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沈んだ巨船 欧州スーパーリーグ構想破綻の教訓は

サッカージャーナリスト 大住良之

4月10日に行われたスペインリーグ伝統の一戦「クラシコ」は、レアル・マドリードがバルセロナに勝利。もしも欧州スーパーリーグが誕生していたら、こんな豪華なカードが毎回見られた?=AP

子どものころ、船の進水式を何回も見た。シャンパンが船首に当たると同時に何万トンもの巨大な船が船尾から船台の上を滑りだし、勢いよく海にはいり、やがて静かに浮かぶ……。心を躍らせる体験だった。だがその船が見る間に沈んでしまったら?

4月18日に欧州の12クラブによって発足が発表され、嵐のような批判にさらされて事実上わずか48時間で終焉(しゅうえん)を迎えた「欧州スーパーリーグ(ESL)」の推移を見守りながら私が思ったのは、進水式の直後にブクブクと泡を立てて沈む巨船だった。

前世紀から続く構想

スペインのレアル・マドリードのフロレンティーノ・ペレス会長の主導で、レアルのほか、スペイン2クラブ、イタリア3クラブ、イングランド6クラブの計12クラブでの設立を発表したESL。ある報道では、大会の準備金として100億ユーロ(約1兆3000億円)が用意され、「創立メンバー」には、スタジアム整備や新型コロナウイルスによる経済損失に対し1クラブあたり3億5000万ユーロ(約455億円)が支援される予定だったという。

ESLの構想は新しいものではない。1998年に最初のアイデアが出され、2009年にはペレス会長が強豪人気クラブだけでESLをつくると宣言した。動きが加速したのは昨年。コロナ禍でどのクラブも大打撃を受け、「小さなクラブや小さな協会にまで利益を分配する現行の大会ではなく、ビッグクラブだけに分配する大会」を望む声が高くなったのだ。

レアル・マドリードのペレス会長。欧州スーパーリーグの「船長」とみられたが、船は進水式直後に沈んでしまった=AP

だがその動きに対し、ことし1月、国際サッカー連盟(FIFA)とその傘下の6地域連盟(欧州サッカー連盟=UEFAも含む)は合同で声明を発表し、「けっしてESLは認めない」と、強い態度を示した。今回のESL構想の発表は、「法廷闘争に持ち込めばFIFAやUEFAに勝てる」とのペレス会長らの判断で断行されたものだった。

ところが、「進水」したばかりの新造船「ESL号」は、たちまち底が抜けてしまう。メディアが態度を鮮明にする前に世論が「サッカーに対する裏切りだ」と猛反発。反対を表明した者には、「12クラブ」の監督や選手、サポーターまで含まれていた。

わずか48時間で「沈没」

その一方で、いくつかのクラブの名が構想に含まれていないことも注目された。バイエルン・ミュンヘンやボルシア・ドルトムントといったドイツ勢、そして近年「金満度」を急上昇させているパリ・サンジェルマン(フランス)である。

「反発」は19日月曜の早朝から始まり、20日火曜日にはピークに達した。そしてその日の午後には、イングランドのチェルシーやマンチェスター・シティーが「離脱」を示唆し始める。するとその夜には雪崩を打つようにイングランドの残り4クラブも「離脱」を表明。半数の6クラブが抜け、ESLは「進水」から48時間で「沈没」が不可避となった。さらにはイタリアの3クラブ、スペインのアトレチコ・マドリードも離脱を表明、残るはレアルとバルセロナだけとなってしまったのだ。

ネイマールら多くのスターを抱えるパリ・サンジェルマンは今回の欧州スーパーリーグ構想に参加しなかった=ロイター

ペレス会長は、従来の欧州チャンピオンズリーグをはるかに上回るテレビ放映権料収入を見込んだだけでなく、米国の金融大手「JPモルガン・チェース」から40億ユーロ(約5200億円)といわれる投資の約束を取り付けていた。しかしこの「金融モンスター」も、23日金曜日には投資計画を白紙に戻すことを発表する。

今回、これほど見事に「新造船」を沈没させた最大の功労者は、12クラブを含む世界中のファン、サポーターだった。誰でも自分のクラブが大きな収入をあげ、世界のスーパースターを獲得することを望んでいる。しかしその一方で、他のクラブにも自分と同じ思いのサポーターたちがいて、人生をかけて応援していることを誰よりもよく理解しているのだ。

それに対し、FIFAやUEFAの反対の真意は、ESLが自らのカネもうけの障害になることを敏感に察したからだ。パリ・サンジェルマンはオーナーのカタール投資家グループが来年に近づいたワールドカップ(カタール開催)を前にFIFAと対立したくないという理由での不参加だったとみられている。どちらもけっして「勝者」などではない。

構想の根に「金銭感覚」の乱れあり

1990年代の後半以降、欧州のサッカーはテレビ放映権料で「バブル」状態になった。それまでのクラブ経営とは1ケタも2ケタも違う収益を上げ、その資金で世界のスターをかき集め、一挙に市場独占の形となった。その結果、1人の選手に100億円を超す移籍金が動くのも日常茶飯事となり、選手の年俸も数十億円が当たり前というほどにふくれあがった。バルセロナのリオネル・メッシは、2017年からの4年契約の総額が5億5000万ユーロ(約715億円)であったことが最近暴露された。年俸にすると約179億円である。

こうした「金銭感覚」の乱れこそ、今回の「ESL事件」の最も根源的な要因である。メッシを擁するバルセロナは、2019~20年シーズンの決算で15%の減収となった。それでも7億1500万ユーロ(約929億円)の収益があった。ちなみに、コロナ禍の影響を受ける前の2019年のJリーグ(J1)18クラブの平均収益は約50億円である。

リバプールのユルゲン・クロップ監督はESL構想を強く批判したが、彼がかかえる選手たちの「市場価格総額」は1400億円を超える。クロップはそれを不自然なこととは思わないのだろうか。彼の金銭感覚も、正常といえるだろうか。

欧州スーパーリーグ構想に反対の立場をとるリバプールのクロップ監督。彼ら名将たちもまた、資金潤沢なビッグクラブという舞台で輝く役者である=ロイター

だが、それは12クラブや欧州の金満リーグ、UEFA、FIFAなどに限られたことではない。世界のサッカー界の多くが、自分だけは「勝ち組」にはいりたいと、手段を選ばず収入を増やすことに血眼になっている。それは日本のサッカーも例外ではない。

「強欲」の上にあぐらをかけば…

日本サッカー協会は1996年の「創立75周年」時に「JFAサッカー行動規範」を定めた。11項目の規範の第9項目目にあるのが、「健全な経済感覚」である。当時の日本サッカー協会の年間予算は70億円ほどだった。だがコロナ禍前の2019年度には、約3倍の200億円に近づいている。こうしたなかで、経済感覚の健全さは保たれているだろうか。

一方Jリーグは、わずか7、8年前には年間予算が100億円を超える程度だった。このままでは立ちゆかなくなるという理由で、「本来あってはならないこと」としながら収入を確保するため2ステージ制を断行した。しかしその後、短期間のうちに「タイトルパートナー」を獲得し、ネット放送との新規放映権契約を締結し、現在は300億円に近い年間予算を組んでいる。そのなかで、「健全な金銭感覚」が失われた面がなかっただろうか。

2020年12月、スポンサーであるキリンホールディングスの磯崎功典社長(左から2人目)とともに写真におさまる日本サッカー協会の田嶋幸三会長(右から2人目)。左は男子日本代表の森保一監督、右は女子日本代表の高倉麻子監督=ⓒJFA・共同

今回の「ESL事件」の問題の根源は、巨額の収入を挙げるビッグクラブがそれを何倍にもして、世界のすべてを手中にしたいという「強欲さ」をあからさまにしたことだった。「強欲」は、キリスト教が説く「7つの大罪」のひとつである。それをあからさまにしてしまえば、多くの人に嫌われるのは当然だ。

だが、ESLを非難する人たちも、ファン、サポーターを除けば、自らの「強欲」を隠し、あるいはそれを見ないふりをし、「強欲」の上にあぐらをかいている。そうした状況を見破られれば、ファンもサポーターも離れてしまうことを、日本のサッカーは絶対に忘れてはならない。

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