ロシア産ガス、復活はあるか 侵攻の先を読み解く - 日本経済新聞
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ロシア産ガス、復活はあるか 侵攻の先を読み解く

Earth新潮流

ロシアのウクライナ侵攻が越年した。戦火の終息はめどが立たず、侵攻で加速したエネルギー危機も出口が見えない。供給網の分断と争奪戦の起点となったロシア産天然ガスの行方はどうなるのか。少し時間軸を延ばして考えてみたい。

「2023年の冬はさらに厳しい試練が待ち受けている」。国際エネルギー機関(IEA)は22年12月の報告書で、欧州の天然ガス需給についてこう警告した。

侵攻を境に天然ガス調達をロシアに依存してきた欧州のエネルギー事情は一変した。欧州連合(EU)が脱ロシア依存にかじを切る一方、天然ガスを「人質」に使うロシアの揺さぶりは記録的な価格高騰をもたらした。

LNG、長期契約広がる

年が改まっても状況は変わりそうにない。エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の試算では、欧州が脱ロシアを追求すれば、20年代末まで液化天然ガス(LNG)の供給不足は続く。

LNG争奪戦は短期・スポット契約から、長期契約への揺り戻しも招いた。米エネルギー関係者によれば、21年の米国産LNGの調達契約では調達期間が16~20年超の比率が全体の3割だったが、22年は昨秋時点で7割を超えた。中国が22年11月にカタールと交わした契約は27年で、満了は50年代だ。

東京電力ホールディングス中部電力が折半出資するJERAが22年12月にオマーンと合意した契約は調達期間が10年、INPEXが同月に交わした米国産の調達契約は20年だ。自国優先の囲い込み競争に、日本も背を向けるわけにいかない現実がある。

なりふりかまわぬ争奪戦にはじき飛ばされたのが、新興国・途上国だ。JOGMEC調査部の白川裕氏は「スポットLNGの高騰を嫌気したアジアの新興需要国で需要の減退が見られる。減退需要は22年実績(速報)で2500万トン、欧州の受け入れが最大化する26年ごろには最大8000万トンに達する」と指摘する。足元の世界貿易量の約2割に相当する規模だ。

脱炭素の進展にも影響

影響は脱炭素の歩みにも及びかねない。火力発電の依存度が高い日本は同じ条件を抱えるアジアと連携し、地域全体で温暖化ガスの排出を減らす絵を描く。そのための方策がまず温暖化ガス排出の多い石炭から天然ガスへのエネルギー転換を促し、さらに水素など脱炭素燃料へ置き換えてカーボンニュートラルへ近づく2段階シナリオだ。

しかし、LNGの高値や供給不安が長期化すれば、このシナリオも揺らぎかねない。アジアの国々は天然ガスを飛ばして再生可能エネルギーへ一気に移行する、あるいは石炭への回帰を選ぶ可能性を否定できない。

ウクライナの人々を苦難から救うには、一日も早い停戦が求められる。同時に停戦が成立すれば国際エネルギー情勢に何が起きるのか。これに備えることも必要だ。

戦争の終わり方は見通せないが、現時点では多くの研究者が指摘するように、ロシアのプーチン大統領が負けを認めることはないだろう。しかし、どういう形であれ、砲声がやめば、間を置かずに必要になるのは、ウクライナの市民が日常を取り戻すための生活再建と国土の復興だ。

ウクライナの被害額は1300億ドル(約17兆円)超との試算がある。ウクライナのシュミハリ首相は復興には「7500億ドル(約100兆円)が必要になる」と述べた。欧州投資銀行(EIB)のホイヤー総裁は「数兆ドル規模だ」と戒める。

エネ収入を復興資金に

世界はいずれ、この巨額資金の捻出に直面する。日本を含む、主要7カ国(G7)は資金の出し手として積極的な貢献が求められるだろう。

では、侵略したロシアにどう負担させるのか。米欧日は対ロ制裁の一環でロシア中央銀行が持つ外貨準備の一部、3000億ドル(約40兆円)程度を凍結した。プーチン政権に近い新興財閥(オリガルヒ)が国外に持つ資産も押さえている。こうした資金の一部を活用する選択はあるだろう。

それでも必要額にはほど遠い。侵攻が長引けばさらに膨れ上がる。となると、ロシアのエネルギー資源の収入をあてる考え方が、むくむくと浮上してくるはずだ。

イラクは30年超で完済

1991年の湾岸戦争で、米国を中心とする多国籍軍に敗れたイラクは、国連安全保障理事会決議に基づき、524億ドル(約7兆円)の賠償金を侵攻したクウェートに支払うよう定められた。

安保理の付属機関を通じて石油収入の5%を払い続け、完了したのは21年12月だ。石油輸出国機構(OPEC)有数の産油国であるイラクでも完済までに30年超を要した。

イラクのケースは敗戦国に対する、安保理決議に基づく賠償だった。ウクライナ侵攻が勝ち負けがはっきりせずに停戦となればどうなるのか。

2つに分けて考える必要がある。まず、ウクライナ復興にロシアの協力が得られる、もしくはロシアが応分の負担をせざるを得ない場合だ。プーチン体制が崩壊し、新体制が国際社会へ復帰を求めるケースなどが考えられる。

原油や天然ガスの輸出収入の一定割合を中立的な基金などを通じて蓄える。ウクライナを通る天然ガスパイプラインの通過料を引き上げ、その収入を復興にあてるなどの方法があるだろう。

エネルギー危機が続く欧州にとって、「ウクライナ復興に寄与し、需給の緩和にもつながるのは、ロシア産石油・ガスの輸入再開の格好の言い訳になる」(商社幹部)点を見逃せない。

もう一つはプーチン体制が存続する、または交代しても強硬な後継者が登場し、欧州にとってロシアがやっかいな隣人として残る場合だ。ロシアの脅威を残したままの安易な停戦は望ましくないが、ウクライナ、ロシアとも疲弊している。朝鮮半島のように、対立と緊張が固定化される形での停戦も排除できない。

そうなれば復興へのロシアの石油・ガス収入はあてにできない。欧州は脱ロシアに突き進む一方、ロシアは自国の経済再建へ中国やインドなどへの安値輸出を続ける。エネルギー供給をめぐるデカップリング(分断)が長期で固定化されることを覚悟しなければならない。

(編集委員 松尾博文)

[日経産業新聞2023年1月13日付]

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