/

新型コロナが私たちに気づかせたものとは?

読者の提案 田中陽・日本経済新聞社編集委員編

田中編集委員の提示した「新型コロナが私たちに気づかせたものとは?」という課題に対し、多数の投稿をいただきました。紙面掲載分を含めて、当コーナーでその一部を紹介します。

■Z世代はSNS強み 

山崎 匠(大阪大学外国語学部1年、19歳)

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で浮き彫りになったのは「政治判断の重要性」だ。私自身もパンデミック以前は政治に全く興味がなかったが、緊急事態宣言が発令されて不自由な生活を余儀なくされると、政治判断が私たちの生活に大きな影響を及ぼすことを思い知るようになった。1990年代後半以降に生まれた「Z世代」と呼ばれる私たちはこれまで、政治判断に翻弄される側だった。だが、これからはリーダーシップを発揮する必要があると考える。Z世代の武器はSNS(交流サイト)だ。私たちはSNS上で議論を深め、一人ひとりの想像を共有し、拡散することが簡単にできる。これを駆使して「おじさん世代」では考えつかないようなアイデアを生み出し、政治にインパクトを与える存在になるべきではないか。

■想像力の重要性 

上田 涼太(会社員、24歳)

新型コロナウイルスによって当たり前がいかにもろいのかを、すべての人が感じたのではないか。学校で友達と一緒に授業を受ける。仕事帰りに同僚とお酒を飲みにいく。休日に遠くへ旅行する。そうした当たり前の日常が新型コロナウイルスで全て無くなった。今も新型コロナウイルスが猛威をふるう中、我々も必死に前に進もうとしている。うまく前に進んでいる企業や国がある一方で、なかなか前に進めない企業や国もある。なぜこのような違いが生まれたのか。それは当たり前の状況に対して、疑問を持っているかいないかの違いなのではないか。今ある状況に対して多様な想像を膨らませ、常に疑いの目を持ち続けること。それこそが新型コロナウイルスのような予想もできなかった困難にも打ち勝つことができる唯一の方法であると、私たちは気付いたのではないだろうか。

■非言語の魅力発信へ

小田 佳枝(会社員、39歳)

基本はパソコンの画面越し、対面できたとしても、頻度も時間も最小限にして目以外の表情が見えない。非言語の情報を受け取ることも、伝えることも難しくなったのが、コロナ禍の今だ。一方で、その非言語の魅力をどれだけ発信できるかが、コロナ禍に人間関係を構築するための第一歩になったと考える。日参して、徐々に人間関係を構築するという手法は、コロナ禍では難しい。話し方や内容をどれだけ磨いても、相手を聞く気持ちにさせることができなければ、意味がない。パソコンの画面越しでも、短時間でも、目だけでも、話の本題に入る前に、相手を安心させ、話を聞こうと思わせるだけの圧倒的な非言語の魅力を発信することが必要になった。目だけで伝わる表情の豊かさ、聞きたいと感じさせる声のトーンやスピード、身だしなみなどと合わせ、内面からにじみ出る人間性を醸成すること、相手に関心を持ち、その期待に応える努力を怠らないことが求められる。

■弱さこそ人類の本質 

鵜飼 信(会社員、38歳)

人間は弱くてもろい生き物だ。ウイルスに侵されむしばまれる肉体の弱さだけではない。未知の病原体におびえて医療関係者を差別したり、孤独に耐えきれず会食に繰り出したりしてしまう心の弱さこそ人間の特徴だといえる。だから自粛要請という我慢強さを前提とした政策が失敗したことには何の驚きもない。しかし弱さは恥ずべきことではない。弱いからこそ人間は手を取り合い文明を築き上げてきた。惻隠(そくいん)の情、弱い者を守りたいと思う気持ちこそ人類を人類たらしめているのだ。だから強がるのはもうやめよう。弱さを受け止めて、受け入れて物事を考えよう。社会の制度や政策が人間の脆弱さを出発点として、弱い者同士が支え合い助け合えるように整備されれば、この世界は今よりもずっと暮らしやすく優しいものになるだろう。社会が弱さに寄り添ったとき初めてポストコロナの展望が開けるのだと私は考える。

【以上が紙面掲載のアイデア】

■不寛容を寛容する

大村 真帆(大阪大学法学部1年、19歳) 

それは「人間の不寛容性」だ。目下のパンデミックで生活は一変し、人と気軽に会えなくなった。職を失った人もいる。世界では外国人嫌悪や差別がみられ、このような諸悪の連鎖が人々の間に分断をもたらしつつある。そうして余裕がなくなり、人類はこの二年間で不寛容になった。無意識に他人の言動に敏感になり、社会の規範からはみ出さないか見ている。現在私たちは監視社会化の中で、人間の最たる長所、共助の精神を失いかけている。不都合が発生した時、外的要素を攻撃し内的要素を守ろうとするのは人間の性だ。しかし、今こそ制限や制約を逆手に取り、できることを模索する時である。人間はこれまで英知を結集し、幾多の危機を一丸となって乗り越えてきた。見えないウイルスに一人で立ち向かうことはできない。団結しよう。そして助け合おう。そのためには不寛容性と向き合い、それを寛容していく必要がある。分断を回避できるかが今、私たちにかかっている。

■医療従事者の偉大さ

堀田 往佑(海陽学園海陽中等教育学校2年、13歳) 

新型コロナウイルスが私たちに気づかせたものは、命の大切さと医療従事者の偉大さだ。現在世界で新型コロナウイルスにより、毎日数万人もの人々が亡くなっている。特に身近な人や、誰もが知っている有名人が亡くなった時、人々は改めて命の大切さに気付いたのではないかと思う。加えて、新型コロナウイルスと戦う医療従事者の偉大さにも気づくことができた。感染者が増加し、医療体制がひっ迫する中で、自らが感染してしまう可能性が高いにもかかわらず、人々の治療にあたる姿を見て感謝の気持ちでいっぱいになった。またワクチンの開発も急速に進み、ウイルスを少しでも早く終息させようと、私たちのために頑張ってくれている。既に接種が始まっている地域もあり、医療技術の進歩の早さにも驚いた。最前線で人々の命を守り続けている医療従事者への感謝の気持ちを忘れず、ウイルスが終息するまでの日々を過ごしていきたい。

■「ただの私」がニューノーマル

岡本 那奈(駒沢大学グローバル・メディア・スタディーズ学部3年、20歳) 

私は明るい性格ではない。友人も多くない。化粧もうまくないし、洋服の流行もよくわからない。本を読んだり、川沿いを散歩したりして、独りで静かに過ごすのが好きだ。大学に入った2年前。キャンパスにはおしゃれな生徒がたくさんいた。私は周りに合わせようと、眼鏡をコンタクトレンズに替え、新しい服を買い、化粧も始めた。その代わりに、多くの人にとって憧れの対象であるはずの大学生活は、私には「嫌なもの」に変わってしまった。大学2年生になると、新型コロナの感染拡大で大学に行けなくなった。私は気を張ったおしゃれをやめ、眼鏡に戻した。変わって、数少ない大切な友人と多くを語り合い、好きなことに時間を割くようになった。3年生になり対面授業が復活した今も、あまりおしゃれはしていない。友人も多くない。だが、大学生活が心から楽しい。新型コロナが「ただの私」でいることの大切さに気付かせてくれたおかげだ。

■未来をつくる人間力の大切さ

大塚 道生(大阪大学法学部3年、21歳) 

コロナをきっかけに、他人との接触を避ける技術の導入が進んだ。ずっと先だと思っていた技術による仕事の代替が早まった。導入をためらっていられなくなったからだろうか。近くのコンビニのレジは片方がセルフになり、一部の飲食店もセルフオーダーを導入した。コロナは、きっかけさえあれば世界が急激に変わることを教えてくれた。AIに仕事を奪われる未来も、案外先のことではないのかもしれないし、単純作業は直にAIの領域になる。そのため私たちは、「人間らしい能力」を大切にし、他者と協同する力を磨かなければならない。技術では代替できないからだ。例えば、交渉力、傾聴力、共感力等々…。これが正しいのだとすれば、未来を創り出す過程を担うのは若者だけではない。既に前線から退いた人々には、長年培った確かな人間力がある。その人達から多くを学ぶことができるはずだ。世代を超えた協同がより良い未来をつくっていくと私は信じている。

■取捨選択の果てに

大塚 遥香(公務員、32歳) 

コロナ禍で私たちが気づいたのは「新たな自分自身」ではないだろうか。少なくとも私はそうだった。生命保険を見直す? 貯金は足りているか? 新しい趣味の向き不向きは? 最適な通勤ルートは? 今の仕事は本当に自分に向いているのか? 家族との時間を大切にしてきたか? 自分と向き合う時間が増えるほど、余計なものがそぎ落とされていく。くしくもコロナ禍は、自分に必要なもの、真に大切なものを考えるきっかけになった。これからも、私たちを取り巻く生活や環境の変化はとどまるところを知らないだろう。そのたびに私たちは知らず知らずのうちに取捨選択をし、自分にとっての最適解をおのずから探してゆく。それは生存本能の一つかもしれない。私たちが一切の不要なものをそぎ落としていった結果、最後に残るものは、一体、何なのだろう。コロナの報道を毎日眺めながら、そんなことを思う。

■教育のデジタル化を急げ

三重野 結香(駒沢大学グローバル・メディア・スタディーズ学部3年、20歳) 

コロナ禍で浮き彫りになったのは、日本の教育のデジタル化の遅れだ。緊急事態宣言によって、大学の授業はすべてオンラインになったが、開始時刻になっても講義のURLが送られてこないため、定刻通りに始まらない。授業が始まっても、教授がスライドの共有方法を習熟しておらず、資料を見ることができない。こんなことが頻発している。もっとも、教授だけを責めるわけにもいかない。アルバイト先の学習塾も生徒への直接指導ができなくなったため、オンラインでの朝礼やホームルームを試みたが、通信環境などが原因のトラブルの連続だった。学生として教育を受ける立場、そして、アルバイトとして教育を提供する立場の両面で、私は不都合を感じ続けてきた。コロナ禍は依然として収束の兆しが見えない。オンラインでもストレスなく授業ができるように、教育のデジタル化を急ぐべきだ。

■経営の本気度

鳥羽 裕介(会社員、28歳) 

人材は宝、社員が第一。ここ数年、合言葉のように多くの経営者が語ってきた言葉であるが、その本気度は測れなかった。くしくもコロナ禍により働き方改革が一段と進み、在宅勤務や副業など働き方の柔軟さは企業によって大きく差がついている。日本は世界に比べて在宅勤務の浸透度合いが低いとされている。多くの経営者は、中小企業だから人が回らないとか、出社しないと働けない職種だからなどと言うが、変化をしたがらないようにも感じる。本当に社員が第一なのであれば、満員電車に乗らずとも働ける環境づくりをすることが経営として求められているはずである。同業同規模の他社が本当に全て在宅勤務ができていないのか。決めつけることなく、本当に社員の感染リスクも踏まえ働き方の柔軟性を考えたのか。今や一つの会社に勤め続ける必要性も薄れた時代だからこそ、会社経営層の本気度を見て、ジャッジできる社員でありたい。

■"STAY HOME"から"STAY ACTIVE!"へ

和田 彩花(大阪大学法学部1年、18歳) 

コロナウイルスが私たちに気づかせたのは「行動することの大切さ」である。コロナの流行によって、自ら行動を起こすことへのハードルが格段に上がっているように思われる。理由のひとつは、行動を起こさなくても、「コロナだからしょうがない」と言い訳ができてしまうということだろう。しかし、コロナ禍を嘆くことに意味はあるのだろうか。本当に必要なのは、運命を受け入れ、その中だからこそできることを常に見いだし、行動することではないか。今春晴れて入学した大学が、たった一週間でオンライン授業に移行した。ここで、新たな出会いを諦めるのか。否!私はオンラインが普及した今だからこそできる方法で、コロナが収束した将来、仲間と笑い合えるように行動しよう。その一環として、学科内でzoomを用いた交流会を始めた。時間は有限だ。小さな行動が、諦めかけた未来を実現するかもしれない。立ち止まっている暇はない。

■不要不急か、大切か

佐竹 正人(会社員、53歳) 

私たちにとって大切なことは何かを決めるのは、とても難しいということをコロナ禍は気づかせてくれた。「不要不急なことをやめよう」というが、何が不要不急かは、何が大切かという問いの裏返しだ。私たちは、何が不要不急かを簡単に決められると思っていたのだろう。だから無邪気に不要不急という言葉を使い始めた。コロナほどの大きな脅威を前にしているのだから、なおさらだ。でも、簡単ではなかった。多様な不要不急の解釈が出て、全く足並みがそろえられない。なぜなら何が大切かは人それぞれだから。そしてそんなふうに人が多様なことを受容する社会を私たちは目指していたはずだ。そう考えると、不要不急でもめる社会は目指していた姿の一面ではある。ただ、何が不要不急か、ではなく、何が大切かでもめたいと思う。

■コロナで地球浄化

松村 友翔(海陽学園海陽中等教育学校1年、12歳) 

新型コロナウイルスが気づかせてくれたことは、「人間が今この時間にどれだけ地球を汚しているのかを目に見える形で現わしてくれたこと」だと思う。コロナが世界各地で広がり始めた頃、世界中のいろいろなところで工場が閉鎖された。そのわずかな期間で地球の空気はものすごくキレイになった。つまり、私たちは地球自身が自然と浄化してくれるゴミよりもはるかに多くのゴミを出してしまっていたのである。今のままだと人間は自分たちの手で絶滅をしてしまいかねない。このようなことが起こらないようにするためには私たち一人一人が主体的にエネルギーを節約することが大切ではないか。地球にあるものは限られている。私たち人間が自分たちの手で絶滅してしまうかどうかは、私たち一人ひとりの生活にかかっている。決してこのようなことがないように地球を大切にしていこう。

■時間はプライスレス!

瀬川 貴子(会社員、49歳) 

子供の頃に見たドラえもんの世界。遠くの存在だと思っていた人と液晶の画面を通してすぐに会話ができる。まさに私たちはその近未来を体験中だ。この一年でリモート会議、テレワークなどを活用しながら、新型コロナウイルスは今までにない価値をあっという間に世の中に浸透させた。その結果、多くの人は「時間」を創造することができたと言ってもいい。今まで長い通勤時間に悩まされてきた人や出張や残業などで家族や恋人との時間が取れなかった人もいるだろう。しかしコロナによって今まで当たり前に受け入れていた事、改善しようと試みようとしなかったことが、思わぬ効果をよんだ。これは時間が増えたと考えるべきだ。特に我々営業の現場ではマーケットが広がったと捉え、今まで実際にお客様に会いに行かなければならなかったところが一転し、リモートでの対面が可能となった。さあ、空いた時間で何をしよう?コロナのおかげで 「時は金なり」を実感している。

■自分は日本語が下手

飯田 和人(会社役員、60歳) 

2019年暮れごろから、週に数回海外とのweb会議を行っている。使っている言語は日本語だ。自分は現地語が話せないが、打ち合わせの相手の方々は日本に留学経験があって、日本語が堪能な現地の技術者。Web会議を始めて感じたことは、なかなか結論がハッキリせず、会議に時間がかかることだ。自分も含め日本側のスタッフが、正確な文法でしゃべっていないことに問題があり、あいまいで微妙な表現を使い、相手の忖度を期待するようなしゃべり方をしていることだと感じている。日本人同士であれば問題なく理解しあえても、海外の人が相手で、かつweb会議となると難しくなる。解決策としては、日本語を正確な文法で使うこと。自分の伝えたいことを丁寧に簡潔に話すように心がけるようにした。最近少しはマシになって来たと感じられるようになった。

■キャッシュレス化する未来

大場 亜海(駒沢大学グローバル・メディア・スタディーズ学部3年、20歳) 

新型コロナは、キャッシュレスの利便性に気づかせてくれた。先月、海外に住む親戚からデジタル決済による送金を受けた。驚くべきことは、彼が70歳でデジタル機器を大の苦手としていたからだ。街がロックダウンし、様々な手続きがオンラインに切り替わったため、一人でパソコンを勉強したのだという。我が国は、2025年までにキャッシュレス決済比率を40%に推し進める方針だ。インバウンド消費の拡大、インフラコスト削減、人手不足の解消と生産性向上が期待できる。私は、キャッシュレス化に移行するための登録が面倒だという理由で現金を使用していた。アルバイト先の飲食店では、使用料を払わなくてはならないキャッシュレス決済が疎まれる存在だった。しかし、デジタル決済の促進は日本の未来を見据えての動きであることがわかった。人手不足に悩まされる将来が迫る私たちにとって、キャッシュレスへの移行は社会貢献の一つなのかもしれない。

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン