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三菱UFJ銀行が新卒1000万円、組織文化を変えられるか

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

(更新)
三菱UFJ銀行本店(東京・丸の内)

三菱UFJ銀行が、新卒から1000万円の年収を得られるような新しい人事制度を導入すると発表しました。今回の取り組みが成功するための要件について、グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「組織行動学」の観点で解説します。キーワードは動機づけ理論です。下の動画でも、分かりやすく解説しています。

デジタル人材など狙う

三菱UFJ銀行は、人気ドラマの主人公と同姓の半沢淳一氏が4月から頭取となることでも話題を呼びました(余談ですが、半沢氏は筆者と学部は違うものの、同窓同学年である種の感慨を感じます)。同行は新たにデジタル領域を扱う新部門を創設するなど、フィンテックやデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みを加速しています。特に国内リテール網の低収益を解決すべく、デジタル活用でリアル店舗に変わるサービス開発なども推進するとしています。今回の人事制度改編の裏にも、そうした事情が見て取れます。

日本の銀行は従来、若手行員はほぼ横並びの評価報酬制度が一般的でした。総合職の場合、通常は支店からキャリアをスタートし、そこで結果を出した人間がどんどんふるいにかけられながら出世していきます。30代ともなればそれなりに差がつきますが、20代はいわば修業期間で、報酬の差は大きくありませんでした。

そうした業界において、今回の新卒1000万円はなかなかのインパクトです。それだけ希少な人材の獲得競争が激化していると言えるでしょう。記事にもあるように、例えばデジタル人材であれば、グーグルやフェイスブックとの採用競争になります。日本の経済成長がアメリカなどに後れを取ったこともあり、グローバルレベルでみるといまや日本人の給与はかなり安くなっています。「優秀なIT(情報技術)系人材を米GAFA(テック大手4社の略称)やマイクロソフトが奪っていく」という話は実際によく聞きます。デジタルを使った新事業開発やDXが銀行生き残りの重要な課題となる中、新組織の立ち上げや、人事制度の改変は待ったなしという判断だったと思われます。

4月1日付で三菱UFJ銀の頭取に昇格する半沢淳一取締役常務執行役員(東京都千代田区)

カギは採用後のモチベーション

この報酬制度により、学生の中でも最優秀層が来るかどうかは分かりませんが、ある程度の人材確保はできるでしょう。ただ、人材は採用して終わりではありません。モチベーション高く働いて結果を出してもらうとともに、せっかくスキルアップした人材をリテンション(離職抑止)することも重要な課題となってきます。おそらく、今回の制度のカギはその部分になりそうです。

まずモチベーションから見てみましょう。ここではいくつかの代表的な動機づけ理論について説明します。

・マズローの欲求5段階説
アブラハム・マズローは、人間の欲求を図に示した5段階に分類し、低次元の欲求が満たされれば、さらに高次の欲求を満たすべく行動すると考えます。古典的なモデルですが、今でも通じる部分が大です。

この理論では、人間はあるレベルになると、承認欲求(人から認められたい、強い自己肯定感を持ちたいという欲求)や自己実現欲求(自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、なすべきことを成し遂げたいという欲求)によって強く動機づけられるようになると考えます。

・期待-価値理論
これはアラン・ウィグフィールドによって提唱された理論です。以下の4つの要素が、課題に取り組む人々の姿勢を決めると考えました。
内発的価値:その課題に取り組むことが楽しいか
実用的価値:その課題に取り組むことが役に立つか
達成価値:その課題に取り組むことが自己実現につながるか
コスト:その課題に取り組むコスト(必要な努力や機会費用などを含む)の大きさはどのくらいか

この理論に基づくと「コストが小さく、楽しめて役に立ち、自己実現にもつながる課題」に対して人々は前向きになると考えられます。

・モチベーション3.0
著述家のダニエル・ピンク氏は著書「モチベーション3.0」において、これからのVUCA(不安定・不確実・複雑・曖昧)の時代、(機械やAIではなく)人間が高い付加価値を生み出さなくてはならない時代には、モチベーション3.0こそが必要と説きました。この理論は、心理学者のデシ氏とライアン氏らによって提唱された「自己決定理論」の延長にあります。自己決定理論とは、以下の3つの欲求を重視する理論です。
自身の「有能さ」を証明したいという欲求
周囲との「関係性」を良いものにしたいという欲求
自己の行動を「自律性」をもって自分自身で決めたいという欲求

デシ氏らは、そのうえで内発的動機を持って働くようになる状態を理想としました。ピンク氏もモチベーション3.0のカギは内発的動機であるとし、「アメとムチ」で人を鼓舞したモチベーション2.0との違いを強調しています。

言い方を変えると、金銭で人を動かせるには限界があり、特にイノベーションのような高度な活動を促進するには、自律性(自分のことは自分で決定したいという欲求)、マスタリー(新しいことをマスターし、何かを創造したいという欲求)、目的(世の中の役に立ちたいという欲求)を満たす仕事を与え、従業員の内発的動機を高める必要があるということです。

さて、3つの動機づけ理論を見てきました。流儀の差はありますが、ポイントは比較的共通しています。おそらくこれから価値を創造していくような人材にイキイキと働いてもらうには、以下のような要件を満たすことが必要といえるでしょう。

・仕事そのものが刺激的で面白い
・エンパワメントされており、自分でいろいろなことが決められる
・仕事を通じて学んで知的好奇心を満たしつつスキルも上がる
・コストが(多少高くてもいいが)得られるものに対して妥当

こうした環境を提供できれば、会社に対するエンゲージメントもおのずと向上し、リテンションの問題も解決されることが期待されます。

銀行はモチベーション3.0を満たせるか

では三菱UFJ銀行は、上記の要件を満たす仕事を与えることを含め、彼らをマネジメントできるのでしょうか?

転職情報サイト「オープンワーク」による行員や元行員の口コミを集約すると、同行の組織文化はおおむね以下のような内容でした。

銀行という責任の重い業務上、仕方がない部分もありますが、あまりリスクを取らない、保守的な組織という評価が読み取れるでしょう。口コミが正しいかどうかは注意すべきですが、上記の組織文化はハイスペックなデジタル人材を動機づけるような組織文化とかなり異なります。仮にこうした組織で育ってきたマネジメント層が、従来の仕事のやり方から決別し、新しい仕事の与え方やマネジメントができるかといえば、かなりのチャレンジになると言えそうです。

優秀な人材獲得へマネジメント層の意識や組織の変革が問われている(東京・丸の内)

やや次元の低い話ですが、他の行員からの嫉妬の感情なども無視できません。「海外でITの英才教育を受けてきた」といった人材なら、まだしも待遇差を割り切れるかもしれませんが、同じような出身校の日本人で自分より高給を得ている人間がいたとしたら面白くは感じないでしょう。足を引っ張りはしないまでも、積極的に協力しない人も多いかもしれません。そうなると、新しいタイプの優秀な人材も人間関係で不満を感じ、エンゲージメントは低くなるかもしれません。

せっかく高給を出してハイスペック人材を採用しても、銀行の組織文化になじめずに辞めてしまう人が多く出る懸念は決して低くないと思われます。新しい人材を生かすために、どのくらい真剣に自らの意識を変えられるか。もし難しいとしたら、どのような工夫(例えば組織を切り分けて協業させる)で、それを緩和するかといったことが、半沢新頭取をはじめとするマネジメント層の課題になりそうです。

今回は三菱UFJ銀行を取り上げましたが、優秀な人材獲得が企業のサバイバルのカギとなる昨今、彼らをどう生かすかは、年功序列的人事との決別、ジョブ型の人事制度導入などとあわせ、多くの日本企業の共通の課題といえるでしょう。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「マズローの欲求5段階説」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/bb20946a(グロービス学び放題のサイトに飛びます)

ビジネススキルをもっと学びたい方はこちら

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