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楽天携帯の最安値プラン、提供価値とクロスセルがカギ

楽天が1月末に20ギガ(ギガは10億)バイト(GB)まで1980円で使えるという最安値の携帯料金プランを発表しました。競合大手を下回る価格設定でインパクトを狙ったとみられますが、経営学的にどのような勝算を描けるのでしょうか。グロービス経営大学院の嶋田毅教授がマーケティングと価格戦略の観点で分析します。下記の動画ではさらに詳細な解説をしています。

各社のターゲットは誰か

2020年12月のNTTドコモの低額プラン「ahamo」の発表以来、ソフトバンクKDDI(au)の携帯大手3社は次々と格安プランを打ち出しました。そしてそれらを受けて発表されたのが今回の楽天の「Rakuten UN-LIMIT VI」です。筆者の予想では、大手3社は2980円で横並び、楽天が2480円(いずれも20GB)だったのですが、auが先んじて2480円プランを打ち出したことが、楽天の1980円プランにつながったと思われます。この価格戦略の是非や狙いについて考えてみましょう。

価格戦略について考える前に、まず各社のターゲットが誰かを確認します。

セグメンテーション(市場の細分化)とターゲティング(標的市場の選定)は、有限である経営資源を有効活用するために必須のプロセスです。また、ターゲットを誰にするかによって、提供価値(バリュープロポジション)や、価格戦略、チャネル戦略なども変わってきます。

まず先陣を切ったNTTドコモのahamoのターゲットは、同社が明確に示したように「デジタルネーティブ世代の20代」です。それを反映して、家族割引なし、ネットでの契約のみといったプランとなっています。ドコモには法人顧客も多いのですが、法人までターゲットにしてしまうと一気に収益性が悪化してしまいます。あくまで個人向けのプランであるという点がポイントです。若者を取り込むことは、ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)を考えれば、多少安くても時間をかけて十分ペイするという計算もあったでしょう。ソフトバンクの「SoftBank on LINE」、auの「povo」もおおむね同様のターゲットです。特に各社は以下のような心理変数、行動変数のセグメントを狙っているように思われます。

・価格に敏感
・通話や通信キャリアのメールをそれほど利用しない
・動画などをそこそこ視聴する

高額プランとMVNOのユーザーに的

このプランに魅力を感じるのは、すでに大手キャリアと高額プランを契約している消費者、そして仮想移動体通信事業者(MVNO)のユーザーでしょう。20GBで比較した場合、MVNOはおおむね4000円程度以上の価格帯です。いずれも高速通信規格の5Gにまだ対応しておらず、通信速度も遅めです。店舗でサービスを受けられるといった点を除いては、大手キャリアの低額プランに勝てるポイントはほとんど見当たりません。大手3社から見た場合、こうしたMVNO(日本の携帯サービス市場の15%強程度といわれています)のユーザーを「草刈り場」として想定していることが想像されます。

他の2社より安い2480円と「トッピング」と呼ぶ追加料金のプランを提示したauもそこを狙っているようですが、ドコモやソフトバンクも様々な販促策などを打つでしょうから、一気にMVNOからauにユーザーが流れることは考えにくいように思われます。キャリアメールなどを全く使っていなければともかく、使っていれば、スイッチングコストが生じるといった事情もありますし、国際ローミングでドコモのプランは使い勝手がよい、LINEの利用については同じグループのソフトバンクが有利、といった要素もあるからです。

分かりやすい安さという提供価値

では後発の楽天の格安プランのターゲットはどこでしょうか? 大手3社と同様、MVNOもあるでしょうが、もともと20年にサービスを開始した後発の楽天に関しては、当初より大手3社との対抗を想定し、そこの切り崩しも当然意識しているはずです。

実際、筆者が簡易アンケートをした範囲では、3メガキャリアのユーザーの中でも、楽天の新プランに魅力を感じている人は少なくありません。これは大手がメインターゲットとした若者だけではなく、30代、40代からも出てきた声です。

「さすがに楽天の料金は魅力的」
「いままでも無料サービスで2台目が楽天だったけど、この安さなら今後も使い続ける。1G未満は無料というのはとにかくうれしい」
「価格の分かりやすさに魅力を感じる。これまでは比較が難しくて、何か損をしている感じが嫌だった。新しい提供価値として評価したい」

一方で楽天の携帯サービスについても、現在ローミング(相互乗り入れ)しているau側のデータ容量は大丈夫なのか、地域カバレッジが2年後に本当に100%になるのか、通信品質やサポート体制がまだ弱いが大丈夫か、などの懸念も聞かれました。しかし、それを補ってあまりあるインパクトは与えているようです。

一気にシェアをとる価格戦略

ここで多くの人が感じる疑問は、「先行投資もまだまだ必要な楽天が、この価格で利益を出せるのか?」ということでしょう。価格設定を考えるにあたっては、図に示した3つの要素を勘案するのがセオリーです。

この3つの要素のうち、コストを割る価格でサービスを提供することは通常はしません。それでは赤字がいたずらに膨らんでしまうからです(そもそも「コスト」をどういう前提で計算するかは管理会計的にも難しいのですが、ここでは割愛します)。多くの企業は、競合状況も勘案しながら、ある程度の利益を出せる価格を設定し、そこで出た利益を投資回収に回すなどの方策をとります。

ただ、例外もあります。今回の楽天もそれに相当するかもしれませんが、ペネトレーション・プライシングをとる場合です。ペネトレーション・プライシングは、当初、コストギリギリ、あるいはあえてコストを割る価格で市場に上市し、一気にシェアをとるという手法です。当初は赤字が出たり、投資回収が遅れるものの、規模の経済性などが働けば次第にコストも下がり、そのうち収益化できるという発想です。

この方法はしばしば用いられますが、リスクの高い手法でもあります。見込み通りにシェアが取れればいいのですが、往々にして想定したシェアがとれず、コストが高止まりしてしまうのです。その結果、導入時の設備投資やプロモーションコストなども加味すると、大きな赤字だけが残るというケースもあるのです。

楽天経済圏の拡大とクロスセル

あえて赤字覚悟のプライシングをする有力な理由として、「別の部分でもうけられるから」というケースもあります。たとえば携帯電話の成長期には、ドコモなどのキャリアは端末をタダどころか報奨金を払ってまで「バラまき」ました。通話料で後ですぐに元が取れるという発想です。コピー機のビジネスで、コピー機は赤字レベルの低価格で売り、トナーなどの消耗品でもうけるのも同じ発想です。

実は今回の楽天も、ひょっとしたら通信事業でもうける、あるいは早期に投資回収することは考えておらず、彼らが唱える「楽天経済圏」に多くの人々を呼び込むことが、一段高い視座から見た時の戦略なのかもしれません。新プラン発表の前日、1月28日に楽天は電子商取引(EC)サイト「楽天市場」の2020年の流通総額が3兆円を超え、2年間で5割増えたと発表しました。同日にはプロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルスが「マー君」こと田中将大投手と米大リーグから楽天への復帰で基本合意したと発表し、同30日に入団記者会見を開きました。おそらく今シーズンは、福岡ソフトバンクホークスとパリーグ優勝を争う筆頭候補になると思われ、スポーツニュースでも「楽天」が連呼される可能性は高まっています。

今や楽天グループは創業の原点でもあるECのみならず、アド&マーケティング、インベストメント&インキュベーション、金融、モバイルなどの各種事業を手掛けるコングロマリットです。モバイルそのものは赤字でも、楽天カードを持つ人が増え、プロモ―ション上の工夫で他のサービスを利用する人が増えれば、モバイル事業の巨額投資(兆円単位になるともいわれています)や当面の赤字を補う収益を得られる可能性もあるでしょう。

楽天のモバイル事業が何年後に黒字化できるかは不明です(そもそも黒字化するかどうかも不明です)。三木谷浩史社長は当然、一気に顧客を奪うことでモバイル事業の黒字化も狙っているでしょうが、仮にそうならなかったとしても、実はそれ以上の次元から将来を見据えたのが、今回の攻撃的な料金プランかもしれません。となると、楽天のサービス間で顧客が行き交う「クロスセル」を促すような仕組みをいかに作れるかが大きな課題となってくるでしょう。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「マーケティング(基本編)」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/1d85b1fc(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

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