古賀信行 私の履歴書(15)大タブさん
野村ホールディングス名誉顧問
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1986年(昭和61年)11月から88年11月までの2年間は秘書室にいた。当時の田淵節也会長、通称「大タブ」さんの担当である。
異動を命じられた時、最初は前年に社長になった田淵義久さん、「小タブ」さんの秘書かと思った。逆に言うと、それくらい田淵節也さんのことは知らなかった。
最初の日に恐る恐るあいさつに行くと、いきなり「君、今日は空いてるか」。忙しいと言えるはずもなく、社内の打ち上げの宴会に連れ...

世界的にも有名な大手証券グループのトップを長年勤めた古賀信行さんは、激動の金融市場を乗り切ってきました。経団連など金融・証券業界にとどまらない財界活動で新型コロナ禍に苦しむ日本経済の再生にも取り組みました。炭鉱の街、福岡県大牟田市で生まれ育ち、幼少期に激しい労働争議や炭鉱爆発事故を目の当たりにします。鹿児島市のラ・サール高校から東大に入学。就職した野村証券では人事や経営企画といった黒子役のほか、株式や債券の引き受けを経験して社内外に人脈を築きます。バランス感覚と広い知見はバブル経済崩壊後に野村証券が市場での地位を固めるのに欠かせないものでした。