪の火も燃え続けています。2021年は東日本大震災から10年の節目です。聖火リレーは3月25日に福島県Jヴィレッジからスタートして、被災地の復興の様子を世界に伝えます。

私たちは延期後の大会を検討する中で華美な式典や過剰なサービスなど、いつの間にか思い込みとなっていた前例や既得権をそぎ落としています。その作業によって、平和の祭典として世界の人々をつなぎ、地球の未来を考える本来の五輪・パラの姿がよみがえるのではと思っています。

予算はそれでも増えます。20年末に発表した組織委の予算は7210億円で、前回(19年末発表)から910億円増えました。大会経費全体では、前回公表の1兆3500億円に、予備費の270億円や、コロナ対策などで追加で必要となる2670億円をあわせた1兆6440億円となっています。

コロナ下でのインバウンド(訪日外国人)減少で、当初期待していた経済効果を得ることは難しくなっています。しかし発想を転換すれば、世界で多くの大型スポーツイベントが中止に追い込まれていく一方、五輪・パラを開催できればその価値はより高まります。東京大会を成功できれば、新たなモデルを提示することができると思います。

コロナが猛威をふるうなか、今なぜ五輪・パラが必要なのでしょうか。現在の社会では人と手を握り合って感じる温かさ、共に涙を流し分かち合う悲しみ、そういった「生きる実感」を得る機会が制限されています。五輪・パラは「生きる実感」を得るかけがえのない機会になります。日本に目を転じましょう。コロナ下でも七転八倒しながら五輪・パラを東京で開催できれば、私たちは「くじけない心」を次の世代に伝えられるかもしれません。

コロナは私たちに新しい価値観をもたらしました。五輪・パラも参加人数や観客数、メダルの数だけを競う時代は終わりました。東京大会が目指すのはナンバーワンではなく、オンリーワンの五輪・パラです。選手も延期が決まってから様々な1年を過ごし、メダルや世界新記録を目指すだけでない、強い思いを秘めています。

組織委員会では、選手に負けないパフォーマンスを出せるよう最後まで全力をつくします。様々なご批判があることは承知の上で、東京大会成功のため、どうか皆さまの力を引き続き貸していただきたいです。スポーツには世界と未来を変える力がある。その思いで臨んでいきます。

ぬのむら・ゆきひこ 1955年、富山県生まれ。78年東京大法、文部省(現文部科学省)入省。スポーツ・青少年局長などを歴任。14年から現職。

ダイバーシティーが重要

スペシャルオリンピックス日本理事長 有森裕子氏
有森裕子氏

スペシャルオリンピックスとは、知的障害のある人たちにスポーツトレーニングと、その成果を発表できる競技会を提供する国際スポーツ組織です。米国発祥で、ケネディ元米大統領の妹のシュライバーさんが始めたデイキャンプが原型とも言われています。日本では組織化されて25年以上の歴史を持ちます。

ダイバーシティー(多様性)とインクルージョン(包摂性)を実践しようとしており、スペシャルオリンピックスを知っていただければスポーツへの理解も深まると考えています。

パラリンピックが身体障害者向けであるのに対し、スペシャルオリンピックスは知的障害者が対象です。地域の人やボランティアなど支える側の人も取り込み、競技だけでなく、知的障害のある方が直面する健康や教育、コミュニティーの問題と向き合って社会革新を促します。日本では現在、アスリートは8600人以上、ボランティアは1万人以上、全都道府県で活動しています。

スペシャルオリンピックスの競技会が五輪・パラと異なるのは、「ディビジョン」という最大8人の組み分けをする点です。この仕組みによって、全員が入賞して表彰を受けることができます。彼らがスポーツで生き生きと示したことをきちんと評価しようとするためです。

コロナ下では現場でできていたことが難しくなり、オンラインでの発信をはじめました。その一つが各自様々な場所からマラソンをし、皆で日本1周分の距離を走る「オンラインマラソン」です。アスリートからトレーニングを教わることもでき、思った以上に参加者の皆さまに楽しんでいただけました。アイデア一つでスポーツにできることはまだまだあると可能性を感じました。

日本は世界的に見ても、ジェンダーの問題があると聞きます。スポーツでは色々な人を取り込み発信できます。女性の問題もメッセージとして見せたり伝えたりできるのではないか。スポーツが社会的になせる役割をしっかり果たす必要があると思っています。

ありもり・ゆうこ 1966年岡山県生まれ。89年日本体育大卒、リクルートに入社。92年バルセロナ五輪女子マラソン銀メダル、96年アトランタ五輪同銅メダル。08年から現職。

2021年のTOKYO2020を考える

パネル討論
日経2020フォーラムで討論する出席者ら

パネル討論では「2021年のTOKYO2020を考える」をテーマに、有森裕子氏、日本パラリンピアンズ協会の田口亜希副会長、NTTコミュニケーションズの栗山浩樹副社長、日本スポーツボランティアネットワークの講師の竹沢正剛氏が討論した。司会は経済キャスターの小谷真生子氏が務めた。

小谷氏 組織委員会の森会長が辞任するなど混乱が広がっている。東京大会の現状をどう見ますか。

有森氏 アスリートの立場から考えると「大会があってほしい」という思いと「安心・安全を押しのけてまでやらなくていいのではないか」という思いで揺れていると思う。大会ありきで議論が進んでいるが、中止の条件をあげてそれを回避するためにどうすべきか考えるべきだ。

日本パラリンピアンズ協会の田口亜希副会長

田口氏 医療従事者の方のことなどを考えると、やりたいと言ってよいのかという葛藤はある。競技団体としては、国際大会に選手を派遣する時や国内大会を開催する時にどう安全を確保するかに知恵を絞っている。

栗山氏 新しい会長や大臣が決まりリスタートだと思っている。延期が決まってから本当に開催されるのか不安が広がっていたが、ようやく光が見えてきた。経済界としては成功に向けて準備を進めていきたい。

小谷氏 クラスター対策が求められますが、ワクチン接種については。

NTTコミュニケーションズの栗山浩樹副社長

栗山氏 政府が音頭を取って供給量の確保や分配を進め、高齢者や医療関係者にワクチンが行き渡り始めている。7月までにどれだけの一般の人やアスリートが接種できるかが一つのメルクマールになる。

田口氏 パラリンピアンは疾患のある選手もいるので、ワクチンで何か弊害が起きるのではという心配がある。体調を管理しながら、専門家と話して判断をする必要がある。

竹沢氏 今の状況でボランティアに対して「ワクチンを必ず接種しなさい」とは言えないと思う。例えば2週間前から行動履歴を残す、過去1カ月の体温を記録するといった対策は考えられるだろう。

日本スポーツボランティアネットワーク講師の竹沢正剛氏

小谷氏 スポーツ界ではオンラインを活用する事例が出てきました。

田口氏 射撃ではオンラインの活用が進んでいる。10メートル、50メートルといった射撃の距離を取ることが難しい場合に、10メートルと仮定すると何点なのか、どの程度の反動があるのかを分析する装置がある。それぞれが家や射撃場で装置を使って点数を出して競い合った。

栗山氏 超高精細の映像と音声の技術を使って、オンラインでスポーツを楽しめるのではないかと思う。現在は米大リーグで実験している。東京大会でもテレビとは違う形で提案できないか考えている。

小谷真生子キャスター

小谷氏 ダイバーシティーやインクルージョンがひとつのテーマになっています。

竹沢氏 共創社会、共生社会では、互いに知り合って困っている人を手助けしたり、困っていると声を上げやすい環境をつくることが重要だ。「何かお困りのことはありませんか」と声をかけられるようにするのに、スポーツボランティアはいい入り口になる。

有森氏 SDGs(持続可能な開発目標)は何年も前に掲げられているが、社会ではなかなか進んでいない。スポーツの中で取り上げて、アスリートがメッセンジャーとなる必要がある。東京大会はSDGsオリンピックと呼ばれるぐらいにやっていく。

◇   ◇   ◇

<シンポジウムを終えて>

日本経済新聞が2月末に実施した世論調査では、新型コロナウイルスの影響で今夏の東京五輪・パラリンピックが中止か延期になっても「やむを得ない」とする回答は計63%に上り、通常通りのフルスタジアムでの開催を望む意見はわずか3%だった。いまさらながら大会は根本的な問いを突き付けられている。「なぜ五輪・パラリンピックを開催するのか」

海外から大勢の観戦客が訪れる祭典は望めなくなった。大会組織委の布村副事務総長も認めるように、当初期待されていたビッグイベントの経済効果を得ることは難しくなっている。それでも総額1兆6440億円の経費をかけて五輪・パラリンピックを開催する目的とは?

それは結局どんなレガシー(遺産)を残せるかに尽きるのだが、布村副事務総長の講演を聞いても、現時点ではイメージしにくい抽象的な理想論ばかりの印象は否めない。

「生きる実感を得るためにかけがいのない機会」「くじけない心を次の世代に残す」

こうした価値をわれわれが理解できるとしたら、今夏の東京で世界のアスリートたちの躍動を目の当たりにできた時だろう。有森氏は「スポーツは(応援する側にも)自分の存在意義を感じさせてくれる」と訴えた。そんなスポーツの力に期待したい。

(編集委員 北川和徳)

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