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厩舎関係者になぜ拡大 持続化給付金の「不適切」受給

厩舎従業員による持続化給付金の不適切な受給の舞台となった栗東トレーニングセンター

中央競馬の美浦(茨城県)、栗東(滋賀県)両トレーニングセンターで勤務する多数の調教助手や厩務員、調教師が新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受けた事業者の支援のため、経済産業省が設定した「持続化給付金」を受給していた問題が波紋を広げている。コロナ禍にあっても国内競馬界は中央、地方ともに売り上げは堅調で、厩舎関係者が経済的な影響を受けた形跡がないためだ。日本中央競馬会(JRA)も2020年秋の時点で、「影響は極めて限定的」との見解を示していた。にもかかわらず、3桁の受給者が出たことは、モラルの低さを露呈したといえる。

大阪の税理士法人が受給「指南」

問題の発火点は栗東だった。持続化給付金の申請受付が始まったのは20年5月。栗東では「厩舎関係者は満額支給の可能性が高い」などと記された5月7日付の案内文書が早々と配布された。発信元は馬主でもある大阪市の男性税理士が代表の税理士法人。「一度給付を受けると追加申請はできないので申請月の検討が最も重要」「不正受給調査への対応も含む」といった生々しい文言に加え、申請サポートの「成功報酬」として、受給額の7~10%が提示されていた。

この文書とは別に、当該法人への申請依頼書も作成され、スポーツニッポン新聞社の30代の競馬担当記者が、一部の調教助手に申請依頼書を渡していたことも判明している。コロナ禍の影響で、トレセンへの入場が制限される中で、報道機関や競馬専門紙の記者は取材目的の入場が認められていて、動きやすい状況にあった。

持続化給付金を巡っては、既に刑事事件化した不正受給の例もあり、受給を指南された人が、周囲に紹介するパターンが目立つ。トレセンも事情は同じで、スポニチ記者以外にも勧誘に動いた厩舎関係者などがいたもよう。ある調教助手は、受給した厩舎関係者に対し、「金を貸してやるから返還しろと言ったが、『他の人にも紹介してしまったから、自分だけ返すわけにはいかない』」と告げられたという。

美浦では労組が「申請しないで」

栗東で広がった申請の動きは、5月下旬には美浦にも飛び火した。美浦にも問題の税理士法人の顧客がいたためだ。美浦の最大労組、日本中央競馬関東労働組合(関東労)にも、組合員から受給の可否の問い合わせがあり、同労組は顧問税理士に照会。6月初旬には、申請しないよう呼びかける文書をトレセン内で配布した。文書には「中央競馬は開催中止になること無く継続されている事から(受給に)そぐわない」とする顧問税理士の見解も記載されている。

美浦の最大労組、関東労は昨年6月、ビラを配布し、持続化給付金申請をしないよう呼びかけた

調教助手や厩務員は調教師に雇用され、収入の柱は毎月の給与とボーナス。一方、持続化給付金は個人・法人の事業者を対象としており、そもそも支給対象外にみえる。だが、給与やボーナスと別に「進上金」と呼ばれる成功報酬があり、税法上は事業所得として扱われる。進上金は基本的に、担当馬がレースで賞金や手当を獲得すると、5%を受け取る。調教師は10%、騎手は5%となる。通算獲得賞金が19億円を超えたアーモンドアイなら、約3年4カ月の現役期間で担当者の取り分は9500万円を超える。ただし、実際の配分方法は厩舎ごとに異なり、全員が5%を得ているわけではない。

一方で、スター馬も休養中は稼げないし、いつかは現役を退く。次の担当馬の能力次第だが、収入が急減するのがむしろ普通。こうした不安定さは、申請に好都合だった。19年のある月に比べて、翌年同月の収入が半分以下に減れば、形式的には支給条件に該当する。受給者の多くは、日常的な収入の変動を逆用したとみられる。例えば、前年に重賞を勝った馬が、翌年同月に休養していれば、条件を満たす可能性が大きい。

後手に回ったJRAの対応

だが、これは形式の話で、中央競馬は無観客開催が7カ月を超えたものの、昨年の売り上げが前年比3.5%増。21年度は賞金・手当が増額された。関東労の顧問税理士が「受給はそぐわない」としたのも当然だった。だが、栗東では逆の動きが進行した。申請の動きが広がると、一部の厩務員労組の顧問を務める男性税理士も受給に肯定的な姿勢を示し、無報酬で10人以上の申請を手助けした。こうした事情もあり、調教助手・厩務員の受給者は、美浦が20人台だったのに対し、栗東は110人を超えた。

中央競馬は今年に入っても好調な業績が続いているが…(2月のフェブラリーステークス)=共同

6月までにこれほど様々な動きがあったにもかかわらず、JRAの動きは鈍かった。日本調教師会(橋田満会長)が注意喚起の文書を出したのは11月5日。文書は①要件を満たさない不適切な申請はしない②既に誤って受給された場合は早急に返還する――の2点の指導を徹底するよう、各調教師に要請していた。本来なら、5カ月早く出るべき文書だった。結局、JRAの本格的な調査は、この件が報道され、後藤正幸理事長が衆院予算委員会に招致された後。調査の過程で、調教師や騎手にも受給者がいた可能性が浮上し、21年2月中とみられていた農林水産省への報告は3月にずれ込んだ。

「不適切」か「不正」か?

現時点でJRAは、今回の受給の大半を「不適切」と認定した形だが、「不正」とはいえるのか? 持続化給付金を所管する中小企業庁によると、狭い意味の「不正」は、返還の際に延滞金や受給額の20%のペナルティーが発生する事例で、全国で約400件に上るという。ただ、今回のようにコロナ禍の影響とは言い難いのに申請した場合も、一般論と断りつつ「不正に当たるのではないか」としている。コロナの影響が想定できる事例もまれにはある。例えば、担当馬がドバイに遠征した場合で、実際は渡航後にレースが中止され、遠征は空振りに。賞金獲得の機会が失われた。だが、大半はコロナの影響圏外で、何らかの責任追及は免れない。

報酬つきで不適切な申請を指南した税理士の責任問題も焦点となる。税理士は馬主であったため、厩舎関係者にとっては顧客という優越的地位にあった。また各地の税理士会は、対象が困窮者であるため、今回の受給申請のサポートは無報酬で行うよう申し合わせていた。税理士法人側は2月18日、報道各社へのファクスで「弁護士を加えて行った再精査の結果、改めて適正な手続きであったことを確認しています」との立場を示した。

中小企業庁はJRA、日本調教師会の調査結果を農水省と共有する方針で、独自調査に動く可能性もある。刑事事件に発展するかは不透明だが、既に競馬のイメージは深刻に傷ついた。昨年来、競馬を支えてきたのは、馬券を買い続けた人々で、中にはコロナ禍でダメージを受けた人もいるはず。こうした人々の境遇への想像力が少しでもあれば、こんな問題は起きなかったのではないか。

(野元賢一、関根慶太郎)

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