[社説]賃上げと経済成長の好循環めざせ

日本は20年以上にわたって賃金が伸び悩み、欧米主要国との差も広がった。2023年はこの停滞から脱し、持続的な賃上げの出発点とすべきだ。
足元では大幅な物価高が続く。11月の消費者物価指数(生鮮食品除く)は前年同月比で3.7%上昇し、約40年ぶりの伸び率となった。実質賃金はマイナスに落ち込み、このままでは購買力が低下し景気が下振れする懸念がある。
付加価値向上で競え
23年春の労使交渉は極めて重要だ。厚生労働省によると主要企業の賃上げ率は1999年から1%台後半~2%台前半で推移し、2022年も2.20%にとどまった。政府は物価高をカバーする賃上げに期待感を示す。民間の交渉に介入すべきではないが、賃上げの重みが増しているのは確かだ。
連合は28年ぶりの高水準となる5%程度の賃上げ要求を決めた。流通などの労働組合が加盟するUAゼンセンは6%程度の賃上げを求める。各企業の労組も上部団体を超える要求を検討すべきだ。
経団連の十倉雅和会長は賃上げに一定の理解を示し、サントリーホールディングスは6%、日本生命保険は営業職員の7%程度の賃上げ方針を表明した。「インフレ手当」を支給する企業も相次ぐが、消費にお金が回るには基本給の底上げが重要だ。
21年度の法人企業統計によると企業の現金・預金は281兆円と10年前の1.7倍になったが、労働分配率は低下傾向にある。もっと人への投資に振り向けるべきだ。好業績の企業は思い切った賃上げをためらうべきではない。
経営者からは「今回の労使交渉だけは物価高を考慮せざるを得ない」との声も聞かれる。だが重要なのは24年以降も継続して賃金を上げられる基盤づくりだ。
企業はこれまでコスト重視の経営を追求するあまり、人件費も抑制し続けてきた。その結果、招いたのは内需の停滞だ。この「合成の誤謬(ごびゅう)」から抜け出す必要がある。
経営者は発想を切り替え、賃上げから成長につなげる好循環を目指すべきだ。
優秀な人材を引き付けることで付加価値の高い商品を生み出し、収益力を高めてさらなる賃上げの原資を確保する。不採算部門の整理を急ぎ、成長分野へ事業を大胆にシフトすることも欠かせない。
賃金の高さで人材獲得を競うのが望ましい。日揮ホールディングスは23年4月から約10%の賃上げを実施する。プラント業界の魅力を高めるのが狙いという。世界の人材獲得競争で負けないためにも、「安いニッポン」からの脱却は待ったなしだ。
中小企業も安い労働力に頼り切りではいけない。人手不足のなかでも賃上げができない企業は退出を迫られるのが自然だ。政府は延命させるのではなく、収益力の向上を促す政策に徹すべきだ。
今まで遅れていた事業の再構築や企業の新陳代謝を進めることが産業のダイナミズムを生み、経済成長を強く後押しする。
持続的な賃上げには米国の約5割の水準にとどまる1人当たり労働生産性の向上が急務だ。企業は欧米に見劣りする人材教育への投資を大幅に増やし、年功色の強い人事制度を抜本的に見直す必要がある。女性の活躍を後押しし、働き方改革で社員の能力を最大限に引き出すことも欠かせない。
日本型雇用は長期にわたって人材を抱え込み、企業別労組は雇用維持を優先して賃金要求を抑えがちだった。日本の生産性と賃金を上昇させるには労働市場の流動性を高め、市場全体で人材を生かす考えに転換することが重要だ。
収入増える転職市場に
柔軟な労働市場をつくるのは政府の役割だ。成長分野への労働移動を円滑に進めるために、職業訓練や職業紹介の機能を高める必要がある。北欧諸国やドイツのように民間の力を最大限に活用することも検討すべきだ。
日本では転職で年収が増える人は3~4割にすぎない。欧米のように賃金増が一般的な転職市場をつくりあげる必要がある。
年収が一定以上になると税や社会保険料の負担が生じる「年収の壁」はパートの主婦の就労調整を招いている。賃上げの効果をそぎ、労働需給の逼迫にもつながる仕組みには問題がある。見直しが必要だろう。
効率的に働ける裁量労働制の対象のさらなる拡大や、不当な解雇の金銭解決制度など政府が取り組むべき課題は多い。賃上げの継続を求めるのであれば、後押しする改革を前倒しで実行すべきだ。