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ソーシャルビジネスに向かうJクラブに「宝の山」あり

スポーツコンサルタント 杉原海太

サッカーのJリーグにとって「地域密着」「ホームタウン制度」は、1993年の発足時から掲げるリーグの理念である。先日、その根幹の部分をざわつかせる報道があった。一部スポーツ紙がJリーグは来季から事実上のホームタウン制度撤廃を検討していると報じたのである。

Jクラブのある本拠地を「ホームタウン」と呼び、そのホームタウン周辺の地域社会と一体となってサッカーの普及、スポーツの振興に努める。Jクラブはそのハブになる。30年近くそうやってクラブ数をJ1からJ3まで57 に広げてきたのに、その理念に手をつけるとなったら大問題であり、ファンやサポーターも巻き込んだ一大事に発展するところ。リーグ側が報道を看過できず、打ち消しに走ったのは当然だった。

ホームタウンとそれ以外の2軸で

実際にリーグやJクラブが検討していたのは、営業やプロモーション、イベント等のマーケティング活動のエリアをもっと柔軟にとらえていこうというものだった。言い換えるなら、規制緩和の実行である。

例えば、欧州の有名クラブは日本のどこでも好きな場所でサッカースクールを開設できるのに、Jクラブはそうはいかない。あるいは東京在住の札幌のファンを都内の映画館に集め、札幌ドームのホームゲームをパブリックビューイングで見せたいと思っても、縄張り荒らしと受け取られる。インターネットを介していろいろなことができる時代に、そうやって厳しく〝商圏〟を定めることはそぐわないというのが、今回の規制緩和の議論の出発点だと思っている。

それはホームタウンをないがしろにする、おろそかにする、という話ではない。欧州のビッグクラブがグローバルとローカルの2軸で戦略を立てるように、Jクラブも足元のホームタウンとそれ以外の(メインターゲットは首都圏になると思うけれど)2軸でものを考えたいということだろう。

今回の報道に対応して、鹿島の小泉文明社長はすかさずツイートした。それは30年前とはクラブと社会と企業の関係性も変わったのだから、リーグの健全な発展のために基本方針は変えずに、考え方を時代に即してアップデートしていくべきだ、という趣旨だった。本当にそのとおりだと思う。

そういう意味で個人的に興味深かったのは、一部報道を受けたSNS上のリアクションの方だった。ある人は「地域密着を否定するのか?」と怒り、ある人は「ビジネスを考えれば仕方ない」という。地域に貢献してクラブの社会的価値を上げていくことと、エンターテインメントを提供してビジネスとして成功することは両立しうるものだと思うのに、ソーシャル性とビジネス性を対立させて、イチかゼロかの〝宗教論争〟に入り込んでしまっているようにすら感じられた。

ソーシャルビジネスとの両立の可能性

93年に発足したJリーグは最初から「スポーツで豊かな国、地域をつくる」という、いわばソーシャル性を前面に打ち出していた。それは今の時代においても何の違和感もないし、まったく古くなっていない。むしろ、時代が追いついてきた感さえある。この先見性は本当にすごいことだろう。

一方、エンターテインメントビジネスとしてのスポーツは、21世紀に入ると世界的規模で飛躍的な発展とグローバル化を遂げ、欧州のサッカーはイングランドのプレミアリーグを筆頭に5大リーグが隆盛を極めるようになった。国際競争にさらされたJリーグは、DAZN(ダゾーン)など、新たなパートナーを探して難局を乗り越えようとしてきた。その間、それでもJリーグはソーシャル性を諦めることはなく、エンターテインメント性、ビジネス性との両立を図ろうと必死に30年近く努力してきた。

実は、私は10月末にG大阪が主催するSDGs(持続可能な開発目標)に関わるオンラインサロンに登壇した。サロンのテーマは、どうやってSDGsを、パートナー企業を含めた様々なステークホルダーとともに具現化していくか、一緒に考えていこうというもの。サロンの参加者はG大阪の責任企業(親会社)であるパナソニック、パートナーの企業や大学、さらには自治体(大阪府)のSDGs担当の方もいた。

サロンで議論を交わしながら、つくづく感じたのは、SDGsの大きなうねりと、様々なステークホルダーとJクラブがともに手を携えて、エンターテインメントビジネスと両立する形で持続的なソーシャルビジネスを確立しうる、大きな可能性だった。

これまでの歩みを振り返ると、地域スポーツとしての発展を目指したJリーグは、親会社からクラブを分社化させ、企業名を出さずに活動させることに力点を置いた。責任企業が控えめに振る舞ったのは、地元の企業やメディア、自治体などステークホルダーを地域で増やす、今風にいえば、CSV(共通価値の創造)をコンセプトにしたからだった。

とはいえ、G大阪でいえば、企業名を取っても、サッカーファンの誰もがその後ろにパナソニックが控えていることは知っている。そして時がたち、企業もただひたすら利潤を追求するだけでなく、もっと社会を良くすることに積極的に関わるべきだという考えが広まってきたときに、CSVをめぐる輪の中にクラブの親会社がいないのは、かえって不自然であるというふうに変わってきたと思うのである。

かつて、メディア企業や鉄道会社がプロ球団を所有するのは、エンターテインメントビジネスを持つことが親会社のメリットにダイレクトに跳ね返るからだといわれた時代があった。これからはソーシャルビジネスを持つことも親会社の本業に跳ね返る時代になってくるように思う。親会社がCSVに深くコミットすることは、クラブの側からしても、またパートナー企業にとっても大いに歓迎すべきことだと思うのである。クラブに関わる全員にメリットがあることなのだから。

スポーツをうまく、楽しく使い持続的に

SDGsの推進を求められる令和時代のビジネス企業にとって、スポーツというツールを持つのは優位性がものすごくあるとも感じている。なぜかというと、SDGsのようなソーシャルアクションを長続きさせるには、少なくとも持続させるためのお金がきちんと回って、かつ様々な人が関わりたくなる楽しさ、わくわく感が重要と感じているからだ。正しさ「だけ」ではなかなか持続しないのが現実だと感じる。

そういう意味で、近年企業経営において重視されつつある非財務的価値が中心となるかもしれないが、スポーツをうまく楽しく使えたら、持続的にソーシャルビジネスを回していけるのではないだろうか。いや、むしろエンターテインメントビジネスとソーシャルビジネスを両輪で回していくことは、楽しさをコアの価値として持つスポーツならではのビジネスモデルになるのではないか。

スポーツ側からしても、30年以上にわたって世界的に発展してきたものの、近年踊り場を迎えた感のあるエンターテインメントに偏りすぎたビジネスモデルをバージョンアップするまたとない機会であると感じている。

G大阪は自分たちのSDGsの取り組みを「SDGsmile」と名付けている。楽しく取り組みながら、笑顔あふれる地域にしていこうということだと思う。さすが大阪らしいと感心する。また、サロンの合間にG大阪の伊藤慎次さんが「そういえば、パナソニックの企業理念の社会性の高さは松下幸之助さんから始まっている」と語るのを聞いて、なるほどと膝を打った。パナソニックの創業者の松下幸之助さんが令和の時代に生きていたら、G大阪を使ってSDGsを推し進めたのではないかと勝手に妄想までした。

2021年9月19日、英プレミアリーグの強豪トットナムは、世界初の「ネット・ゼロ・カーボン・メジャー・フットボール・マッチ」をライバルのチェルシー相手に行った。第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)の協力のもとで。こういった企画も、二酸化炭素(CO2)排出量削減を実現するために、機器やサービスの開発・活用に取り組んでいるパナソニックが本気になれば、G大阪やパートナー企業とともに、もっと発信力のある、シナジー効果が生まれやすい座組みをつくれる気がする。

パナソニックのような巨大企業をバックに持つサッカークラブなど、世界中を見渡してもそうあるものではない。これは世界に誇れるJクラブの優位性ともいえる。個人的には「おいしい」とすら思う。日本人ほど、サッカー界の人間ほど、この構造が当たり前すぎて、そこに〝宝の山〟があることに気づけていないのだとしたら、非常にもったいないことだと思う。

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