/

夏の甲子園開幕 敗者よ涙より胸を張ろう

6日から夏の全国高校野球選手権大会が、3年ぶりに一般の観客を入れて甲子園球場で開催される。私も中学まで野球少年だっただけに高校野球の大ファンだ。

最近は自宅近くの高校の練習を見ているうちに、甲子園をひたむきに目指す選手を応援したくなった。今年はよいメンバーがそろって前評判も高く、もしかしたら甲子園へ行けるかもしれないと期待した。

だが県予選で実力的には下と思われる対戦校相手に、試合序盤から流れに乗れず、思わぬ形で先制点を許すとプレーが固くなってしまった。そのまま最後まで本来の力を出し切れず、夢はついえた。

野球ほど勝敗が不確実なスポーツはないように思う。例えば同じ球を追う団体競技のラグビー。いわゆる強豪校と呼ばれるチームは、ほぼ実力通りの結果に終わる。

思うに野球は、試合中にプレーヤーが球を保持する時間が少ないことや、地面からの不規則なバウンドなど実力を超えた運が勝敗を左右するからではないだろうか。地方予選では、甲子園行きが確実視された強豪校が敗れる波乱は毎年のように起こる。

努力を重ねた彼らの涙を目にし、仮に「運をつかめなかっただけだ」といたわりの言葉をかけたとしても何の慰めにもならないだろう。野球自体が予測不能なスポーツであることは、彼ら自身が十分に理解しているのだから。

どれほど完璧な準備をしても運をつかめなければ「聖地」甲子園には届かない。高校野球は必ずしも努力が結果に結びつくわけではなく、この夏にやるせない思いを抱いた球児はどれほど多くいたことだろうと思う。

甲子園で敗れた高校球児の涙は見ているものに大きな感動を呼びおこす。だが彼らの涙は地方大会で敗れた選手のものとは少し違う。学校関係者に加え、都道府県全体の期待を背負いながら代表としての期待に添えなかった無念さはあるものの、夢のグラウンドの土を踏みしめ、一定の納得感を得た上での涙のように思える。

箱根駅伝を目指していた学生時代、箱根路を走った選手が納得がいかない走りだったと泣いているのを見て本当に情けなかったのを覚えている。走れなかった私は、悔し涙という感情すら味わえないのだ。

この夏、最後まで負けることなく甲子園を後にできるのはたった1校のみ。負けたチームの高校生はぜひとも、十分にやったのだから悔し涙は見せずに胸を張って郷里に帰ってほしい。

この晴れの舞台に立つ夢を成し遂げられず地方大会で敗れた選手には、全力で取り組んできたことが成就できなかった経験は必ず人生の宝になる、と伝えたい。

世の中、最後の一握りの勝者以外はすべて敗北を経験している。人生で大輪の花を咲かせている成功者の多くも、痛烈な挫折感を経験してそれをバネにしている。全身全霊で甲子園を目指した青春の体験は誰にでもあるわけではなく、それだけで成功への一歩を踏み出しているとみることもできる。「この夏が自分を変えた」と言える日がいつか訪れることを願う。

(プロトレイルランナー)

スポーツトップ

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン