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サイ・ヤング賞投手バウアーが語るピッチデザイン

スポーツライター 丹羽政善

2020年にサイ・ヤング賞を獲得したバウアーは投球のデータ分析、動作解析に取り組む=AP

話がうまい人、相手をぐいぐいと引き込める人というのは、例えやちょっとしたエピソードの使い方が巧みだ。それはただ、物事の本質を理解していてはじめて、的確な比喩表現ができる。

1月30日、スポーツアナリティクスジャパン2021(SAJ2021)がオンラインで開催された。日本スポーツアナリスト協会(JSAA)が主催し、毎回、野球、サッカーなど各競技団体のアナリストらがデータ分析の最前線を語るイベントである。今回、そのSAJ2021の基調講演をしたのが、データ分析、動作解析などの分野においては専門家らをしのぐ知識を持ち、ある意味、自らが実験台となってその重要さを訴えてきたトレバー・バウアー(レッズからフリーエージェント)。2020年、ついにサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)を獲得し、改めてその取り組みが注目されるなかでの登場となった。

そのバウアーは、多くの引き出しを持つ。しかも、誰もが知る身近なものに置き換えられる。イベントで筆者は対談役を務めたが、例えば前回、このコラムで紹介した各チームなどに不可欠となっている、プロ経験はないが、データ分析などに優れたコーチらのことをバウアーは「通訳」に例えた。

「自分も含めて、オタクの言葉というのは難解なところがある。それをわかりやすく言語化して、選手に伝える〝通訳〟が、必要になっている」

彼は自分のことを度々「オタク」と呼んだが、コーチらがデータが持つ意味などを理解した上で、それをどう選手に伝えていくか。それをバウアーは「シンプルであればあるほどいい」とかみ砕く。また、選手らがそれを理解するとき、「言われた通りにやるのではなく、全体像を把握する力が求められる」とも語ったが、それを今度は「カーナビ」に例えた。

「球の軌道を理想に近づける作業は、カーナビで目的地へたどり着く作業と似たところがある。まずは現在地を正確に把握し、目的地を設定しなければ始まらない」

ただ、野球ではカーナビのように「次の信号を左に曲がってください、次の角を右です」という指示通りに車を走らせれば、ゴールに着くという話ではない。

「全体を把握し、指示の一つ一つを咀嚼(そしゃく)する。それを自分の言葉で説明できるまでに落とし込めるかどうか。結果は同じでも、中身はまるで異なる」

もちろん、カーナビには全体のルートを確認できる機能もあるが、基本的には目先の指示に従いながら運転することになる。野球で同じことをすれば、ややもすると、マリナーズ会長付特別補佐のイチローが19年3月の引退会見で指摘したように、「頭を使わない野球」になりかねない。そこを含んでバウアーは、「必要な過程、プロセスの一つ一つをどう理解するか」と指摘。そこはまさに通訳との共同作業。だからこそ、優秀な通訳が必要になる。

カンファレンスの内容をグラフィックレコーディングで表現したもの。バウアーにも送ると「信じられない」と感心していた=JSAA/インフォバーン・グラフィックレコーディング部提供

さて、それこそバウアーが提唱している「ピッチデザイン」という作業であり、彼がカンファレンスで話をしたメインテーマでもあったが、その取り組みを、チェンジアップを例にカンファレンスで解説してもらった。

まず、最初の映像を見てほしい。これはエッジャートロニック社の最高で1秒間で5000コマ以上の撮影が可能なハイスピードカメラで撮影したものだが、これは彼いわく、「いい例」だという。

ポイントは2つある。

「まず、手からボールが離れる瞬間、中指が縫い目にかかっていない。このとき、縫い目にかかっていると、回転数が増し、ボールの落下幅が小さくなる」

ざっくりいって、スプリット、シンカーなど沈む球種は、回転数が低ければ低いほど効果的。本人の狙いにもよるが、バウアーの場合、しっかり落としたいので、リリースの瞬間、指がボールの縫い目にかからないよう意識する。

2つ目は、ボールの回転軸について。

「リリースした後、ボールの左上が白く光っているように見える。これをハロー効果と呼ぶけれど、回転軸がやや左に傾きながら水平回転し、縫い目のない面が常に左上にくる。この場合、相手が左打者であれば、バッターから逃げていくように沈んでいく。それがまさに目指している回転軸であり、軌道なんだ」

チェンジアップの水平回転について、米ユタ州立大のバートン・スミス教授は、「ディスコのミラーボール」と形容する。コマの回転をイメージするとさらに分かりやすい。その軸が投手側から見てやや左に傾いているのが、バウアーが理想とするボールの回転軸。ハロー効果がどこに現れるかによって軌道が決定されるということは、スミス教授のリサーチから学んだそうだ。

続いて2つ目の映像を見てほしい。これはバウアーに言わせれば、「悪い例」だそう。

「リリースの瞬間の指の位置は確認しにくいが、左上にハロー効果が見られない。白いところがきたり、縫い目が見えたり。まるでボールが踊っているよう。回転軸がぶれているからこうなる。この場合、狙った軌道にはならない」

パッと見ただけではわからないかもしれないが、ボールの左上の部分に注目して前の映像と比較するとバウアーの言っていることがわかる。コマが最後、回転する力を失い、軸がぶれはじめたときのよう。

彼は投げたあと、一回一回こうして映像とデータを確認し、なぜそうなったかをピッチングコーディネーターら「通訳」と話し合いながら課題を整理する。結果には必ず原因がある。それを科学的に特定できれば、修正点も見えてくる――。それこそ彼のアプローチだが、一方で、こう話したのも印象的だった。

「科学的なアプローチは白線をまたぐまで。白線を越えたら人間と人間の戦い」

高い技術を習得するまでは、野球に応用できる科学を現在地からゴールまで具体的にイメージした上で駆使する。しかし、いったんグラウンドに足を踏み入れれば、野球をするのは人間。「打者と対戦するとき、頭の中でこういう投げ方をしたら、こういう曲がり方をする、なんてことを考えていたら、結果なんて出ない。打者との対戦に集中し、極論を言えば、捕手のミットをめがけて投げることだけを考えればいい」

なお、SAJ2021には、将来、スポーツアナリストになりたいという人も多く参加した。そんな若者に向けてバウアーはこんなメッセージを残している。「まだ、誰も目をつけていないようなことに着目し、掘り下げてみてほしい。バートン・スミスは、縫い目の方向が軌道にどう影響するのか独自に研究して、注目を集めるようになった。そうした発想を大切にしてほしい」

そのスミス教授の理論には当初、多くがあっけにとられた。ところが今、新しく大リーグが導入したホークアイという球場全体のボールや選手の動きをリアルタイムで解析し、データ化するシステムによって縫い目の動きまで可視化されつつあり、その効果を探る動きが始まっている。

「今をしっかり把握し、ここにいたる流れを知り、常に新しいことに目を配り、それに適応すべく学び続けることも大切だ」

バウアーはそう締めくくった。

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