ビジネス×アート 革新生む街に
三菱地所 吉田淳一社長
「創造都市」という言葉がある。経済的繁栄が文化的繁栄を生み、さらに技術も絡み合って、革新を生み出している都市だ。都市論の名著「都市と文明」を残した英国の都市研究家ピーター・ホールは創造都市の要諦を「その都市独自の質をつくり出し、訪れた人々の記憶に残る都市をつくること」という。そこでは都市は芸術を受動的に消費するだけでなく、芸術家が制作活動を行い、創造的に生産する場に転換していくことが重要になる。ビジネスがアートと結びつき、イノベーションを生む創造都市づくりが東京の有楽町で始まろうとしている。

新生・有楽町で感性磨く
東京駅から皇居にかけて広がる大手町、丸の内、有楽町のオフィス街は「大丸有(だいまるゆう)」と呼ばれる。再開発が進む大丸有で最後に残ったのが有楽町。三菱地所は有楽町エリアのビルを2030年にかけて相次いで建て替える計画を打ち出した。
「有楽町ビル、新有楽町ビルの建て替えとそう時期をおかずに皇居に面した国際ビル、帝劇ビルを建て替える。有楽町は銀座や日比谷に隣接し、劇場や映画館が並ぶ芸能やエンターテインメントの街というイメージがある。アートやエンターテインメントをビジネスとうまく掛け合わせることで、独特のイノベーションを起こす可能性のある街だ。かつての『有楽町で逢いましょう』ではないが、地域の文化や歴史を踏まえつつ、新たな価値で有楽町を復権させたい」

「すでに有楽町ビルの空きスペースにアーティストが入り、創作活動に使っている。パリやロンドンは街中にアトリエ的な空間があるが、日本はほぼない。東京国際フォーラムと連携すれば広い中庭も活用できるだろう。発表の場を求めている人たちが有楽町に集い、常に何かが行われ、感性をくすぐる街になることが大切だ。有楽町エリア全体がインキュベーションゾーンになれば面白い」
三菱地所は12月5日、東京芸術大学と包括連携協定を結んだ。日比野克彦学長は「芸大はアートの力であらゆる分野を接続する有機的な活動体として、人が潜在的に持つ生きる磁力を引き出す役割を担っていきたい」と語る。
「街づくりに深みや温かみを加えるため、東京芸術大学や東京医科歯科大学と連携している。アートはその空間にいる人の魂を刺激し、創造力を豊かにする。医学的にもウェルビーイングと呼ばれる精神的によい影響をもたらす。ちょっと心が落ち着かないときに来ると自分の居場所を見つけられ、自然に呼吸ができて楽しい。アイデアに困ったときは感性をくすぐられて新しい発想が生まれる。大丸有のようなオフィス街も働きに来るだけでなく、こうした場所であることが必要だ」

「この要素を空間づくりに取り入れ、ビジネスの活性化に生かす。アートも単に鑑賞するだけではなく、ビジネスの色彩をまとうことでアートの環境を持続的に守っていける。大学との連携がより深まれば、毎年新しい人が入ってきて人の流れは常に新しくなるだろう。そこでビジネスパーソンとつながりが芽生え、大学側から『こんな研究に興味はありませんか』と問いかけたり、企業側から『こんな研究はできませんか』と尋ねたりする交流が始まると面白い。交通の利便性が高く、開かれた拠点なら、様々な人が集まって自由に活動し、そこから新しい価値が生まれていく」
街づくりの手法でも、アートを生かすソフト面から入ってハードを考えるのは新しい。日本は優れた芸術文化を持ちながらソフトパワーとして対外的に生かし切れていない。有楽町には、そこに火をつける起爆剤としての期待もある。
「アートは国の力を表す1つの要素だ。街全体としてアートの力が強ければ、海外の人々が訪れてみたいと思う1つのきっかけになる。訪れた人もその街で過ごすことを快適に感じるだろう。とりわけ有楽町でめざすのは、アートのある街でなく、アーティストのいる街だ。完成されたアートを街に取り込むだけでなく、アーティストを呼び込む仕掛けづくりを進めている。これまで街づくりの中心にはいなかったプレーヤーに加わってもらい、従来にない発想で新たなハードを考えていく」

「ヨーロッパは街中に美術館がたくさんある。宗教画をみる機会が多く、幼い頃から絵はみる人に何かを語りかけ、みる人によって捉え方が違うものと親しんでいる。三菱一号館美術館で展示会を開く前、その画家がいくつくらいのときに、どんな環境の下で、何を思って描いたのか、学芸員に解説してもらうが、『浮世絵の影響でこうした画風になった』などと教わるうちに絵の見方が変わってきた。日本人もアートに親しむ機会が増えてくれば、アートが及ぼす影響に理解が及んでいくのではないか。有楽町がそうした感性を磨く場になると面白い」
編集後記 「大丸有」再開発の総仕上げ
フランク永井の「有楽町で逢いましょう」がヒットし、有楽町の名が全国に知れ渡ったのが1957年。それから65年がたち、有楽町が再び生まれ変わろうとしている。
有楽町と銀座の間を走る高速道路は将来、歩きながら都心の景観を楽しめる約2キロメートルの緑の空中回廊になる予定だ。ニューヨークのハイラインのような新名所が誕生する。

有楽町駅は皇居側に駅前広場がなく歩きにくいため、東京都は皇居側の読売会館、銀座側の東京交通会館、旧都庁跡地などを一体開発する計画だ。東京国際フォーラムと連携した国際的なビジネスや観光の拠点として、展示会などのMICE機能の充実をめざす。
三菱地所にとって「大丸有」は、大手町が金融拠点、丸の内は東京駅と皇居に面した表玄関というイメージだが、有楽町は曖昧だった。大丸有の再開発の総仕上げとして有楽町で掲げたのが「文化芸術・MICEを核としたまちづくりのショーケース」である。
ショーケースは常に新鮮な魅力で驚かせる玉手箱だ。東京はアートの力を理解した欧米並みの創造都市になれるのか。有楽町の責務は重い。
(編集委員 斉藤徹弥)