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「今」を伝えたラジオ番組「GⅠ直前情報」の思い出

無観客施行中の人のいないスタンド

競馬月刊誌「優駿」1月号の付録に「マスクケース」が付くなど、昨年の1月にいったい誰が想像しただろう。2020年はまさに新型コロナウイルスの1年だった。昨年前半、お客様が直接観戦できたGIレースはフェブラリーステークスただ一つ。ギリギリで一部の競馬ファンに牡馬牝馬の三冠を見ていただくことはできたが、ほとんどの方はメディアを通じての観戦を強いられ、本当に残念なことだった。

無観客競馬が続いていたときの競馬場のスタンドを仕事の合間に何度か歩いてみた。本当に寒々しい限りの風景だった。よく「家は人が住まなかったらダメになる」と言うが、競馬場に限らず建物は人がいないとダメになるというのは本当だと思う。パドックに競走馬が周回して馬場でレースが行われていても、スタンドにお客様がいなければ正常な競馬場の風景ではない。スタンドだけでなく、馬場前の石畳までお客様がいてこそ競馬場だと思う。

実況をしていてもお客様の歓声が聞こえてこないと、自分の中で気持ちの入り方が違った。現在、少ないながらもお客様の「気配」を感じることで、気持ちが入ってくるようになっている。私は理詰めではなく、気持ちで動く人間なのだ。

「気持ちを盛り上げる」といえば、GIを盛り上げるために放送局で番組を作ることがある。弊社でも昨年暮れに有馬記念を盛り上げるべく番組を放送した。ただ以前にもこのコラムで書いたが、ネット全盛の時代。音声媒体は厳しい環境にさらされている。かつて放送していて今は姿を消してしまった番組に「GIレース直前情報」というのがあった。

作り自体はシンプルでも、多くのドラマを伝えた番組だった。基本はGI当日早朝、放送席と競馬場の厩舎地区を結んで、GIに出走する馬の関係者の声を生中継でお伝えするもの。放送前日に出演の約束をしていたのに、当日にキャンセルというケースは日常茶飯事。ある意味、制作は綱渡りだった。当時は携帯電話もなくトランシーバーで連絡を取りながら、厩舎地区からはラジオマイクという機材で放送していた。

阪神競馬場の厩舎地区

そんな中、関西馬の関係者には気さくに話してくださった方が多く、随分と助けてもらった。特に「やることは全てやり切った」という陣営ほど、いろいろな話をしてくれた。あまり報道されていなかったことも聞くことができて、一部のファンからは熱狂的な支持を受けていた。

逆に有力馬の中にはかなり神経質な陣営もあり、厳しい表情で言葉を選んで話す場合もあって、そんな場合も緊張感を伝えた点でまさに「直前情報」にふさわしかったかもしれない。ある年のジャパンカップで、厩舎地区を回っていたときに、ある外国馬の発熱をオフィシャルよりも早く発表したことがあった。これぞまさしく「直前情報」の面目躍如だった。

さて、これまで書いたのは関東エリアの「GIレース直前情報」で、関西では事情が少し違っていた。諸般の事情で厩舎リポートがなくなっていた。で、どうしたか? 当日の朝に出走馬の管理調教師に、電話で馬の様子をうかがった。

ある年、有力馬の調教師と約束が取れず、競馬専門紙などで印がほとんど付かなかった伏兵馬の関係者2人に出演していただいたのだが、あろうことかその2頭が1、3着に入った。両馬のワイドが4000円台の払い戻しとなったから、どれほど人気薄だったかご理解いただけると思う。やはり出演された関係者の馬が走るとホッとした。勝負の世界だけにゲン担ぎをされる方が多かったからだ。

もちろん、これだけで「直前情報」と名乗るのはどうか、というところはあっただろう。それをカバーしてくれたのが、当時、弊社の解説者で、今は鬼籍に入られた小牧隆之氏の栗東トレーニングセンター出発リポートだった。小牧氏がGI当日早朝(深夜?)から出走馬の厩舎を回って話を聞き、実際に馬を見てその話をしてくれた。

本当に馬を見る目のある方だったので、この解説は自身の馬券にも大いに役立ったことを覚えている。ネットで様々な情報が瞬時に飛び交う今日、こうした「今」を伝える番組こそがラジオの真骨頂ではないか。なんとか復活できないものかと今も思う。

限定入場ながら、人が戻ってきた20年12月の阪神のパドック

この「直前情報」という番組を終えて、朝食をとってその日の中継に臨むと、気持ちの入り方がまったく違った。間近で話を聞いた人がパドックで馬とともに周回しているのだからそれは当然だろう。

コロナ前、善しあしは別として一部の競馬ファンの中にはGI前日から競馬場の入り口前で並ぶ方が多かった。聞いた話だが、GIを追いかけて東西を行き来し、徹夜するつわものもいたらしい。夜通し仲間と競馬について語り合って気持ちを盛り上げ、レースを観戦する。競馬ファンにとっては至福の時かもしれない。

この徹夜組が復活するにはまだまだ時間がかかりそうだ。他人に迷惑をかけない限り、それぞれが好きな楽しみ方をできるようになることを今は心から望んでいる。

(ラジオNIKKEIアナウンサー 檜川彰人)

各アナウンサーが出演、ラジオNIKKEIの競馬番組はこちらでチェック! http://www.radionikkei.jp/keibaradio2/

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