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桜に「生きる」誓い 3人の登山家、若くして遭難

1999年秋の国体山岳競技の縦走種目で大山さん(左端)らと一緒の群馬県チームで優勝した

今年も桜の季節がやってきた。はかなく散る桜を見ると、時の移ろいを感じ、感傷的な気持ちも手伝ってか亡くなった人たちを思い出す。私にとって忘れられない故人、3人の登山家は故郷の群馬県山岳連盟を通じ親交があった。

1人目は名塚秀二さん。世界に14座ある標高8000㍍以上の山のうちの9座を登頂し、日本人初の全14座登頂の快挙をめざす途中、ヒマラヤのアンナプルナで遭難した。47歳だった。かつて私が「マイナースポーツのトレイルランニングでいくら結果を出しても全く評価されない」との悩みを打ち明けると「きっといずれ注目されるときが来ますよ」と、畑違いのこのスポーツの普及に尽力してもらった。

「私もいつかヒマラヤの高峰を登りたい」と語ると、「せっかく自己表現できる分野があるなら、こんな危険なことはしない方がいい」と優しく諭してくれた。豪快で笑顔の絶えない方だった。

2人目は星野龍史さん。年齢が近いこともあって親しくしていただいたものの、新進気鋭の若手登山家として世間から注目されていて、私はいつも気後れしていた。ヒマラヤ登山の話題になると「鏑木さんの体力がうらやましいです。その体力があれば俺ももっとやれるのにな」と照れくさそうに頭をかいていた。

明るく情熱的、そして無類のロマンチスト。ときに寡黙な面もあり、その人柄にいつも魅了された。常に次の目標とする山のことを熱心に語ってくれたけれど、33歳の若さでヒマラヤ・ダウラギリで命を落とした。

3人目は大山洋次さん。国体山岳競技のチームメンバーとして最も親交が深かった。山岳連盟の夜の会議では、厳しい登山への準備と称して自宅から80㌔㍍もある道のりを自転車で往復するなど、厳冬期の日本アルプスの困難な登山を単独で成し遂げるため、自分を追い込むことに余念がなかった。

生き方は決して器用とはいえなかった。ただ、どんな人にも気さくで多くの人々からその人柄は愛された。冒険の意義や本格的な登山の手ほどきを教えてもらい、その後自分の生き方に大きな影響を及ぼした。あれほど純粋に目標に向かって一筋に生きている人に私はいまだ出会っていない。黒部峡谷で転落し亡くなったのは44歳だった。

3人とも次の冒険をキラキラするまなざしで語り、生命力に満ちあふれていて死とは最もかけ離れた存在だった。それだけに、突然の訃報を聞いても現実味がなく、まだどこかで生きていて再び会えるような気がしてならない。

何気ない日常のなかで、彼らのことを思いだすことが何度もある。海外レースで3度の命の危険を感じたときにも、ふと彼らのことが頭をよぎった。なんとか窮地を乗り越えるたびに、私を命の危険から守ってくれたような気がする。はるかに年上だと思っていた彼らの年齢を気づけば私がすでに上回っている。2021年の桜を見ながら、夢半ばで逝った彼らの分もしっかりと生きたいと改めて思った。

(プロトレイルランナー)

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