田中復帰でみえたプロ野球とメジャーの「潮目」
編集委員 篠山正幸

プロ野球のトップ選手から順に、メジャーに移籍していく流れができて久しい。その潮流の転換点となるのか。田中将大(前ヤンキース)の楽天復帰や「田沢ルール」の撤廃など、日米間に起きた出来事を結んでいくと、変化の兆しが見えてくる。
「ヤンキースのエースとして大活躍して、まだまだ大リーグで通用する中で思い切った判断をしてくれた」
1月30日、田中の8年ぶりの日本球界復帰を発表した楽天・三木谷浩史オーナーは会心の面持ちだった。「まだ大リーグで通用する」どころか、どの球団でもエース格になれる投手が帰ってきた。この事実は楽天の補強という枠を超えた意味を持っている。
三木谷オーナーは「世界」を見据えた球団経営者の一人だ。2016年11月のプロ野球のオーナー会議で、プロ野球が世界で戦う力をつけていくためには、日本人か外国人かにこだわらず、よい選手を入れるべし、との趣旨で、外国人枠の撤廃を唱えている。球界の発展にはボーダーレス化が不可避との指摘だった。
田中という「世界標準」の復帰は世界と肩を並べよう、という三木谷オーナーの宿願に向けての一歩になるだろう。

日本復帰の理由を問われた田中が、野球の「質」に触れたと思われる点も注目された。「自分がどういう野球をしたいのか、どういう環境の中で野球がしたいのか、ということが一番だった」
昨季ほど消化不良に終わったシーズンもないだろう。10試合登板で3勝3敗という成績はともかく、1試合あたり最長7回、平均5回未満。球数の制約もあるとはいえ、勝ち負けの責任すら負えないのでは投げた気がしなかっただろう。
メジャーは昨季、シーズン60試合を催行するにとどまった。これまでの労使の対立などをみれば、まだ憂いなく野球に取り組める環境にはない。限られた野球人生の貴重な時間を一瞬も無駄にしたくない、というアスリートの本能が、田中を日本に向かわせた、ともいえるのではないか。
東北という地に思いを寄せる田中にとって、年俸はさほど問題ではなかったはず。とはいえ推定9億円というメジャーにもひけをとらない金額を用意できる球団が出てきたことも、画期的といえる。
田中の日本復帰はコロナ禍がもたらしたハプニング、とは言い切れないのではないか。
08年、社会人に所属していた田沢純一投手が、日本のプロ野球を経ずにレッドソックス入りした。これを受け、日本のプロを回避して、海外のプロリーグに直行した選手とは帰国後一定期間、ドラフトで指名しないと12球団で申し合わせた。これがいわゆる「田沢ルール」。日本がメジャーの草刈り場になる、という危機感が当時はあった。

あれから10年余り。年俸を含めたプロ野球の若手の待遇や練習環境が、米国のマイナーを上回る、との認識が定着してきたことを受けて、ルールが撤廃された。日本球界の自信の表れであり、プロ野球の相対的な地位向上を示している。
野球で成功したいと思えば、米国より日本で修業した方がいいかもしれない――。メジャーでドラフト1位指名された経歴があるカーター・スチュワート投手(21)のソフトバンク入りは象徴的な出来事だった。
故障歴がひっかかり、メジャー球団との入団交渉が不調に終わったすえの来日だった。だが、日本式の懇切丁寧な指導の方が成長の近道になる、との積極的な選択でもあったらしい。
「コーチングという点では日本の方がずっといいと思う」とは20年2月、初めて臨んだ日本のキャンプでの感想だ。倉野信次ファーム投手統括コーチらが、技術や体づくりなど、専門ごとにつきっきりで面倒をみていた。実戦中心で、生き延びるためのすべは自分で身につけなさい、という米球界にはない指導に「自分がよくなっているという確信が持てる」と話していた。
スチュワートが成功し、将来、米側からみれば逆輸入という形で、メジャー入りすることになれば、日本の育成力もお墨付きとなる。

コロナ禍で収益が悪化する中でも、パドレスは若きスター、フェルナンド・タティスと14年総額3億4000万㌦(約360億円)の契約を結んだ。なんだかんだいってもメジャー。経営規模から何から、はるか先にあるが、メジャー、メジャーへと草木もなびく時代に、潮目ができつつあるようにもみえる。