/

出光の超小型EV参入、脱炭素市場へ先手必勝狙う

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

出光とタジマモーターコーポレーションが開発中の車両

世界的に脱炭素の動きが加速する中、石油元売り大手(原油を精製して石油製品として販売する企業)がガソリンが売れなくなる将来に備えて新たな戦略を打ち出しています。先日、出光興産は超小型電気自動車(EV)の事業に参入すると発表しました。外部のメーカーと組んで超小型EVを製造し、給油所でカーシェアや販売を行うというものです。出光興産が超小型EV市場への参入を決めた理由について、グロービス経営大学院の金子浩明教授が「SWOT分析」の観点から解説します。

【解説ポイント】
・超小型EVは日本で軽自動車の代替として有望
・ダイナミック・ケイパビリティ(自己変革能力)が勝負のカギに

SWOT分析とは、外部環境や内部環境を強み (Strengths)、弱み (Weaknesses)、機会 (Opportunities)、脅威 (Threats) の4つの観点で分析し、それをもとに経営戦略を策定する手法です。出光の超小型EV事業の可能性をSWOT分析で検証します。

事業機会 (Opportunities)は高齢化や道路事情に

昨今の政治的な動きはEVにとって追い風です。2020年から温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」が実行フェーズに移り、アメリカではバイデン政権の誕生によりパリ協定への復帰が決定的となりました。日本でも菅首相が50年に「カーボンニュートラル」(温暖化ガスの実質排出ゼロ)を目指すと宣言しています。達成するためには、従来のガソリン車やディーゼル車はEVやFCV(燃料電池車)に置き換わっていくことになるでしょう。

日本の温暖化ガスの9割以上が二酸化炭素(CO2)で、そのうちの2割弱が自動車によるものです。自動車がガソリンを燃やさなくなれば、CO2は2割削減できる計算になります。しかし、日本では電力の7割以上が石炭などの化石燃料から作られているので、EV化によるCO2削減効果は限定的です。そのため、EVの普及とエネルギーミックスの変更(再生可能エネルギーや原子力の割合を増やす)はセットで行われる必要があります。こうした背景もあり、経済産業省は20年末に「2030年以降」を見据えた電動車の普及策に関する議論を本格的に始めました。

軽自動車や超小型車について、日本市場では強いニーズが見込めます。その理由は、日本固有の道路事情と高齢化です。日本の道路の84.7%が道幅平均3.9mの市町村道なので、普通車(5ナンバーは車幅1.7m以内)は対向車のすれ違いに苦労します。軽自動車は車幅が1.48m以下なので、その点で扱いやすいです。

軽自動車は地方都市などで住民の足になっている(佐賀市内)

こうした国内事情もあり、国内の軽自動車の保有台数は3000万台を超えています。普通乗用車と軽自動車を合計すると、全体の4割が軽自動車です。現在は軽自動車のユーザーの40%が60代以上となっています。日本では高齢化が進み、40年には65歳以上の人口が4000万人になるので、高齢者の近距離移動ニーズに応えるモビリティとして市場機会が見込めます。

国土交通省は道路運送車両法施行規則等の一部改正を行い、超小型モビリティによる公道での走行を許可しました。大きさは軽自動車より小さく原付き二輪より大きいサイズ(長さ2.5m、幅1.3m、高さ2mを超えない)で、最高時速60km以下、高速自動車国道等を運行しないものです。出光が開発しているEVはこれに該当します。

経産省や国交省の動きは、中長期的に超小型EVの普及を後押しするものと解釈できます。出光にとっては超小型EV事業に参入するチャンスと言えるでしょう。

脅威(Threats)は自動車大手や中国メーカー

最も大きな脅威は、競合の存在です。国内に目を向けると、自動車メーカーのトヨタは既に昨年から超小型EVを自治体に向けて限定的に発売し、22年には個人向けの販売も開始する予定です。出光が21年中に市場参入を目指す理由は、トヨタを意識しているのかもしれません。価格は165万〜171.6万円と軽自動車の平均よりやや高い設定です。なお、国内ではトヨタの他に複数のメーカーが超小型EV参入を表明していますが、自動車メーカー以外の異業種も多いです。

海外に目を向けると、中国メーカーの躍進が目につきます。中国では20年7月に現地のメーカーが発売した小型EVが人気を博し、20年末までに12万7651台を売り上げました。サイズは日本の軽とほぼ同じで、最高時速は100キロ、価格は45万円からでトヨタ車の4分の1です。

以上のことから、超小型EV市場は普通乗用車に比べると技術面や資本面での参入障壁が低く、2030年前後に市場が拡大したころには、メーカー間の競争が激化している可能性があります。

強み (Strengths)は給油所と会員網

出光の最大の強みは、全国約6400カ所で展開する給油所と、360万人を超える自社カード会員という資産です。給油所をEVの販売やカーシェアリングに転用することができれば、ゼロから拠点を開拓する必要がありません。また、360万人のカード会員を通じて、自社のEVやシェアリングサービスを宣伝することも可能です。

これに加えて、出光には機能性化学品の開発・製造能力を持つ石油化学メーカーの側面があることも強みです。超小型EVの車体には自社で開発した高機能プラスチックを採用する予定です。

弱み (Weaknesses)は経験不足や価格競争力

出光の弱みは、EVの設計や生産を外部に委託できたとしても、販売は給油所で行うことになります。しかし、給油所のスタッフには車の販売のノウハウがありません。ただし、カーシェアリングサービスの場合は、車の販売ほどの接客ノウハウは不要でしょう。その場合は給油所のロケーションが気になります。給油所は幹線道路沿いの通行量が多い場所に立地していることが多いですが、カーシェアリングの拠点として適切とは思えません。住宅地の中にあったほうが、ユーザーの利便性は高いはずです。

出光は量産自動車の商品企画、設計、生産、販売の経験がないので、EVの競争力にも懸念があります。先ほどの分析で、国内の超小型EV市場は参入障壁が低く、競争が激化する可能性があると指摘しました。そうした競争環境下で、トヨタのような老舗自動車メーカーはこれまで培ってきた技術やノウハウを生かして、高価格帯で勝負することが可能です。一方、中国メーカーは低価格を武器に勝負してくるでしょう。これに対して出光のEVはトヨタのハイエンド路線も、中華系の低価格路線でも現時点では勝つことが難しそうにみえます。

いち早い参入でノウハウ高まる

SWOT分析をもとに解釈すると、次のようなことが言えます。

・将来的に市場の成長性が期待できるものの、普通車に比べて超小型EVは参入障壁が低く、競争が激化する可能性。 各EVメーカーの収益性は低くなるかも。
・給油所は貴重な資産だが、EVの販売拠点やカーシェアリングの拠点に転用するのは簡単ではなさそう。自動車販売の接客スキルやカーシェアリングに適した拠点の整備が必要ではないか。
・自動車の商品企画、設計、製造のノウハウが無いので、競争力のある商品を生み出せるかは未知数。ノウハウや技術力を持っている自動車メーカーが有利ではないか。

以上の状況から、出光が勝つのは厳しい市場のように思えます。しかし、私は出光に期待しています。その理由は、この段階での参入を表明しているからです。いち早く参入することで、この市場について多くのことを学習できます。

ダイナミック・ケイパビリティで活路

今回の事例のように、企業が急激な環境変化に対応するためには、しなやかな自己変革能力が必要です。こうした自己変革能力のことを「ダイナミック・ケイパビリティ」と言います。

ダイナミック・ケイパビリティとは、「企業が技術・市場変化に対応するために、その基盤となる資源の形成・再形成・配置・再配置を実現する能力」(経営学者のデビッド・ティース)です。決してゼロから新しいものを作り上げる能力ではありません。事業機会を感知し、その機会を捉えたうえで、過去に競争優位をもたらしてきた知識やノウハウ、習慣、資産などを環境に合わせて再配置し、再構成する能力です。必要あれば外部のノウハウや資産も積極的に導入します。

出光の超小型EVの戦略は、環境変化から事業機会を感知して、外部と協業して事業化を進めているように見えます。とはいえ、乗り越えねばならない課題は多いです。ダイナミック・ケイパビリティに基づく戦略を徹底することで、新事業を成功に導いてほしいと思います。

かねこ・ひろあき
グロービス経営大学院教授。東京理科大学院修了。リンクアンドモチベーションを経て05年グロービスに入社。コンサルティング部門を経て、カリキュラム開発、教員の採用・育成を担当。現在、科学技術振興機構(JST)プログラムマネジャー育成・活躍推進プログラム事業推進委員、信州大学学術研究・産学官連携推進機構信州OPERAアドバイザー。

「SWOT分析」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/ee1de01d(グロービス学び放題のサイトに飛びます)

ビジネススキルをもっと学びたい方はこちら

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経産業新聞をPC・スマホで!初回1カ月無料体験実施中

 スタートアップに関する連載や、業種別の最新動向をまとめ読みできる「日経産業新聞」が、PC・スマホ・タブレット全てのデバイスから閲覧できます。直近30日分の紙面イメージを閲覧でき、横書きのテキストに切り替えて読むこともできます。初めての方は1カ月無料体験を実施中です。

日経産業新聞をPC・スマホで!初回1カ月無料体験実施中

 スタートアップに関する連載や、業種別の最新動向をまとめ読みできる「日経産業新聞」が、PC・スマホ・タブレット全てのデバイスから閲覧できます。直近30日分の紙面イメージを閲覧でき、横書きのテキストに切り替えて読むこともできます。初めての方は1カ月無料体験を実施中です。

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン