3Dプリンターが変える 航空宇宙産業のものづくり
航空宇宙業界での3Dプリンターの利用が増えている。規制当局の承認を受けるまでに長い時間がかかり、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で逆風にさらされているにもかかわらず、3Dプリンターへの関心は高まる一方だ。背景には航空宇宙メーカーが保守管理費の削減や設計ソフトの活用、先端素材の採用に目を向けていることがある。
3Dプリンター技術または「アディティブ・マニュファクチャリング(AM)」と呼ぶ層を積み重ねて形を作る積層造形技術を使って軽い部品を製造すれば、燃費も改善できる。米連邦航空局(FAA)は9月、米ゼネラル・エレクトリック(GE)が米ボーイング向けに製造したエンジンタービンを承認した。このエンジンは3Dプリンター製の部品300個以上を使用しており、燃費は従来モデルよりも20%改善したという。
さらに、多くの設備が3Dプリンターを保有するようになったため、メーカーや保守管理グループは部品調達の選択肢を広げることができる。この調達の分散化により製品完成までのリードタイムを短縮し、緊急時にも生産能力を確保しやすくなる。
今回のレポートでは、航空宇宙業界での3Dプリンターの活用方法や、このテクノロジーが今後この業界にどんな新たな機会をもたらすかについて調べる。
航空宇宙業界の問題に対処
航空宇宙業界はいくつかの理由から3Dプリンターを有効活用できる位置に付けている。
まず、航空宇宙の製造業では他の分野よりも高い精度が求められ、複雑な形をした多くの部品が先端素材を使用している。3Dプリンターは多くのプロセスを1台でこなし、米3Dプリンター大手ストラタシス(Stratasys)が開発した熱可塑性プラスチックなどの新素材に対応できる。
加えて、航空会社に対してもっと環境に配慮し、コスト効率を高めるよう求める圧力も高まっている。このため航空メーカーは機体を軽量化し、効率的な部品を使って機体を改造する方法を探すよう迫られている。3Dプリンター技術と新しい設計ソフトを使えば、軽量でも強度が高く、投入する素材の量も少ない部品を製造できる。例えば、欧州エアバスは3D設計・モデリングソフトを手掛ける米オートデスクと提携し、従来よりも軽く強度が高い3D造形の客室の間仕切りを設計した。
さらに、航空宇宙業界のグローバル化の進展により、部品や保守管理サービスの流通は物流の課題を抱えている。3Dプリンターを使えば、新たな部品を短期間で流通、造形、設計できるようになる。米機械大手ハネウェル・インターナショナルは旧型機の保守管理に必要な部品の在庫を減らすため、注文を受けて3D造形されたエンジン部品を使っている。航空宇宙業界の部品は多種多様だが少量しか必要ないため、3Dプリンターを使うことで大量生産の弱点を補える。
先端素材を活用しやすく
新たな素材や大型部品を造形できるプリンターの開発により、航空宇宙各社はさらに広範な部品で3Dプリンターを使えるようになった。一部の部品は従来の手法で製造できるが、合成素材や金属合金では3Dプリンターを使う方が迅速で精度も高い。
例えば、ノルウェーのノースク・タイタニアム(Norsk Titanium)はチタン部品を積層造形している。同社は2018年にボーイングの部品サプライヤーになり、米航空機部品大手のスピリット・エアロシステムズを通じてボーイングの中型機「787」向けに部品の納入を開始した。ノースクがサプライヤーに選ばれたのは、印刷スピードが従来の粉末製造よりも速く、歩留まり(良品率)も高かったためだとされる。

同様に大型金属3Dプリンターの米ベロ3D(Velo3D)は20年10月、米ブーム・スーパーソニックが発表した航空機で自社の3Dプリンターの性能を示した。航空機の部品にはチタンなど耐久性の高い素材を使う必要があったが、設計の形状から積層造形技術でしか製造できなかった。
航空宇宙メーカーは先端素材に対応した3Dプリンターも購入している。ベロ3Dは7月、ある航空宇宙メーカー(社名は非公表)と2000万ドルの受注契約を結んだ。これは同社にとって過去最大の契約となった。一方、エアバスと独ルフトハンザは炭素繊維の3Dプリンターを手掛ける米マークフォージド(Markforged)の製品を購入した。
スタートアップも航空宇宙各社と提携している。例えば、複合素材を3Dプリントする米インポッシブル・オブジェクツ(Impossible Objects)は20年2月、オーストリアの素材・インクメーカー、タイガー・コーティングスと提携した。素材と塗料という両社の強みを組み合わせ、プロペラなど複雑な形状の部品を造形する。
3Dプリンター用素材の改良への関心も高まっている。カナダのエクイスフィアーズ(Equispheres)は3Dプリンターで造形した部品の完成度を高める新たな粉末に注目している。同社は18年に米軍需大手ロッキード・マーチンから出資を受けた後、先端素材専門の投資ファンド、米HGベンチャーズが率いるシリーズBで約2100万ドルを調達した。調達資金は研究開発や航空宇宙業界での提携拡大に充てる。これとは別に、上場3Dプリンター会社の米エックスワン(ExOne)は10月、米空軍が3Dプリンター向けの新たな金属合金の開発プロジェクトで同社をパートナーに選定したと発表した。
専用ソフト、積層造形技術の使い道拡大
積層造形により従来の製造方法では不可能だった形状も印刷できるようになった。3Dプリンターの産業ソフトはこうしたオーダーメードの可能性を生かし、重量や素材、強度を最適化する方法を見いだす。
例えば、米ニューヨークに拠点を置くエヌトポロジー(nTopology)は複雑な形状の部品を設計する一方、コストなどの制約を最適化するソフトを手掛ける。同社は9月、4000万ドルの調達を果たした。3Dプリンター市場向けの設計機会が増え、ロッキード・マーチンや米航空宇宙局(NASA)など企業や公的機関などからの支持が広がっていることを理由に挙げた。

エヌトポロジーは19年、ボーイングの実験開発部門「ホライゾンX」が出資する積層造形製造コンサルティングの米モーフ3D(Morf3D)、米ゼネラル・モーターズ(GM)とボーイングが共同所有する米HRL研究所と提携し、新しいアルミ素材を使った熱をより効率的に伝える部品の設計に取り組んだ。産業ソフトの活用により、熱伝達率を300%高めた新たな形状の熱交換器を設計できた。
3Dプリンターソフトを活用することで、産業メーカーも航空宇宙分野で自社の強みをさらに発揮できる。独シーメンスは9月、予知保全や印刷最適化など一連のソフトの利用を拡大するため、米ネクサ3D(Nexa3D)と提携すると発表した。シーメンスはその後、航空宇宙業界で使われる大型の炭化水素プリンターでの印刷最適化を推進するため、米インガソルとの制御装置やソフトでの提携を強化した。シーメンスのようなグループ企業に使われると、ソフトはベンダーや既存のハードを通じてすぐに普及する。
さらに、既存の産業ソフト会社による積層造形分野での買収も盛んだ。例えば、英航空・防衛大手BAEシステムズのサプライヤーである米PTCは18年末、積層造形ソフトを手掛ける米フラストラム(Frustum)を買収した。同様に、シミュレーションソフトの米アンシス(Ansys)は金属印刷プロセスのモデリングソフトを手掛ける米3Dシム(3DSim)と、航空宇宙分野のシミュレーションを提供する米アナリティカル・グラフィクス(Analytical Graphics)を傘下に収めた。
メーカーの選択肢を拡大
航空宇宙メーカーは3Dプリンターの活用により、調達オプションを増やすことができる。多くの企業が同様の3Dプリンターを保有しているため、増産や試作品の設計、現場での部品製造の際の選択肢が増える。
例えば、米メリーランド州に拠点を置くゾメトリー(Xometry)は9月、メーカーと製造プロデューサーの仲介サイトの開発を継続するために7500万ドルを調達した。このサイトでは部品注文に伴う見積もりや認証、法的合意を手掛け、NASAも顧客に名を連ねている。
3D設計・エンジニアリングソフトの仏ダッソー・システムズ(Dassault Systems)は20年、ゾメトリーとソフトのプラットフォームを統合し、製造部品の設計、材料の調達、見積もりを円滑化した。ダッソーは16年、流体解析シミュレーションソフトウエア「Xフロー」を手掛けるスペインのネクストリミットを買収した。宇宙航空学的な様々な考察をソフトウエア上でより簡単にできるようにする狙いだ。

3Dプリンターは航空会社の選択肢も一部拡大している。ストラタシスは8月、航空業界向けに3Dプリンターサービスを提供しているラトビアの AMクラフトからプリンター4台を受注したことを明らかにした。これはストラタシスにとって過去最大の受注案件となった。AMクラフトは大量発注の理由について、携帯充電ステーションやWi-Fiインフラ、座席など機内改装のためにプリンター機能を拡充しようとしたと説明している。これとは別に、BAEも製品を市場に投入するまでの時間を短縮するため、ストラタシスの3Dプリンターを購入したと発表した。さらに、19年8月にストラタシスと結んだ提携を拡充した。
3Dプリンターは新たな製造手段を提供するだけでなく、施設での製造と併用することも可能だ。米ライズ(Rize)は自社を3Dプリンタープラットフォームと位置づけ、生産ライン向けに特注の治具などを造形している。3Dプリンターを使ったこうした調整により、ほとんど変更を加えることなく既存の生産ラインに柔軟性をもたらすことができる。
次の展開は
規制当局による承認が相次ぎ、3Dプリンターへのアクセスも改善しているため、経済面でも素材の面でもメリットが多い3Dプリンター製の部品は現役の航空機にもっと使われるようになるだろう。
業界は主に老朽化した部品の改造や改良に注目しているが、現実の生産設備をデジタル空間に再現し、リアルタイムで連動させる「デジタルツイン」などの新興テクノロジーが機体の設計や試運転で今後もパラダイムシフトを起こすだろう。
デジタル化は3Dプリンターにとって強力な追い風だが、航空宇宙メーカーが自ら3Dプリンターを購入するのか、それとも安価な調達手段を活用するのかはまだ分からない。金属3Dプリンターの米デスクトップメタル(Desktop Metal)などの企業が産業サプライヤーに食い込みつつあるが、メーカーが自社の生産設備をどの程度3Dプリンターに置き換えるかは不明だ。
むしろ、温暖化ガス排出規制の厳格化と航空会社の利益率低下により、代替的な製造手段の導入が加速する可能性がある。この2つの圧力を受けて効率的な設計と保守管理部品の在庫の削減が重視されるようになる公算が大きいからだ。こうした問題が今後も3Dプリンターテック企業への注文をけん引するだろう。
航空宇宙分野の新しい市場が3Dプリンターの導入を推進する可能性もある。ボーイングなどの企業が宇宙関連事業を拡大し続けるなか、3Dプリンターは業界特有の重量と強度のトレードオフの解決を支援できる他にはない立場にある。3Dプリンター製のロケットエンジンで低価格でのロケット打ち上げに取り組む米ロケットラボ(Rocket Lab)など、資金力の豊富な企業はさらに勢いを増すだろう。